天駆ける一角獣
(2)

「……って、血! 血がぼたぼた流れているぞ!!」
 唖呂唖は慌てて、そう叫ぶ。
 世凪を包むその赤い炎は、決してそれだけではなく、これもあったのだろう。
 なんてむちゃをする男なのか。
 唖呂唖はぎりっと奥歯をかみしめた。
 すると、しばしの間闇に覆われ、状況把握に翻弄されていた使い魔たちも、正気を取り戻してきた。
 そして、唖呂唖の視線の先を見る。
 すると、そこには、たしかに、その言葉通り、ぼたぼたと体のあちらこちらから血を流す世凪の姿があった。
「……信じられない。あんた、力ずくであの術を破ったのか?」
 はあとため息をもらし、額に手をおく唖呂唖に、世凪はにやりと笑みを送る。
 それで唖呂唖は完全にあっけにとられ、がくんと肩を落としてしまった。
 本当に、信じられない。この男。
 限夢界の王子って奴は、なんて奴なんだ……。
 呆れるとともに、何か得たいの知れない悦びのようなものがわきあがってきた。
 まったく、やってくれる。この王子さんは!
 くっと、思わず笑いをもらしてしまう。
 得意げに笑みを浮かべる世凪の視線が、すいっと唖呂唖からはなれた。
 次に、そこにいるはずの柚巴へと視線を移動させる。
 そして、世凪は目をみはった。
 紗霧羅の腕の中にいるはずの柚巴が、そこにいなかった。
 そして……当然そうだろうとは思っていたが、覇夢赦の姿も……。
 がつんと、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 同時に、思考がブラックホールの中へ吸い込まれていく。
 がくんとくずおれ、片膝をつく。
 そのような世凪の様子を見て、紗霧羅もようやく腕の中にいたはずの柚巴がいないことに気づき、あたふたと慌てはじめる。
 どうやら、この闇に惑わされてしまっていたらしい。
 一瞬にしてその顔を、青く染めていく。
「……やれやれ。むちゃをしおって」
 かつんとステッキをつき、そしてそのまま世凪をつんとつつき、幻撞はのんびりとそうあきれたように声をもらす。
 それにすかさず反応した世凪は、ぎりっとステッキをつかみ、幻撞をにらみつける。
「うるさい! それより、柚巴は……!」
 つかむステッキを、ばきんと音を鳴らせ、こなごなに破壊した。
 それを、幻撞は目を見開き見つめ、やはりやれやれと肩をすくめる。
 そのような幻撞をどんと突き飛ばし、世凪はがばっと立ち上がる。
 今の今まで、その衝撃に襲われ、くずおれていた男とはとうてい思えない。
 衝撃とともに、思い出したのだろう。
 今、世凪にはうちひしがれている暇などないということを。
 そんなことをしている暇があれば、一刻も早く、柚巴救出にむかわなければならない。
 柚巴は間違いなく、あの憎らしい覇夢赦にさらわれたのだろうから。
 この闇に乗じて。
 またしても、世凪のそのすぐ目の前で、柚巴がさらわれてしまった。
 こんなに悔しいことは、屈辱はない。
 何を奪われたって、それだけは……柚巴だけは、奪われてはならないのに。
 自らの命よりももっともっと大切な、その存在。
 立ち上がり、駆け出そうとした世凪の腕が、ふいにぐいっとつかまれた。
 そして、乱暴に引き戻される。
「……!?」
 こんな時に邪魔する奴は、万死に値する!とばかりの形相で振り向き、世凪は自分の腕をにぎるその男をにらみつける。
「待ちなさい。あなたは、そんな怪我で姫さまを助けに行くつもりですか?」
 しかし、その男は妙に冷静に世凪の視線をやりすごし、どこか冷めたふうにそう告げる。
「ゆ、由岐耶!?」
 由岐耶の言葉に、さすがの世凪も、悔しそうに顔をゆがめる。
 たしかに、この満身創痍で助けに行っても、実力全てを発揮できるかどうか。
 あの術を破るのに、かなり体に負担をかけてしまったことは否定できない。
 珍しく素直な反応を見せる世凪に、由岐耶は肩をすくめる。
 そして、またつかむ腕をぐいっとひき、今度はその場にむりやり座らせてしまった。
「お忘れですか。わたしは、癒しの力を得意としています。不本意ですが……治してあげますよ。あなたにこんな傷を負われたままでは、救えるものも救えなくなりますからね」
 さらっとそう言ってのけ、由岐耶は傷ついた世凪の体を癒していく。
 その光景を、使い魔たちは、それぞれに、やれやれ……といった様子で眺めている。
 互いに嫌い合う二人が、たった一人の少女のためだけに、その信念を曲げあっている。
 どちらも意地っ張りな男だから……。
 そうして、一通り傷を癒し、由岐耶と世凪がすいっと立ち上がる。
「さあ、行きましょうか」
 そう言って、由岐耶はふっと世凪に視線を送った。
 それと同時に、由岐耶の体ががくんと体勢を崩す。
 しかし、それを世凪がとっさに腕をつかみ支えていた。
 むっつりと、不機嫌な顔で。
「……お前こそ、むちゃをするからだ」
 そう言って、どんと虎紅へと由岐耶を放り投げる。
「お前は、その男のサポートでもしてやれ」
 ふてぶてしく、俺様にそう言い放って。
 それを受け、由岐耶と虎紅は互いに顔を見合わせ、くすりと笑い合ってしまった。
 本当に、この王子様は、素直じゃない。
 本当は、礼の一つでも言いたいのだろうけれど、その高すぎるプライドがそれを許さないのだろう。
 恥ずかしそうにそらされたその顔が、何よりもそれを物語っている。
 たしかに、世凪の治療のために、多少力を使いすぎてしまったことは……否定できない。
 すまなそうに、由岐耶は虎紅を見る。
 すると虎紅は、にっこりと微笑み、かまいませんよとこたえていた。
「唖呂唖。覇夢赦王の気はたどれるか?」
 同様に、あきれたようにその光景を見ていた唖呂唖に、幻撞がそう問いかける。
 さきほど世凪に、お気に入りの褐色のステッキを破壊され、多少ご機嫌がななめのようにもうかがえる。
 本当に、ところかまわず、誰彼かまわず、世凪はその衝動のままに怒りをぶつけてくれる。
 まあ、それが、世凪という男だから、仕方がないのかもしれないけれど。
 とりわけ、柚巴がかかわれば、もう誰も彼をとめることができない。
「あ? ああ。なんとかやってみる」
 幻撞に問いかけられ、唖呂唖は慌ててそう答える。
 しかし、それはすぐに目の前にのばされた世凪の手で、阻まれてしまった。
「必要ない。柚巴の居場所は、わかっている」
 そう言い放ち、世凪はすっと姿を消していった。
 その言葉と行動に、皆、一瞬思考をとめてしまったが、すぐに理解することになる。
 たしかに、世凪ならば、可能だろう。
 世凪に、柚巴の居場所がわからないはずがない。
 困ったように微笑み、肩をすくめ合い、使い魔たちも世凪につづき、慌てて姿を消していく。
 世凪の気をたどっていけば、必ずそこには柚巴がいると確信して――


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update:05/09/08