天駆ける一角獣
(4)

 多少まとわりつく真っ赤な髪をぱんぱんとはらいながら、覇夢赦はすっと立ち上がった。
 そして、浮かぶ世凪をぎろりとにらみつける。
 世凪もそれにこたえるように、にらみ返し、柚巴を一人グローリアの背に残したまま、覇夢赦の前へとすうっとおり立つ。
 そこで再び、にらみ合いがはじまる。
「だ……だめえ……」
 きゅうとグローリアのたてがみをつかみ、柚巴は下で繰り広げられているにらみ合いを不安げに見つめる。
 それはまさしく、一触即発といった様子。
 二人からは、ぴりぴりとした目に見える火花が飛び散っている。
 不安に、胸がおしつぶされそうになる。
 世凪と覇夢赦の力は……ほぼ互角。
 ……いや、世凪の方が上だと思われるけれど、だからといって、まともにやりあって無傷ですむはずがない。
 いくら世凪が稀に見る力の持ち主とはいっても、相手は一つの世界を統べる王。
 どうしても、世凪の身を案じずにはいられない。
 それ以前に、こんな不毛な争いなどしないで欲しい。
「やめて……」
 きゅうとグローリアに抱きつき、柚巴は必死に声をはき出す。
 しかしその声は、大きくなってくれない。
 わずかに、今ともにいるグローリアに聞こえるくらい。
 グローリアは、そのような柚巴に気づき、きゅうんと切なそうに小さく鳴く。
 今、その場に、世凪と覇夢赦がにらみ合うそこに、柚巴を連れて行くことは簡単だけれど……。
 主の命には逆らえない。
 それが、よくしつけられた馬……一角獣というもの。
 王族……とりわけ、力のある王族にのみ持つことが許されている、特別な聖獣。
 それが、一角獣。ユニコーン。
 賢い彼らは、決して、一度主と決めた相手の命に逆らうことはない。
 また、裏切ることもない。
 先ほど、グローリアは、世凪に、柚巴を守るように命を受けてしまっていた。
 グローリアとて、世凪が心配でないわけがない。
 たった一人の、忠誠を誓った主なのだから。
 抱きつくたてがみをふぁさふぁさとゆらし、グローリアは柚巴をなぐさめる。
 今のグローリアには、それくらいしかできないから。
 主ではないけれど……不思議と、この少女の悲しみをやわらげたく、そして慰めたくなってしまった。
 そして、とうとう、恐れていた時がやってきてしまった。
 互いににらみ合っていたかと思うと、どちらともなく、後退をはかった。
 そして、ほどよい距離をたもち、互いに構えあう。
 その手から、力を放つため。
 攻撃をしかけるため。
 その時だった。
 急に、この神殿の中がぱっと明るくなった。
 まるで、向かい合う世凪と覇夢赦を囲むように、ゆらゆらとゆれる松明の火が浮かび上がる。
 逃げ場すらなく、火の輪が出来上がる。
 そして、その火の輪の一部から、落ち着き払った声が聞こえてきた。
「王。お前は、もうおしまいだよ」
 そう、まるで、覇夢赦の最期を告げるようなそんな言葉。
 その言葉を紡いだ者にとっては、死の宣告をしたつもりなのかもしれない。
 それと同時に、その松明は、さらに明るさを増し、その場の景色を映し出す。
 映し出されたそこには……隙間なくびっしりと並ぶ、男たち。
 彼らは……比礼人。
「お、お前たちは!?」
 さすがに、その光景には、覇夢赦もそう声を上げずにはいられない。
 世凪からすいっと視線をそらし、叫んでいた。
 世凪ならば、その隙をつき、すかさず覇夢赦へ攻撃をしかけるものと思われたけれど、どうやらそうではないらしい。
 まるで戦意を喪失したように、はあとため息をもらす。
 そして、何を思ったのか、そのまま上に浮かぶ柚巴とグローリアのもとへと引き返してしまった。
 それに気づき、覇夢赦が慌てて追おうとしたけれど、それを遮るように、また冷たい声がもたらされた。
「覇夢赦王。あんた、気づいていなかったの? にぶいね〜」
 その声にあわせ、この神殿中にくすくすという嘲笑が起こる。
 それに、覇夢赦は当然のように顔をゆがめていく。
 このような笑いをもらう覚えは、覇夢赦にはない。
 何しろ覇夢赦は、絶対の権力をふるうこの比礼界の王なのだから。
 なんと不愉快なことだろう。
 そうして、先ほどから不愉快なその言葉を告げる男に照準を合わせ、にらみつける。
 そこには、黒い髪をささやかな風にゆらし、空色の瞳をゆらめかせる男がいた。
 その青は、まるで雲ひとつない空を思わせるような、澄んだ青。
 覇夢赦と視線が合うと、男はふっと意味深長に口のはしをあげる。
「ブラオローゼ」
 そして、ぽつりとそう告げる。
 瞬間、覇夢赦の顔が激しくゆがんだ。
 その言葉は、その名は、この世で最も聞きたくないもの。
 近頃、警戒していたそれ。
 何故、その言葉が今はき出されるのか……!?
 いっそう、覇夢赦は、空色の瞳の男……唖呂唖をにらみつける。
 そのにらみを受け、唖呂唖は、くすりと、また嘲るような笑みを浮かべる。
「そのボスが……俺だよ?」
「な……っ!?」
 唖呂唖は、肩をすくめ、おどけるようにそう言い放った。
 瞬間、覇夢赦の体から、ぼんと怒りの炎が立ち上がる。
 炎というよりは、それは、闇。
 真っ黒いものが、覇夢赦の体をとりまく。
 しかし、それにひるむことなく、唖呂唖は続けていく。
 やはり、馬鹿にしたように。
「滑稽だよな。すぐ近くに、反乱分子を飼っていることにも気づかずに……」
 そう唖呂唖が冷たく言い放つと、また、火の輪から嘲笑があがった。
 しかし、今度はすぐにその笑いはやみ、神殿中にぴりりとした空気がはりつめた。
 その瞬間、この場一帯が、目がくらむような激しい光に包まれる。
 その直前に、世凪は当然のように、自らの黒いマントの中に柚巴を包み込んでいた。
 しばらくの間、その光は続いた。
 同時に、轟音もとどろいていた。
 そして、それがようやくやんだ頃……。
 世凪とグローリアが、つむっていた目をゆっくりとあけてきた。
 しかし、柚巴は、まだ世凪のマントの中におさめられたまま。
 その息苦しさから逃れようと、マントの外に出ようとするけれど、それは決して世凪が許してくれない。
 ちょうど、光と轟音の中心だったそこには、巻き上がる砂煙がある。
 そして、それがゆっくりと薄れていき……。
 少し前まで、そこにあったはずの覇夢赦の姿はなかった。
 そこへ、唖呂唖が、一つの玉をごろんと転がす。
 それは、柚巴をのぞき見ていた、あの水晶玉……。
 水晶玉だけが、悲しく、何もなくなったそこに転がっていく。
 ここは、死の神殿……。
 死を司る神殿……。
 王の死に場所としては、ふさわしい場所だろう。
 どうやら、宣告され間もなく、執行されてしまったらしい。あっけなく。
 王以外立ち入ることができないといわれるこの場所は……何故そういわれるようになったのか、本当の理由を彼らは知っているのだろうか。
 そこは、王が息をひきとる時、必ず訪れる、訪れずにはいられない場所だから……。
 それは、王の魂に刻み込まれた、決まりごと。
 恐らく、それを、覇夢赦は知らなかったのだろう。
 ただ、王以外立ち入れないと、そのことだけに気をとられ、本当のことに気づいてはいなかった。
 つくづく、馬鹿な王である。
 自ら、死にに来たようなものだから。
 ここは、王を死の世界へと誘うための神殿――
「……終わったな」
 悲しく転がる水晶玉を見つめ、世凪がぽつりとつぶやく。
 グローリアとともに、唖呂唖の前へとすうっと降り立ってきた。
 そして、世凪はグローリアからおり、唖呂唖の横に並ぶ。
 きゅんと鳴き、グローリアが世凪に頬ずりをねだる。
 それにこたえるように、世凪は、ぽんとグローリアの頭をなでてやった。
 柚巴はかわらず、世凪のマントに包まれ、その腕に抱かれたまま。
 恐らく……世凪は、この光景を、柚巴に見せまいとそうしているのだろう。
 この場をはなれるまで、柚巴は世凪のマントの中から解放されることはない。
「ああ。綺麗さっぱり。跡形もなく、消滅」
 世凪のつぶやきに答えるように、唖呂唖は冷たく言い放つ。
 その言葉に、マントの中の柚巴の体が、一瞬びくっと震えたような気がした。
 だから世凪は、もう少しだけ、柚巴を抱く腕に力をこめてやる。
 大丈夫だと。
 たとえ、塵すらなく、跡形もなく消滅してしまっていても……。
 真実を、柚巴には見せられない。
 その思いのまま、世凪は柚巴を抱きしめる。


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update:05/09/19