賽は投げられた
(1)

 今、すべてが終わったこの神殿の上空に、一つの影がある。
 その影は、白く発光している。
 口元に陰湿な笑みを浮かべて。
「そうして、のんきにしていられるのも今のうちだよ」
 そして、くすりと微笑み、風にたなびく比礼をしゅるっと手にとる。
 そのままそれを口元へもってきて、そこでまた、その唇を不気味につり上げた。
「賽は投げられた。――さあ、最期のお祭りのはじまりだよ」
 誰に伝えるでもなく、楽しそうにそう告げて、すうっと姿を闇に溶かしていく。
 そこには、何故か、比礼界の闇の空を泳ぐ、淡い光を発する比礼が残されて。
 いくらか優雅に空を泳ぎ、それもまた、すうっと闇に溶けていった。


 神殿からゆっくりと出てきた世凪と唖呂唖を確認し、紗霧羅たちが駆け寄ってきた。
 彼らは、世凪の後をおいかけここへやってきたけれど、その直前に唖呂唖に引き止められていた。
 その後ろに控える大勢の比礼人を見て、それに対抗する気にはなれなかった。
 「俺たちに任せておけ」とそう告げ、闇に潜むように、その男たちはこの死の神殿の中へともぐりこんでいく。
 それを、ただ見守っているだけだった。
 ……何故か、そうしなければならないような気がして。妙に納得して。
 そして、こうやって、無事に帰ってきた世凪と唖呂唖を見ると、それは間違いではなかったのだと確信できる。
 しかし、何故か、ここに柚巴の姿が見あたらない。
 かわりに、世凪を包むマントが妙にふくらんでいる……。
 ということは、そこに柚巴はいるのか。
 悔しいことに、誰もがそう即座に判断できてしまう。
「結局、何故あのような地震が起こったのかは、わからず仕舞いだったな。そして、あの禍々しい意思も」
 ぼそりと世凪がつぶやいた。
 これでは、わざわざ柚巴と別行動をとった意味がない。
 自分の欲望を理性でおしとどめた甲斐がない。
 まったく、骨折り損というもの。
 するとそれに気づいた唖呂唖が、妙に難しい顔をしてうなずく。
「ああ。何か大きな力に翻弄されているようで……寝覚めが悪い」
 そう答える唖呂唖の背後では、男たちが、わらわらと解散していく。
 それぞれ、満足げに微笑み合いながら。
 それを横目にちらりと見て、世凪もうなずく。
 そして、ばさりとマントをはらいのけ、その中からようやく柚巴を解放する。
 すると、適度に頬をそめた柚巴が現れた。
 どうやら、さすがに世凪のマントの中は蒸すらしく、のぼせかけているようである。
 そのような柚巴を、華久夜と紗霧羅は世凪からひったくる。
 力なくよろよろと歩く柚巴を華久夜が支え、紗霧羅がその手から冷気を送っている。
 こういう時には、紗霧羅の霧のような氷……力も役に立つというもの。
 その様子を、呆れ気味に莱牙が見守っている。
 そこに、使い魔たちもぞろぞろと集まってくる。
 鬼栖などは、今まで一体どこにいたのか、柚巴の横で、妙にうかれた様子でぽんぽんとはずんでいる。
 もちろん、その直後、虎紅によって捕獲され、そして地面に埋められてしまったけれど。
 はっきりいって、鬼栖は邪魔。目障り。
 そのいつもの光景をちらりと見て、ふっと微笑み、世凪は再び唖呂唖に視線を戻す。 
「おい。唖呂唖。ブラオローゼとは何だ!?」
 そして、険しい顔でそう問いかけていた。
 すると、唖呂唖は、今はじめてそのことに気づいたようにぽんと手を打つ。
 それから、どことなく気まずそうににやっと笑みを浮かべる。
 それに、世凪が怪訝に顔をゆがめる。
「ああ。ごめんごめん。今まで黙っていて。覇夢赦が本当に恐れていたのは、これなんだよ。もちろん、お姫さんをさらったのは、その力が必要だったから……というのもあったけれど。……ブラオローゼ。青い薔薇。――あり得ない……あってはならないもの」
 そう告げると、唖呂唖はふっと視線を落とした。
 そして、そのままどこか切なげに、今、使い魔たちに囲まれている柚巴に視線を向ける。
 そこでは、楽しそうに微笑む柚巴の姿があった。
 それを見て、何故がほっと安堵したような気分になる。
 青い色の薔薇。
 どんなに遺伝子組み換えをしたって、その色の薔薇だけは生み出すことができない。
 この世にあり得ない色の薔薇。
 同時に、不可能を可能にする花。
 それになぞらえ、彼らは自らをブラオローゼと呼ぶ。
 そのブラオローゼのメンバーが、今回力を合わせ、覇夢赦を死へ追いやった。
 彼らとて、自分たちの存在は、あり得ない……あってはならないものだと心得ている。
 何しろ、彼らは――
「じゃあ、本当に、この世界の崩壊には……」
 世凪は、顔をゆがめ、こめかみをおさえる。
 なんだか、それに気づき、とても頭が痛くなってきた。
 そして、とてつもなく嫌な予感がする。
「ああ。馬鹿だからな。気づいていなかった。……さすがに、お姫さんが噴火をくいとめた時には気づいたようだけれど。――まあ、第一の側近が、革命軍のボスだって気づかなかったくらい、鈍い奴だしね〜……」
「革命軍!? 第一の側近だと!?」
 その言葉を繰り返し、世凪はぎょっと唖呂唖を見つめる。
 あの世凪が、何故だかとり乱しているように見える。
 当然、そんな雄たけびを上げては、少しはなれたこちら、柚巴たちにもそれは聞こえてしまい……。
 柚巴を中心に、わきあいあいとしていたその雰囲気が、ぴたっとかたまる。
 そして、世凪と唖呂唖に視線が注がれる。
 それに唖呂唖は気づくけれど、あえて無視をしてにっこりと微笑む。
 しかも、極上の笑みを世凪に向けて。
 つまりは、それが唖呂唖の答えらしい。
 どうやら、世凪たちもまた、あの黒いフードの男が唖呂唖だとは、今の今まで気づけなかったらしい。
 唖呂唖のその言葉を聞くまで……。
「では、俺たちは、禁である、他の世界の革命に手をかしたということになるのか!?」
 そして、そう核心をついてしまう。
 ――互いに互いの世界に干渉しない。
 それこそが、世界の均衡を保つ最も重要なことと位置づけている彼らにとって、それはまさしく禁で、決してしてはならないこと。
 一度干渉してしまえば、それはずるずるとひきずられ……そして、いつかは均衡が崩れる。
 均衡が崩れれば、それは互いの世界の破滅を意味する。
 崩れた均衡は、争いの火種になるから。
 一度争いがはじまれば、もう誰も手がつけられないことを、彼ら自身がいちばんよく知っている。
 だから、それを避けるための……禁。
「いやいや。そうじゃなくて、たんに俺が、あんたたちの人のいいところを利用して、つけこんだってだけだから。――そういうことにしておけ」
 唖呂唖はあっけらかんと言い放ち、けらけらと笑い出してしまった。
 とんでもないことをしでかしたというのに、気にもとめていない。
 そこへ、華久夜に支えられた柚巴が、目をすわらせ、ぽつりと爆弾を投下した。
「……悪党」
 瞬間、その場が、ぴきーんと凍りつく。
 それは、誰もが思っていて、あえて口にしなかった言葉……。
 いつものことながら、柚巴は平気でぺろっと事実を言ってしまう。
 さすがは、柚巴。
 あの世凪をも恐れぬ少女。
「そんなあっさりと……」
 がくんと肩を落とし、唖呂唖は恨めしそうに柚巴を見つめる。
 そのような唖呂唖に、柚巴はふんとふてぶてしい態度をみせる。
 よくも、片棒を担がせてくれたわね、と。
 覇夢赦の最期の時を見ていない柚巴でも、その瞬間のことはなんとなくわかるから。
 ……案外、いちばん侮れないのは、柚巴かもしれない。
 改めて、使い魔たちはそううなずき合う。


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update:05/09/24