賽は投げられた
(2)

「覇夢赦のあの横暴ぶりには、みんなほとほと手をやいていた。困っていたんだ。だから、今回のことは、起こるべくして起こったようなものだ」
 そうやって、唖呂唖がこれまでの成り行きを説明した。
 それを、柚巴たちは静かにきいていた。
 唖呂唖がそう言うのならば、恐らくそうなのだろう。
 何しろ、第一の側近と言われるその男が、主になって反乱を起こしたのだから。
 それにしても……あんなに大勢の比礼人が集結して、そして実行に移してしまうとは……。
 よほど、虐げられていたのだろう。苦しめられていたのだろう。
 そこまで、落ちていたのか。あの男は。
 不思議と、納得できてしまう。
 満足そうに散っていた、彼らの表情を思い出し。
「せいぜい、あんたたちの世界も、気をつけておくことだな」
 続けて、唖呂唖はおどけたようにそう告げる。
 もちろん、その目はいたずらに笑っている。
 ……どうやら、また世凪を茶化して遊ぶ気らしい。
 しかし、それにすかさずつっこみを入れる者がいた。
 けろりと、華久夜が、こんなことを言ってのけてしまった。
 あの華久夜が、世凪を嫌う華久夜が。
「あら? うちの王子なら大丈夫よ」
 まるで、世凪をかばうような発言。
 だから、誰もがぎょっと華久夜を凝視する。
 しかしすぐに、他の使い魔たちも、華久夜にはげしく同意してしまった。あることに気づき。
 それは、純粋にかばってなどいない。
 むしろ、皮肉っている。馬鹿にしている。
 みんな知っているから。
 その言葉の後に、「柚巴馬鹿だから」という言葉が続くことを。
 あえては言わないけれど。
 どっとその場がわき上がる。
 もちろん、世凪を笑うために。
 本当に、うちの王子様は、柚巴馬鹿だから、と。
 きっと、いつか世凪が王になっても、この俺様で横暴な態度は変わらないだろうけれど……。
 その傍らに、柚巴さえいてくれれば、それもかわいいわがままに終わってしまうような気がする。
 だって、柚巴がたった一言、「世凪、めっ!」と言えば、世凪は大人しくなってしまうから。
 世凪は、どうやっても、柚巴にだけは敵わないということを、もう誰にも知られてしまっている。
 この二人がいれば、限夢界の未来は明るい。
「……これからは、俺たちの手で、この世界を変えていこうと思う。あんたには、それを見守っていてもらいたい。対をなす、限夢界の王子さん」
 得意げにそう微笑み、世凪の胸にぽすっと拳をうちつける。
 すると世凪は、一瞬驚いたように目を見開いたけれど、その手をとり、そしてばしっとはらいのけた。
「……ああ。せいぜい、頑張れば?」
 そう、お得意の不敵な笑みを浮かべて。
「ははっ。相変わらず、不遜な態度で」
 ふりはらわれた手を腰にあて、唖呂唖は試すような視線を世凪へ送る。
 そして、にっこりと微笑んだ。
 きっと、その言葉通り、世凪なら大丈夫だろう、なんてそんな不確かな思いを抱き。
 短い間だったけれど、今ならわかる。
 彼らなら、ここにいる限夢人たちがいれば……きっと、対をなすその世界は大丈夫だろう。
 何よりも、その傍らで、あどけない微笑みを浮かべるその少女がいれば。
 何も力がない、非力と嘆く、その少女がいれば。
 まだまだ、この少女は、自分に秘められた力に気づいていないのだろう。魅力に気づいていないのだろう。
 この少女が隠し持っている、最も大きな力は……人をひきつける力。
 それだろう。
 唖呂唖がそうであったように――
「落ち着いたら、今度はそっちへ挨拶に行かせてもらうよ。改めて」
 にっこりと、あきらかにからかうような笑みを浮かべ、唖呂唖は世凪にそう告げる。
 するともちろん、この王子様のことだから、これでもかというほど不愉快に顔をゆがめた。
「来なくていい。迷惑だ」
 きっぱりとそう言い放ち。
 それからすぐさま、ぐいっと柚巴を抱き上げる。
 そして、そのまま、横に従えていたグローリアに飛び乗る。
 それが合図となったのか、控えていた使い魔たちも、誰からともなくふわりと宙に舞いあがった。
 最後に残されたグローリアが、地面からふわりとあしをはなしていく。
 そして、一気に上空へと駆け上がった。
 (あま)駆ける一角獣に従い、使い魔たちも翔け上っていく。
 それを、唖呂唖は、あはははと愉快そうに笑いながら見送る。
 豪快に手をふって。


 闇の空に翔け上った柚巴は、グローリアの上から、手をふる唖呂唖を見下ろしている。
 消えるその時まで。
 もうすぐ、この世界から限夢界へと続く、あの白い道へと入っていく。
 これで、この世界とも、お別れ。
 だけど、決して、唖呂唖とはお別れだとは思えない。
 唖呂唖も言っていたように、きっとまた会いにきてくれるだろうから。
 会えるだろうから。
 そうやって、いつまでも地上を見下ろす柚巴の顔を、世凪は多少強引に自分へと向きなおらせる。
 そして、そのまま、柚巴の唇に自分のそれを重ねていく。
 当然、そんなことをされては、柚巴の顔は瞬時に赤くなり……。
 その胸の中で、あたふたと慌て出す。
 そのような柚巴を、世凪はやはり、かわいいと抱きしめて。
 柚巴の頬に、短くなってしまった世凪の髪がさらっと触れる。
 それに、ふっと微笑みをのせ、柚巴が手に触れさせる。
「……髪、なくなっちゃったね」
 そうつぶやいて、ぽすんと世凪の胸にもたれかかる。
「ああ……」
 世凪も、静かにそう答える。
 そしてまた、柚巴の唇をかすめとっていく。


 別に、髪の一つや二つ、どうってことない。
 柚巴を、他の男の手の中においておくくらいならば……。
 いくらでも、切り捨てよう。
 こんな髪なんかより、この触れる少女が大切だから。
 命ある限り、この愛しい少女を守り抜こう。
 もう決して、泣かせたりなどしない。
 いつも、いつまでも、変わらずに、この愛しい少女に、微笑みを――

 世界と世界の狭間で、限夢界の王子様は愛しい少女を抱き、改めて胸にそう誓う。


比礼界編 おわり

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update:05/09/30