ご乱心王子様
(1)

 可能性は果てしなく。
 果てしない世界。
 限りのない世界。
 限無界=B
 本来は、そういう名だった。
 限りのない可能性を、抱く、はらむ、世界。
 それが、限夢界。
 長い長い歴史の中、いつの間にか、限りない無が、限りない夢になっていた。
 夢は、限りなく――


 限夢界の王子様には、秘密の夢がある。
 それは、ずっとずっと終わることなく続く、大切な者たちにかこまれた、平和な時間。穏やかな時間。
 暴れん坊の俺様王子様には、不釣り合いなその夢。似合わないその夢。
 だからそれは、王子様の胸の中だけでこっそり抱かれている夢。
 恥ずかしいから、意地っ張りだから、きっと、大切なあの人にも、それは告げられることはないだろう。
 一緒に、お墓の中までもっていきそうな予感。
 それでも、王子様が幸せならば、それは間違いじゃないのだろう。
 幸せのかたちは、人それぞれだから。
 この王子様の幸せのかたちは、大切なものたちと過ごす、その一瞬一瞬の時間。

 もう、過ちは二度と繰り返さない。
 愛しい人を不幸なかたちで失う、その過ちは。
 大切な人たちが、笑顔を失うことが、二度とないよう……。
 願おう。祈りを捧げよう。


「ねえ、世凪。ずっと気になっていたのだけれど、どうしてあの時、グローリアがいたの?」
 限夢宮の中庭。
 そこのテラスの椅子に座る王子様の腕の中、柚巴はそう尋ねていた。
 こうやって、このぽかぽかテラスで王子様の腕の中にいることは、もう当たり前で、誰も不思議に思ったりなどしない。
 ほどよく、陽光がさしこんでくる。
「え……?」
 柚巴のその問いがもたらされた瞬間、世凪の顔は複雑怪奇にゆがんでいた。
 ……例えようがないくらい。
「だって、おかしいじゃない。短時間のうちに、限夢界からつれてこられるはずがないし……」
 むうっと眉根を寄せ、まるで非難するように世凪を見つめる。
 すると、世凪は動揺をあらわにして、あたふたと慌て出す。
 その答えを、柚巴に与えようとしてではない。
 どうすれば柚巴を誤魔化せるか……それを思案して。
 もちろん、そんなことは、柚巴にはお見通しで……。
 さらに、むっとした眼差しが世凪にお見舞いされる。
 その眼差しが、ちくんと、世凪の胸を少し痛める。
 苦しまぎれに出した世凪の答えは、これ。
「そ、それは、秘密だ」
 ……みもふたもない。
 あからさますぎる。
 墓穴。
「なにそれ〜! けち〜!!」
 ぷっくりと頬をふくらませ、世凪なんて嫌い、とぷいっと顔をそむける柚巴。
 柚巴にそんな行動をとられてしまったら、もちろんこの王子様は、この上ない衝撃をうけるわけで……。
 くわらんくわらんと、頭のまわりにお星様がまわりはじめる。
 さすがに、そのような光景を見るに見かねて……いや、このお姐さんの場合は楽しんで、さらりと言ってのける。
 もちろん、他人事だから。
 ……むしろ、いい気味かもしれない。
「いいじゃないか、世凪。別にたいしたことじゃないのだし」
「紗霧羅!」
 くすくすと、とても愉快そうに笑う紗霧羅に、世凪の厳しいにらみが入る。
 しかし、こういう時の世凪のにらみなんて、まったくいたくもかゆくもないので、紗霧羅はへらへらと笑い続ける。
 ……余裕しゃくしゃく。
 そして、さらに調子にのって続けるのが、このお姐さんで……。
 世凪を再起不能に陥れる。
「あのな、柚巴。柚巴が、一度ユニコーンに乗ってみたいって言っただろう? それを真に受けたこの王子様は、あの時、こっそりと限夢界に連絡を入れていたのだよ。グローリアを連れてくるようにって。――ったく、くさいことをしてくれるよね〜。この王子様も。……っていうか、自分が、柚巴とグローリアに乗りたかっただけ?」
 一気にそうまくしたてると、そこに集まる使い魔たちから、くすくすくすという笑い声が起こった。
 もちろん、誰一人として、それを押し殺そうとしている者などいない。
 まるでそれが当たり前のように、遠慮なく笑う。
 ……本当に、この使い魔たちは、王子様を王子様と思っていない。
 まあ、もとより、これが王子様だなんて思えないけれど。
「お前、死にたいか!?」
 ちゃっかり柚巴を抱いたまま、右手にぼおっと火の玉をこしらえる。
 そして、真っ赤にしたその顔で、紗霧羅に極悪なにらみをお見舞いする。
 だけど、そのような世凪など、恐るるに足りないので……。
 相変わらず、意地の悪い顔で、紗霧羅はくすくすと笑い続ける。
「それで、タイミングよく、ユニコーンがとどけられたわけだ。ぐちぐち言っていたぞ、嚇鳴の奴。すぐに帰っていったけれど」
 紗霧羅の肩にもたれかかるように背をあずける莱牙が、そう告げる。
 そして、思い出したように、ぷっと吹き出した。
 もちろん、瞬間、世凪の額の青筋が、とりあえず一本切れる。
「つかまえようとしたのですけれど……。わたしとしたことが、逃げられてしまいまして」
 ふうとため息をもらし、莱牙のすぐ後ろで、由岐耶がそう続ける。
 だけど、その目はちらっと世凪を見ていて……。
 由岐耶に似合わず、意地悪く細められた。
 あきらかに、由岐耶までも、世凪からかいモードにスイッチオンされている。
「いても、たいして役に立たないがな」
 紗霧羅に背をあずけたままで、そうつけ加え、くくっと笑う莱牙。
「素直に、危ないから帰したって言えばいいのに」
 莱牙と由岐耶の嚇鳴に対するその暴言に、紗霧羅は困ったように眉尻を下げる。
 しかし、その裏では、紗霧羅もまた、嚇鳴の不遇――いや、世凪遊び?――をちゃっかり楽しんでいて……。
 そのようなトリプル攻撃を受け、すべての額の青筋がぷっつん。
 俺様王子様の雷が落ちる。
「き〜さ〜ま〜ら〜! 死ねっ!!」
 手につくられていた火の玉が、その手からはなれ、向こうの方の建物の柱を、一本破壊した。
 見事こなごなに。
 それを見た使い魔たちは、一瞬あっけにとられたものの……。
「わあ〜! 王子様がご乱心だ〜!」
 そう楽しそうに笑いながら、蜘蛛の子を散らすように、テラスから退散していく。
 そして、後に残された王子様とその婚約者は……。
 真っ赤になった王子様を、その腕の中で、婚約者が楽しそうにくすくすと笑っていた。
 心地良さそうに、王子様の胸に、すべてをゆだね。


* NEXT *
* TOP * HOME *
update:05/10/10