ご乱心王子様
(2)

「おや? これはまた、珍しい」
 漫画にたとえるとしたら、吹きだしのまわりすべてがとげとげのとげでおおわれたその台詞が、どすんと世凪の脳天にお見舞いされた。
 それは、十分に予想できていたこと。
 人間界、御使威邸。
 限夢界からやってきた世凪に、絶対零度の眼差しが注がれている。
 いつもがちがちとした雰囲気をまとっている竜桐だけれど、それは世凪を目の前にすると、十倍……百倍ほどになる。
 その体は、顔は、しっかりと世凪へと向けられているのに、何故だか無視を決め込まれているように見えるから不思議。
「俺がこちらへやってきては、何か不都合があるのか?」
 ちゃっかりと柚巴の肩を抱き、竜桐へとずずいっと迫っていく。
 頬の筋肉が、これでもかというほどぴくぴくとひきつっていることは、一目瞭然。
 世凪も竜桐も、にこにこと微笑んで会話をかわしているように見えるけれど……。
 何人(なんぴと)たりとも寄せつけない、この冷たい空気は何だろうか。
 まるで、素っ裸で北極海に投げ込まれたような心境になる。
 ……実際そんなことをされて、生きている人間などいないだろうけれど。
 そして、その極寒に相反し、二人の間には、もちろんばちばちと熱い火花が飛び散っている。
「いいえ。とんでもない。ただ……あなたが、姫をこちらへ帰してくださるなんて、どういう風の吹きまわしかと思いましてね」
 世凪に肩を抱かれる柚巴を、その手の中からすいっと奪い取り、竜桐は彼に似合わずにっこり笑顔を浮かべる。
 竜桐にしてはあってはならないその笑顔なものだから、余計に恐ろしい。
 実際、竜桐のその微笑みには、思いっきり嫌味がこめられているけれど。
 また、顔は笑っているけれど、たしかに胸の内は煮えたぎっている。怒りで。
「帰したわけではない。ひと段落ついたから、俺もこちらで柚巴とゆっくりのんびりまったりしようと思ってな。……だから、お前は邪魔だ」
 奪われた柚巴をひょいっと奪い返す。
 そして、また奪われてしまわないように、今度はすっぽりと悪趣味なマントの中におさめてしまう。
 その中で、柚巴は、はあっと盛大にため息をもらしていた。
 人間界に帰ってきた途端これなのだから、柚巴はたまったものではない。
 まあ、しかし、こうなることは、嫌というほど予想はできていた。
 世凪も一緒に人間界に来ると聞いた、その時から。
 世凪には、王直々に教鞭をとるお勉強の時間がたっぷりとあるはずだけれど、それはもちろん、さらっと無視して人間界へやって来た。
 泣き叫ぶ重臣たちなんて、その視界にすら入れられていない。
 今頃は恐らく、限夢界は……。
 目もあてられない惨状になっていることだろう。
「まったく、こちらはいい迷惑ですよ。あなたなどのために、姫の勉学が遅れているのですからね。一体、何日学校を休ませれば気がすむのですか? ……これでは、約束と異なります。マスターに報告しなければなりませんね」
 邪魔だ発言にもまったく動じず、むしろ勢いをつけて、竜桐は世凪にここぞとばかりに迫っていく。
 あの世凪が、一瞬動揺したように見える。
 それは、当たり前かもしれない。
 何しろ、思いっきりいたいところをつかれてしまったのだから。
 高校を卒業するまで、柚巴のこちらの世界での生活の邪魔はしない。
 それが、柚巴とかわした約束。
 世凪は、その約束を早々に、さっくりと破ってしまった。
 まあ、それは、いわば、限夢界の危機でもあったから、仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
 しかし、この意地っ張り王子様が、そんな言い訳を認めるはずが、するはずがない。
 たとえどんな理由があったにしても、短くない間、柚巴を人間界に帰さなかったことは事実。
 認めたくなんてないけれど、たしかに世凪は柚巴との約束を破ってしまった。
 柚巴は、それについては、文句一つ言ってこないから……実は、世凪は余計に追いつめられていたりする。
 少しくらい責めてくれた方が、世凪としてはありがたい。
 こういう時、柚巴の優しさは、あだとなるのかもしれない。
 まあしかし、この王子様には、たまにはいい薬かもしれないけれど。
「ねえ、二人とも、いい加減そのあたりにしておかない? わたし、お腹すいちゃった。夕食にしよう?」
 先ほどから、ずっと二人の間にはさまれていた柚巴は、すでにぐったり。
 そして、このまま放っておいてもらちがあかないと判断し、そう提案する。
 ここまでくるまでに、もっと早い段階で、とめようと思えばとめられていたような気もするけれど。
 まあ、柚巴にしては、十分に早いのかもしれない。
 もちろん、柚巴にそう言われてしまったら、柚巴にめろめろなこの二人が、それに従わないわけがない。
 ぐっと息をのみ、渋々体をはなしていく。
 実行されはしないとわかっているけれど、まさしく、一触即発のその状態から。
「仕方がありませんね。今日はこれくらいにしておいてあげます。――さあ、姫。ダイニングにお食事の用意ができております。どうぞ」
 悪趣味黒マントの中にすっぽりとおさめられてしまっている柚巴に向かい、竜桐がいやにうやうやしくそう語りかける。
 すると、マントの中から、よいしょっと柚巴がにじり出てくる。
 普段の世凪なら、柚巴がどんなに嫌がっても――まあ、嫌がることからしてないけれど――はなしはしないけれど……何故だか、今回に限っては、あっさりと解放する。
 恐らく、お腹をすかせた柚巴を、これ以上拘束していてはあぶないと判断したのだろう。
 食べ物の恨みは怖いというし。
 世凪の腕の中から抜け出した柚巴に、竜桐はもう一度にこっと微笑みかける。
 それから、ふうっと面倒くさそうにため息をもらし、冷たい視線を世凪へ流す。
「ああ。あなたも食べたいのなら、どうぞ。用意してさしあげないこともありませんよ」
 それから、すっと視線をそらし、やはり柚巴に無駄に優しい微笑みを落とす。
 ちゃっかり、柚巴の肩を抱き寄せて。
 それに、柚巴は、少しだけ困ったように肩をすくめてみせる。
 本当に、この二人は、いつまでたっても仲が悪い。
 仲が悪いといえば……使い魔全員に言えることかもしれないけれど。
 あれから、世凪が王子だと知らされて、柚巴と世凪が婚約してからずいぶんたつというのに、世凪と使い魔たちのみぞは、せばまることはないよう。
 むしろ、深まっている? 悪化している?
 特に、竜桐と由岐耶あたりとは。
 二人とも、真面目一直線だから仕方がないのかもしれないけれど。
 こんないい加減俺様横暴暴れん坊王子なんかと、仲良しこよしなどもっての他だろう。
 何故だか、妙に納得できてしまう。
 一年分くらいの疲れを覚えつつ、足取り重くダイニングへと向かう柚巴の背には、ちくちくと痛いとげのような視線が送られている。
 それはもちろん、世凪から。
 この場合、柚巴ではなく竜桐に向けて欲しいところだけれど。その視線は。
 恐らく世凪は、「何故、そんな男に素直に肩を抱かせる!?」と、やきもちをたっぷりこめて、柚巴を非難したいのだろう。
 しかし、そんなことは、世凪には言うことができない。
 だって、暴れん坊俺様王子様が、この世でいちばん恐ろしいのが、柚巴のご機嫌だから。
 柚巴のご機嫌をそこねるようなことは言えない。
 それでもやっぱり、腹の虫はおさまらないと見え、このように無言の圧力をかけてくる。
 本当に……世凪ってば、こども。
 それでも、そんな世凪を背に感じ、柚巴はどこかほこほことした気持ちになっていた。
 自然、ほにゃんと顔がくずれる。
 それを横にいる竜桐がめざとく見つけ、むっとおもしろくなさそうに目をすわらせていく。
 結局、世凪の腕の中から柚巴を奪い取っても、その心までは奪還できない。
 世凪と出会う前までは、柚巴のすべては、竜桐をはじめとする七人の使い魔たちのものだと思っていたのに。
 愛しい柚巴を、こんなに簡単に奪われてしまうなんて、思いもしなかった。
 それが、この上なく、おもしろくない。
 いくら王子だからといって、まだまだまだまだ、世凪のことなんて認めてやる気などない。
 世凪には、柚巴はもったいなすぎるから。


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update:05/10/15