ご乱心王子様
(3)

 かちゃかちゃと、お皿とフォークがあたる音がする。
 御使威邸のダイニング。
 幸せそうにフォークを口に運ぶ柚巴がいる。
 どうやら、お腹がすいた発言は、世凪と竜桐をとめるためのものだけではなかったらしい。
 本当に、お腹がすいていたよう。
 そして、ぱくぱくとシーフードドリアを口に運ぶ柚巴の前には、そんな彼女を、これまた幸せそうにほわんと見つめる馬鹿面の男が一人。
 その名は、言わずと知れたこと。
 どこかの世界のどこかの王子様。世凪。
 柚巴が幸せそうにドリアをほおばるたび、世凪も一緒になって幸せそうに顔をほころばせていく。
 先ほどまで、竜桐とにらみ合っていた姿など、もうここにはない。
「それは、柚巴の好物なのか?」
 フォークを休め、スープの入ったカップを手にとった時、ふいに世凪がそんなことをつぶやいた。
 テーブルに片肘をつき、その上に顔をぽてっとのせて。
 じいっと柚巴を見つめてくる。
 どうやら、世凪は、食事はとっていないらしい。
 あいたもう一方に、ホットティーのカップを持ち、もてあそんでいる。
「え? うん。おいしいよね。大好き」
 にこっと世凪に微笑みかえし、カップスープをくいっと一口飲む。
 そんな柚巴の行動をじいっと見つめていた世凪が、ふいに立ち上がった。
 そして、くるりとテーブルを半周し、柚巴のもとへとやってくる。
 柚巴は柚巴で、何故だか、世凪のその奇妙な行動をじっと見つめてしまっていた。
 それが、失態だったとすぐに気づくことになる。
 気づけば横にやってきて、体をすり寄せてくる世凪がいたから。
 しかも、それだけではない。
 何を考えているのか、おもむろにフォークを持ち上げ、ドリアを一口分だけ取り上げる。
 そして、ふうふうっと息を数度ふきかけ、じいっと訴えるように柚巴を見つめてくる。
 その眼差しは、いやに真剣。
 さすがに、柚巴も、世凪のそのおかしな行動に、恐怖……嫌な予感がして、思わず体をのけぞらせてしまっていた。
 しかし、それくらいで、この世凪がひるむはずがなく……。
「ほら、柚巴」
 にっこりと嬉しそうに微笑み、ドリアののったフォークを柚巴の口へと押しつけてくる。
 これは、もしかしてもしかしなくても、間違いなく、あれ?
「せ、世凪〜!?」
 ぼんと顔を真っ赤にさせ、柚巴はおろおろとうるむ瞳を世凪へ向ける。
 恥ずかしいから、やめよう? ねえ、冗談だよね?と。
 しかし、世凪は無言のまま、目をらんらんにかがやかせ、柚巴にずいっと迫ってくる。
「うえ〜ん。世凪のいじわる〜」
 逃げれば逃げるだけ迫ってくるドリアのフォークに、柚巴はとうとう泣き出してしまった。
 それでもかまわず、迫ってくるのが、この王子様。
 きらきらと瞳を輝かせ、とっても楽しそう。
 しかし、王子様は、とっても大切なことを失念してしまっている。
 それは、ここにいるのは、柚巴と王子様だけではないということ。
「まったく、恥ずかしい男ですね。っていうか、最低」
 フォークを持つ世凪の手がぎゅむっとつかまれ、頭上から吹雪がお見舞いされる。
 ダイニングが、一瞬にして白銀の世界にはやがわり。
 誰が、この雪の片づけをすると思っているのか。
 年の瀬のこの忙しい時に、余分な仕事を増やさないでもらいたい。
 ぶしつけにつかんでくるその手をたどっていくと……そこには、にっこりと微笑みつつも、額に青筋を三本ほど浮かべた由岐耶がいた。
「ちっ。邪魔しやがって」
 つかむ由岐耶の手を、ぶんと振り払う。
 同時に、おもしろくなさそうに、フォークをぱくりと口の中へと放り込む。
 その瞬間、世凪は「ん?」と首をかしげていた。
 しかし、それには気づかずに、柚巴は由岐耶へとすがりついていく。
「由岐耶さ〜ん。世凪がいじめるの〜」
 なんてそんなおこさまもいいところな発言をして。
 何というか、世凪といい柚巴といい……これではまるで、おこさまカップル。
 きゅうと自らのお腹のあたりに抱きついてくる柚巴を、由岐耶は愛しそうに見つめる。
 ふわふわのその髪が、胸のあたりをくすぐってくる。
 同時に香るこの甘い香りは、柚巴お気に入りのシャンプーの香り。
「そうですね。いじわるな王子様ですよね」
 そのままふわりと柚巴を包み込み、くしゃりと髪をなでてやる。
 こんなことを世凪の目の前で行えば、当然、次の瞬間、雷が落ちる。
 由岐耶も――たちの悪いことに――それを当たり前のように心得ているから、にやりと意地の悪い視線を送ってみる。
 どうやら最近は、王子様の立場はめっぽう弱いよう。
 使い魔たちに、いいように遊ばれている。
 かつては、あんなに限夢界を震撼させていたというのに……。
 この落ちぶれよう。
 まあ、今の世凪を見ていれば、誰でもこれが暴れん坊なんて思わないだろうけれど。
 だって本当に、めちゃくちゃに目もあてられないほどに、柚巴バカ。
 しかし、王子様ときたら、目の前で、好きで好きでたまらない柚巴が、他の男といちゃついているというのに、気にしたふうがない。
 それに、柚巴も由岐耶も顔を見合わせ、思わず首をかしげてしまう。
 ――どうやら、柚巴までも、わかっていて、由岐耶に抱きついていたらしい。
 これでは本当に、世凪はみんなの楽しいおもちゃとしか言いようがない。
「……これは、間接キスか?」
 今、口に放り込んだフォークをじっと見つめ、世凪はぽつりとそうつぶやいた。
 瞬間、柚巴の頭が噴火する。
 由岐耶の顔も、火事場へ向かう消防車のように赤色灯をたき、カンカンカンとうるさい音を発する。
 ――実際は、音はついていないけれど――
「そうかそうか。うんうん」
 そのような柚巴と由岐耶など無視して、世凪は一人、満足げにうんうんとうなずいている。
 もちろん、世凪にそんな言葉をつぶやかれ、一人納得されては、柚巴が黙っているはずがない。
「世凪のばか!」
 避難していた由岐耶の胸から、世凪の胸へと移動し、そこでぽかぽかとグー攻撃をお見舞いする。
 それが、世凪を余計に調子づかせるなど、当然柚巴はわかっていない。
 ぽかぽかとたたいてくる柚巴のかわいらしい手をぎゅむっとにぎり、そのままぽすんと胸の中におさめてしまう。
 すると当然、柚巴のご機嫌は悪化して……。
「ばかばかばか〜! はなしてよ。ご飯食べるのだから〜!」
 何とも、低レベルな抵抗を試みる。
 これではまるで、負け犬の遠吠え。
 しかし、そんな負け犬の遠吠えも、この王子様には無駄にきいてしまうから不思議。
 「仕方がないな」なんて、必要以上に顔をほころばせ、柚巴を解放していく。
 そして、自分が持っている間接キス≠ニかふざけたことをほざいたフォークを、ぎゅっと柚巴の手ににぎらせた。
 すると柚巴は、ぷいっとそっぽを向き、その言葉通り、夕食の続きをはじめる。
 そのフォークが何であるかを、ぽろっと忘れて。
 ほうっと安堵のため息をもらし、馬鹿なことをしていたがためにぬるくなってしまったドリアをすくい、ぱくっと口へと放りこむ。
 そのような柚巴を、世凪は満足そうに見つめている。
 しかし、世凪は、それを大人しく見ているような王子様ではない。
 ふいに柚巴へと手をのばし、ぐいっと顔を引き寄せる。
「じゃあ、これで許してやるよ」
 そう言いながら、今度は引き寄せる柚巴の顔へと、自分の顔を近づけていき――
 次の瞬間、ぼすんという音がしていた。
「あなたは、これでも食べていなさい。……本当、ろくでもないことしかしないのですから」
 バタールそのまま一本を、ぐりぐりと世凪の顔へとおしつける由岐耶の姿があった。
 危機一髪、由岐耶の英断のおかげで、柚巴は命……唇拾いしていた。
 再びほうっと大きく息をもらし、残りのドリア全部を慌ててかきこむ。
 これ以上、世凪がおかしな行動をとる前に。
 ふざけたことをしようとしたために、世凪はもちろん、竜桐と由岐耶のぎんぎんに厳しい監視下におかれることになる。
 柚巴の食事が、無事終わるまでの間。
 男二人の色気のない視線を浴びつつ、世凪はおもしろくなさそうに、ばりっとバタールをかじった。


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update:05/10/20