ご乱心王子様
(4)

 カーテンの隙間から、ぼんやりと月明かりが差し込んでくる。
 今宵は、憎らしいくらいに冴えわたった満月。
 夜空で、黄色い光をこうこうと放っている。
 もれ入ってくるその光だけが、この部屋にぼんやりと明かりをともす。
 シングルベッド二つ分の大きさに天蓋のついた、柚巴のベッド。
 その真ん中に、ぽすんと身をしずめる柚巴。
 もちろん、そこには、何故だか王子様の姿。
 ベッドによこたわる柚巴を、そのはしに腰かけ、世凪は愛しそうに見下ろしている。
 限夢界でひとしきり使い魔たちと会話をかわし、そしてその後は、例によって例の如く、重臣たちに追いかけまわされ、ようやく人間界へと逃げてきた。
 その後にも、世凪と竜桐&由岐耶のバトルの間にたたされ……。
 柚巴は、さすがに、もうすっかり疲れてしまっている。
 ベッドに身をしずめるなり、うとうとしはじめてしまった。
 世凪にも――気がすすまないけれど――ちゃんと客室が用意されているというのに、そこで休もうとしない。
 のこのこと、こうやって柚巴の部屋までついてきてしまった。
 それを、柚巴も嫌がりはしないものだから、使い魔たちはどうしたものかと、渋々見守るにとどまってしまっている。
 柚巴が嫌がらないのなら、まあ、それはそれで仕方がない。
 まったくもって、認めたくなんてないけれど。
 だから当然、柚巴の部屋のまわりには、びんびんに気をはりめぐらせた使い魔たちがはりついている。
 もしものことがあれば、すぐさま突入し、世凪という名のオオカミを捕獲するために。
 しかし、それは、どうやらいらぬ心配のよう。
 柚巴は、すっぽりと肩までブランケットをかぶり、顔だけを出す。
 眠い目をこすりながら、柚巴はじいっと見下ろす世凪を見つめている。
 世凪も世凪で、そのベッドの中にもぐりこもうなんて破廉恥な考えはないらしく、おとなしく柚巴を見下ろす……見つめるにとどまっている。
 不思議なことに。
「どうした? 柚巴。疲れているのだろう。さっさと寝ろ」
 くしゃりと柚巴の頭をなでてやり、世凪はあまく優しい微笑みを落とす。
 それに、柚巴が小さくうなずいて答える。
 そして、何故だか、ブランケットをはねのけ、そのまま世凪の胸へとぎゅうっと抱きついていく。
「ゆ、柚巴!?」
 ふいの出来事に、世凪の方が驚いた。
 どうしたものかと、その両手をぱたぱたとばたつかせている。
 これでは、俺様王子様の名折れ。
 しかし、たとえ名が折れようとも、世凪にとってはこんな幸福なことはない。
 行き場を失っていた両腕が、ゆっくりと柚巴を包み込んでいく。
「今日の柚巴は、あまえんぼうだな」
 なんて、やはり世凪らしからぬ――いや、らしい?――くさい台詞まで飛び出してくる。
 柚巴も柚巴で、何を思ったのか、抱きつく腕にもう少しだけ力を加える。
 そして、胸に顔をおしあてたまま、ぽつりとつぶやく。
「ねえ、世凪。ずっとずっとずーっと、こうやって一緒にいられたらいいね」
 まるでそれをかみしめるように。願うように。
 瞬間、世凪の胸が、激しい痛みに襲われた。
 頭の中を、閃光がはしる。
 同時に、苦しいくらいの幸せもおし寄せてくる。
 いろいろな感情が、世凪の中で、荒波のように入り乱れる。
 幸せだけれど、でも、それだけではない。
 苦しいけれど、でも、やはりそれだけではない。
 この不可思議な感情は、何といえばいいのか……。
 しかし今は、そんな感情に気をとられている場合ではない。
 何よりも優先すべきは、柚巴だから。
「ああ。生きていてもそうでなくても、永遠にな」
 そうささやき、ふわりと柚巴の髪にキスを落とす。
 そして、ゆっくりと抱きつく柚巴をはなしていき、再びベッドの中へと入れてやる。
 すっぽりと、ブランケットをかぶせる。
 すると、柚巴は、不思議なくらいすうっと、眠りに落ちていった。
 とても、幸せそうな微笑みを浮かべ。
 そのような柚巴を見て、世凪はもう一度キスを落とす。
 今度は、前髪の間からのぞく、そのひたいへと。
 柚巴から唇がはなされた時、一瞬、世凪の顔に苦しみのようなものが浮かんでいた。
 それを誤魔化すように、一度ぶるっと首をふる。
 そして、名残惜しそうに柚巴の寝顔を見つめ、部屋を去っていく。
 やはり、どこか苦しそうな表情をたたえて。
 ゆっくりと、扉がしめられていく。

 ふっと、頭によぎってしまっていた。
 柚巴の、その言葉を聞いた瞬間。
 ずっとずっと一緒に、こうしていることなんてできないことを、世凪は知っているから。
 いや、あらためて、それに気づかされてしまったから。
 柚巴には、ああ言ったけれど……。
 そして、それは嘘ではないけれど……。
 だけど、すべてではない。
 永遠に、ともにいたいと願うけれど、それは残酷にくだかれてしまうだろう。
 人間と限夢人の寿命は、悲しいまでに遠いから。
 柚巴も世凪も、ともに十七年生きてきた。
 今は、同じはやさで時をすごしているけれど、もう何年かすれば、ともに成長することはなくなる。
 柚巴だけ、一人どんどん先に成長していくだろう。
 世凪だけ、一人とりのこされる。
 それは、二人の別れへと向かっている。
 世凪の成長は、急激にスピードを落とし、柚巴においていかれてしまう。
 それだけが、どうにも我慢ならなくて、悔しい。
 心はともに成長できても、体はそれに比例してくれない。
 人間の寿命は、たかだか百歳。
 しかし、限夢人の寿命は千歳。
 気が遠くなるほどの寿命の差。
 その事実に、改めて気づいてしまった。
 気づきたくなかったのに。
 ずっとずっと、目をそむけていたかったのに。
 ささいなきっかけが、ほころびを生み、そして崩壊へと導く。
 かつて、同じように思った時、柚巴が「今は考えても仕方がなかったよね」と言ってくれたから、一時ではあるけれど、忘れることができていたのに……。
 どうして、今さら、それを思い出してしまったのか。
 もう少しの間だけでも、忘れたままでいたかった。
 心は永遠だけれど、ともにいられる時間は限られているという、そのことを。

 胸が、壊れそうなほど、痛む。


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update:05/10/26