失った片翼
(1)

 どこにでもありふれた、一般的な私立高校。
 ただひとつ異なるところは、この高校は、良家の子息がたくさん通っている、普通でいて普通とは少し違うというところ。
 だから、その建物もどこか近未来的で、不思議な様相をしている。
 この高校の名は、『私立 翔竜崎高等学校』。
 世間でも名の知れた、進学校。
 そこの校舎の一つのバルコニーに、二人の少女の姿がある。
「へえ、なんていうか、とんでもないことに巻き込まれたな。あの男、一度つぶしておかないと……」
 庚子が、ぎしぎしと爪をかみ、つぶやく。
 そのすぐ横には、愛想笑いを浮かべる柚巴。
 ――昼休み。
 十二月ともなれば、そろそろ寒さが本格化してくるというのに、吹きっさらしのバルコニーでくつろいでいる。
 そのような寒さも、風の子≠フこの二人には関係ないらしい。
 そこに置かれたベンチの上に、お弁当を広げて。
 柚巴は、毎日半ば強引にもたされる、御使威家おかかえの料理人が作ったお弁当。
 庚子は案の定、食堂で買ったパン。
 この取り合わせは、半年前から変わっていない。
「庚子ちゃん。なんていうか、これはね、不可抗力みたいなもので……」
 茶巾寿司を一口かじり、また愛想笑いを浮かべる。
 たしかに、とんでもないことではあるけれど、だからってつぶされるのも困るから。
 本当に、あの男≠ヘ、誰からも嫌われているよう。
 ……まあ、柚巴にも、その理由がなんとなくわかってしまうあたり、どうしたものかと思う。
「不可抗力なわけあるか。あいつは計画犯だ! だって、何かあるとわかっていて、あえて柚巴を一人、そんな訳のわからない場所へ送り出したのだろう? 一度、ぶん殴ってやるっ!」
 右手に持つサブマリンサンドをぎゅしゃっとにぎりしめ、庚子は憤る。
 目の前に広がる青空を、ぎろっとにらみつけ。
「うん。でも……わたしもわかっていたことだから」
 つぶされたサブマリンサンドを、庚子の手の中から柚巴は慌てて抜き取る。
 そして、そそくさとポケットティッシュを取り出してきて、それで庚子の右手をぬぐいはじめる。
 それに庚子は、胸の内で嬉しさを感じる。
 だけど、表情にはそれをまったく出さず、憤ったふりを続ける。
 柚巴にかいがいしく世話をやかれて、それまで抱いていた王子様への怒りなんて、どこかへ吹っ飛んでしまったというのに。
 だけど、それを素直に表に出せない。……出したくない。
「柚巴は、あますぎるのだよ。ああいう男には、一度がつんと言ってやらないと」
 一通りぬぐってもらい終えると、庚子は再びぎゅっとこぶしをにぎりしめてみせる。
 妙に得意げに微笑んで。
 ……なんだか、本当に、庚子なら、一度がつんとやってしまいそうな気がする。
 いつまでたっても、王子様は、柚巴をとりまく人々に、認めてはもらえないらしい。
 まあ、本人がああなので、それも仕方ないかもしれないけれど。
 でも、柚巴は、世凪の思いを知っているから、どんなに横暴な態度も許せてしまう。
 唯我独尊にふるまってみせても、それは全部、淋しさの裏返しだと知っているから。
 どうすれば、あそこまで、意地っ張りで素直じゃなくなれるのだろう。
 だけど、そこが、いじらしいとも思ってしまう。
 ……きっと、世凪じゃないけれど、柚巴も重症なのかもしれない。
「柚巴を、お前と一緒にするな」
 噂をすれば影。
 不機嫌にそうはき捨てる世凪が、にょろりと二人の前に現れた。
 そして、すかさず、柚巴を後ろから抱きしめる。
 子泣きじじいか、おんぶおばけかといったように。
「うわっ。でた!」
「せ、世凪!? 学校には来ないでって言っているのに!」
 そんな世凪を見て、柚巴と庚子は、思わず叫んでしまっていた。
 庚子にいたっては、腰を抜かさんばかりの勢いで。
 無駄に、ぜいはあと荒い息をしている。
 世凪は、まるで化け物扱いの庚子の言葉に、一度じろりとにらみをいれ、すぐに柚巴に視線を移す。
 そして、一瞬ふにゃあと顔をほころばせた後、むっとした顔をつくってみせた。
 その一瞬の表情のために、どんなに顔をつくってみせても、もう無駄だということにも気づかずに。
「いいだろう。授業中は邪魔していないのだから」
 柚巴のつれない言葉に、非難めいた口調で言い放つ。
 本当は、ちょっぴり傷ついているけれど、それをおくびにも出さず。
 やはり、王子様は、いじっぱり。
 それから、ひょいっと柚巴を抱き上げ、今まで柚巴が腰かけていたそこに腰を下ろす。
 もちろん、同時に、自分の膝の上に柚巴を移動させて。
「もう。また、そういう屁理屈ばかり」
 後ろからまわしてくる腕をぺちんとたたき、むうっと世凪をにらみあげる。
 しかし、世凪は気にしたふうもなく、涼しい顔で当たり前のように柚巴を抱きしめ続ける。
 たしかに、授業の邪魔はしていないけれど、学校にまでついてこられるのは、ちょっと……かなりいただけない。
 ただでさえ、赤髪黒マントというだけで目立つのだから。
 もし見つかって、おかしな噂でも立てられたら困る。
 世凪とのことは、当然といえば当然だけれど、学校側には内緒だから。
 見とがめられた時、どう言い訳をすればいいのかわからない。
 たとえば、いつかのように、世凪は、父親の護衛の一人です、なんて言い訳も、あまり使えそうにないし……。
 こんなに暑苦しいくらい、抱きつかれていては。
「本当本当。まるで、どこかの誰かさんみたいだ」
 どんなに罵倒されてもへこたれることを知らない世凪を見て、庚子はくくっと笑ってみせる。
 ミルクコーヒーをすすりながら。
 目の前で、こうやっていちゃつかれるのにも、そろそろ慣れてきた。
 本当に、柚巴のいるところ、必ずこの男がいるのだから。
 まるで、常に庚子の横にいて、ひょうひょうと振る舞っていた、どこかの誰かさんのよう。
 二人で一人、そのような……。
「どこかの誰かさん?」
「庚子?」
 ぽろっと口からでてきた庚子の言葉に、柚巴も世凪も過剰に反応していた。
 今の今まで、攻防戦を繰り広げていたその目が、庚子をじっと見つめている。
 あまりにもまっすぐに見てくるその二対の目に、庚子は思わずたじろいでしまう。
 そんなに驚くようなことでも言っただろうか。
「え? あ、ごめん。どこかの誰かさんって、誰のことだろうな……」
 そういえば、そう。
 どこかの誰かさん、と言ってはみたものの、庚子には、そのどこかの誰かさんが誰であるか、思い当たる節がない。
 いつも、隣でむかつくくらいひょうひょうと振る舞っていた男がいるような気がする。
 だけど、それはあくまで気がするだけで……。
 そんな奴が、存在するはずがない。
 庚子は、柚巴に出会うまで、一人だったはずなのだから……?
「……九条……多紀……か?」
 言葉につまってしまった庚子に、妙に真剣で、どこか苦しげな眼差しを世凪が向けてきた。
 柚巴に対してなら、この男は表情を崩すことがあるけれど、庚子に対して崩されることなんて……。
 世凪のその表情にもだけれど、その言葉に、庚子は驚いてしまっていた。
 ぎょっと、世凪を凝視する。
 その腕の中では、柚巴も、不安そうに庚子を見つめている。
 そんな柚巴に気づき、庚子は苦笑いを浮かべる。
 柚巴に、そんな不安そうな表情をさせるのは、本意ではない。
 そして、何より、それは、そうだと言っているも同じで――


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update:05/11/03