神が告げる凶兆
(1)

「な……っ!? い、今、何とおっしゃいました!?」
 御使威邸。
 使い魔たちの居住区、リビング。
 そこのソファに腰をおろす柚巴に、あつあつのアッサムを注いだティーカップを手渡しながら、これ以上ないというほど、竜桐が顔をゆがめた。
 それはまるで、汚らわしいものでも見たかのように。
 そんな竜桐とは正反対に、柚巴はけろっと答える。
「うん。だから、明後日、庚子ちゃんと一緒に、遊園地へ行ってくるね」
 受け取ったティーカップに、ふうふうと息を吹きかけながら、柚巴はくいっと首をかしげてみせる。
 その仕草を見て、一瞬、竜桐の視界がゆれる。
 理性が吹っ飛びそうになってしまった。
 そのままむぎゅうっと、抱きしめてしまいたくなる程度に。
 本当に、この少女は、なんてかわいらしいのだろう。
 自称、第二のお父さん的には、たまらない。
 ……いや。しかし、今は理性をとばしている場合ではなくて……。
「……はい。それは承知いたしました。しかし、何故そこに、この男が!?」
 ぐりんと首を一八〇度まわし、すぐうしろで、ソファにふんぞりかえる王子様にするどい視線をお見舞いする。
 しかしやっぱり、そんなことで動じる王子様ではない。
 すいっと立ち上がり、当たり前のように柚巴のもとへと歩いていく。
 すれ違い様、竜桐に、にやりと不敵な笑みを送って。
 絶対に、わざとしている。
 人の神経をさかなでるようなことを。
 それは、竜桐だけでなく、柚巴にもそう思わせてしまう。
 なんというか、本当に……わかりやすすぎる、わがまま王子様。
「う〜ん。なんか、世凪も一緒に行きたいっていってきかなくて……」
 やってきた世凪にぎゅうと抱き寄せられながら、柚巴はがっくりと肩を落とす。
 抱き寄せられた瞬間、あわやティーカップを落としそうになったことには、あえて触れずに。
 そこに触れたが最後、何やかやと理由をつけて、この王子様ならとんでもないことをしでかしそうだから。
 このまま持っていては危険だと判断し、柚巴は竜桐にティーカップを戻していく。
 それに、呆れたような顔で、竜桐もこたえる。
「そうですか。そうなのですか。わかりました。――善処しましょう」
 柚巴から受け取ったティーカップを、すぐ下のテーブルの上におき、はあと盛大にため息をもらす。
 別に、柚巴に呆れているわけではない。
 もちろん、とてつもなく呆れているのは、この王子様に対して。
 今目の前で、これでもかというほど、柚巴にあまえはじめた、この甘えん坊王子様。
 本当に、こんな男が、次の限夢界の王に……っ!?
 なんだかとっても、限夢界の将来が、不安になってくる。
「善処?」
 今にも頭を抱えてしまいそうな竜桐を、柚巴はきょとんと見つめる。
 そんな疑問と一緒に。
 しかし、竜桐には、その疑問に答えるつもりは、さらさらない。
 だた一言、こう返すのみ。
「はい。善処です」
 ぎらりと不気味に目をきらめかせ、目の前の不愉快きわまりない王子様をにらみつける。
 しかし、世凪の執拗な抱きつき攻撃に抵抗する柚巴も、攻撃の手をゆるめようとしない世凪も、そんなことにはまったく気づいていなかった。
 なんだかとっても、嫌な予感が……。


 一方、その頃。
 こちら、限夢界では――

 限夢界城下。
 見上げると、すぐそこに限夢界の王宮が見える。
 神殿のような、白亜の王宮。
 天気のよい日などは、その王宮に陽光が反射し、きらきらと輝き、美しい風景をもたらす。
 夕間暮れの今は、その白い王宮は、茜色と闇に複雑に染まっている。
 そのような絶景を背景にした場所に、この屋敷はある。
 傍流においやられてしまった王弟の屋敷。
 傍流においやられてしまったはずなのに、その屋敷には衰退の気配がまったくないから不思議。
 それが、決して表にはでない、人々の謎となっている。
「華久夜、お前! だから、屋敷を破壊するなと言っているだろう!」
 どたばたと駆ける足音とともに、そのような叫びが屋敷に響きわたる。
 同時に、どごーん、めきめきめき……などという、不気味な音が聞こえてくることには触れてはいけない。
「お兄様が逃げるからいけないのよ!」
 ぼわんと手に火の玉をつくり、それを頭の上に振り上げる。
 そして、逃げまわる莱牙に、ロックオン。
 ふわふわの金の髪が、生き物のようにゆらゆらと広がっている。
「逃げるに決まっているだろう! お前は、俺を殺す気か!?」
 つくられた火の玉を見て、莱牙は悲鳴に似た叫びを上げる。
 それをよけなければ、莱牙は大怪我をする。
 しかし、よければそれは屋敷を破壊するにいたり……。
 嗚呼。どちらを選択すればよいのか。
 どちらを選択しても、結果は最悪。
 大怪我か、お小言か……。
 どちらも、死ぬほど、嫌。
「そのつもりよ、もちろん。じゃないと、こんなことしないわ」
 けろりと言い放ち、華久夜はつくった火の玉で、毬つきをはじめる。
 明らかに、あからさまに、莱牙をおちょくって遊んでいる。
 たいてい、この兄妹喧嘩――兄妹喧嘩?――は、華久夜がひまをもてあました時に発動する。
 恐らく今回も、ひまをもてあました華久夜が、理不尽ないいがかりをつけて勃発した喧嘩だろう。
 どうにも、一方的に、華久夜が楽しんでいるようにしか思えないけれど。
 どんなに莱牙を痛めつけても、どんなに屋敷を破壊しても、華久夜はまったくいたくもかゆくもないから。
 いつも、貧乏くじをひくのは、莱牙。
 それをわかっていて、あえて喧嘩をふっかけるのだから、華久夜もたちが悪い。
 そんな、一方はひまつぶし、一方は命をかけた戦いの横で、あきれ顔でぼそりとつぶやく女史が一人。
「や〜れやれ。またはじまったよ。……この分だと、王子様からかいツアーはお流れかなあ。――まったく、わがままお姫様の相手も楽じゃない」
 ぽりぽりとこめかみをかき、紗霧羅はくるりとまわれ右。
 どうやら、王子様からかいツアーをさらっとあきらめてしまったらしい。
 それと同時に、つまらない喧嘩に巻き込まれて怪我をしないよう、避難をするらしい。
 もともと、このわがままお姫様に強引に呼び出され、そういうことになったので、紗霧羅としては、むしろ流れた方がいいのかもしれない。
 紗霧羅は紗霧羅で、他にすることがたくさんあるから。
 ただ、王子様からかいツアーの方が楽しいし、このお姫様のご機嫌をそこねると、後々やっかいだからつき合っているだけで……。
「紗霧羅! あなたも、お兄様と一緒に、血祭りにして欲しいの!?」
 まわれ右して、さっさと屋敷を後にしようとした紗霧羅に、そんな怒鳴り声がなげつけられる。
 楽しそうに莱牙をいたぶる一方、ちゃっかり紗霧羅のつぶやきまで聞きとっていたらしい。
 本当に……恐ろしいくらい地獄耳なお姫様。
 紗霧羅ははあと盛大にため息をもらし、ゆっくりと振り返る。
「遠慮しておきますよ」
 そして、疲れきったように、そう丁重にお断りを入れる。
 この兄妹は、いつもいつもこんなことばかりして、あきないものか?と、目の前で繰り広げられる破壊活動をぼんやりと眺めて。
 華久夜があきるまで待っているか、と避難まで早々にあきらめた紗霧羅は、すぐ横にあったソファにぼすっと身を沈めた。
 破壊音をバックグラウンドミュージックがわりに、ゆっくりとまぶたをとじていく。
 破壊活動が終われば、華久夜が起こしにくるだろうとふんで。
 ちょうど、まぶたが完全にとじられるかどうかというその時だった。
「あ〜らら。とめなくていいの?」
 すぐ横で、そんな楽しそうともあきれともとれる声が聞こえた。
 それにびくっと飛び起きる。
 今の今までまったく気配を感じなかったことにも驚いたけれど、それよりも何よりもその声。
 思いっきり聞き覚えのある、思いっきり歓迎できないその声――


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update:05/11/21