名も知らぬ花
(1)

 ぽかぽか陽気の冬のある日。
 世間の高校生は、期末テスト真っ只中だというのに、それを嘲笑うかのように、ここにいるこの面々。
 背後では、轟音をあげて、ジェットコースターが駆け抜けていく。
 喜声とも悲鳴ともつかない黄色い声をばらまいて。
「だから、何がどうなってこうなったのか、懇切丁寧に教えてもらおうか!?」
 あってはならないことが、今行われている。
 あぶなく目をすわらせた庚子が、ずずいっと柚巴につめ寄る、そのような状態。
 何がどうあっても、あってはならないはず。このような状態は。
 これが、相手が、多紀や世凪ならば、ありえまくるところだけれど。
 今、庚子がつめ寄っているのは、何故だか柚巴。
 しかも、見逃してなんて決してもらえない勢いで。
 柚巴の右腕が、庚子の左手にぐっとつかまれている。
 そのような庚子を前に、柚巴はただただ苦笑いを浮かべるだけ。
 ……どのように答えればよいのか、まったくわからなくて。
 蟻一匹抜け出す余地すら与えられていない。
「見ればわかるだろう。阿呆か、お前は」
 そんな危険いっぱいの状況に、狙いすましたように爆弾が投下された。
 にらみ……見つめあう柚巴と庚子のすぐ横で、これでもかというほど馬鹿にしたように、庚子に視線を向けるこの男から。
 そして、けっとはき捨て、あっさりと庚子の手から、柚巴をさらっていく。
 もちろんその後は、ぎゅうっとその腕の中にとらえてしまう。
 柚巴は、あたたかくて優しい、だけどどうにも頭の痛いその腕の中で、ぼんやりと思考をどこか遠くへととばしていく。
 ……これから行われることに、かかわりたくなくて。
「殺す! ぶっ殺すっ!」
 目の前で、そんな物騒なことを叫びちらし、今にも世凪にとびかかりそうな庚子になんてかまわず。
 庚子の剣幕なんてどこ吹く風、ごろごろと柚巴のぬくもりを堪能する世凪なんてそっちのけで。
 ……この二人につき合っていては、身がもたない。
 と、ようやく、近頃気づきはじめてきたよう。
 ――とっても、遅いような気がするけれど。
「だから、二人とも、ちょっと落ち着こうよ」
 このまま放っておくが得策かとも思われるけれど、他の人の迷惑というものを考えなければならないと思いいたり、とりあえず、とめるそぶりだけは見せておく。
 果てしなく、限りなく、無駄だとわかっているけれど。一応。
 普段なら、鶴の一声とばかりに、柚巴の言葉に従う二人だけれど、今回は勝手が違う。
 その柚巴をとりあって?の、口げんかなのだから。
 本当に、どうして柚巴は、こんな一癖もニ癖もあるような者たちばかりに、好かれてしまうのだろう?
 ……そこに、理不尽さを感じてしまう。
「それだけじゃないだろう! こいつがついてくることは、予想の範疇だったけれど……。どうして、こいつらまでいるんだよ!?」
 世凪をこの上なく憎らしげににらみつけつつ、ずびしっと、指だけは明後日の方向へ指し示す。
 その指し示された指の先には……。
 何故だか、使い魔が四人。
 我関せず顔で、立っている。
 さすがに、普段着ているようなスーツではなく、カジュアルにきめている。
 ……ということは、使い魔たちも遊ぶつもりで……?
「んー。護衛だって」
 すまし顔の一人、亜真がぞんざいに答える。
「何の護衛だよ!」
 すると、間髪をいれず、庚子の怒声が響き渡る。
 それに、うるさそうに顔をしかめながら、由岐耶がため息まじりにつぶやく。
 どことなく、思いっきり面倒くさそうでもある。
「……世凪から、姫さまをお守りするための護衛ですよ」
 由岐耶の言葉に合わせるように、その横で、うんうんと心の底からうなずく麻阿佐と祐と亜真。
「ああ。なるほど」
 そして、庚子。
 どこか悟ったように、ふっと小さな笑みをもらす。
 それから、五人は互いに顔を見合わせ、ふうっと哀愁めいたため息をこぼした。
「って、そこ。何を納得している!」
 もちろん、そんな五人に気づかない王子様ではなかった。
 すぐさま反応し、きっとするどいにらみを入れる。
 しかし、やはり、この五人に通用するはずもなく……。
「いや〜。だってなあ、麻阿佐さん?」
「そうですね。いつ庚子さんの目を盗んで、このドスケベ男がおかしな行動に出ないとも限りませんからね。姫さまは、我々ががっちり護衛しますので、お二人は、思う存分、楽しんでくださいね」
 いたずらっぽくにやにやと笑みを浮かべ、庚子はすぐそばにいた麻阿佐にそう同意を求める。
 もちろん、麻阿佐も、どこかのりのりで、庚子にすぐさま調子を合わせる。
 庚子は別として……麻阿佐にとっては、世凪は主筋にあたるはずなのに、このざっくばらんな態度。
 むしろ、敬っているどころか、おもちゃにしている節もあるかもしれない。
 これでも、半年ほど前までは、目の敵にしていたはずの男なのに……。
 一体、どこをどう間違って、こうやって、からかって遊ぶまでの仲になってしまったのか。
 あんなに憎らしかった男が――今でももちろん、別の意味で憎らしいけれど――目にするのも嫌と嫌っていたあの頃が、嘘のような感覚にとらわれる。
 大切な少女を、この男に奪われてしまったはずなのに、それでも憎むことができない。これ以上。
 相変わらず傲慢で俺様でムカつく男だけれど、その傍らで幸せそうに微笑む少女を知ってしまったから。
 ムカつくことはかわらないけれど、大切な少女の笑顔を奪うことはできない。
 だから、知らず知らず、自分の中で、葛藤しつつも、この男を受け入れるようになってしまったのかもしれない。
 ただ一つ。
 この少女の笑顔を守りたいという、その思いだけで。
「だってさ。世凪」
 くっと皮肉めいた笑みを、庚子は世凪に送る。
 するともちろん、世凪の額に、ぷっくりと青筋が浮かび上がる。
 この王子様は、自分がからかわれたり馬鹿にされたりすることが、この上なくお気に召さないらしい。
 まあ、世界は自分――でもないかもしれないけれど。何しろ、一人の少女を中心にまわしているようなものだから――中心にまわっていると、そう思い込んでいる男だから、それも不思議ではないかもしれない。
 ぎゃあぎゃあと、実りの欠片すらない言い争いをはじめた世凪の腕の中から、柚巴は疲れきったようにするりと抜け出してきた。
 どうやら、あの世凪が、庚子と麻阿佐との言い争いに気を奪われ、柚巴の存在を失念してしまったらしい。
 なんとも、平和なことである。
 世凪の腕から逃れるように抜け出してきた柚巴は、助けを求めるように、由岐耶のもとへ、ちょこちょこと駆け寄る。
 そして、そこで一言ぽつりともらす。
「どうして、いつもこんなのばかりなの……?」
 心の底からはきだすように、由岐耶をすがるように見つめる。
 それが、紛うかたない、柚巴の本音らしい。
 どうやら。
「姫さま。お気をたしかに」
 そのような柚巴を、少し困ったように、だけど愛しそうに見つめながら、由岐耶は調子をあわせてみせる。
 さりげなく、柚巴を、自分の方へと引き寄せながら。
 ぴとりと、だけど、触れないそこへ柚巴を促し、由岐耶は優しい眼差しを落としていた。
 決して触れはしないけれど、ぬくもりはすぐそばに感じられるように。
 その行為がなされていることを、由岐耶は気づいていない。
 無意識のうちに、触れることを許されていない少女を抱き寄せる。
 そんな由岐耶をよそに、やはり、こちらでは、いまだにぎゃあぎゃあと無駄な言い争いが続いている。
 いつのまにか祐と亜真まで参戦して、庚子、麻阿佐、祐、亜真VS世凪の構図が出来上がって。
 やはり、どんな時だって、世凪は一匹狼に成り果てる。
 ……いや。誰も、好き好んで、世凪とタッグを組みたがらないだけ?
 みんなそれぞれに、世凪には抱く一物があるから。
 しかも、何故だかそれらは、すべて柚巴がらみで……。
 そう考えると、柚巴という少女は、つくづく罪作りな少女なのかもしれない。
 みんな、この華奢で頼りなげな少女一人に、翻弄されている。


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update:05/12/04