近くて遠い距離
(1)

 くるり、くるり。
 白馬がまわる。
 かぼちゃの馬車がまわる。
 まだ小さかった頃、その音色をきくと心はずんだ。
 メリー・ゴー・ラウンドが、まわる。

「ほらよっ。世凪、あんたはそこで、それでも撮ってな!」
 鳥肌がたつようなあまったるい音楽と、その風景にめまいを覚えた時だった。
 ふいに、世凪の手の中に、小さな四角い物体が飛び込んできた。
 同時に、ぞんさいにかかる、庚子の声。
 庚子の陰にかくれて、柚巴が困ったように微笑んでいる。
 しかし、その意識は、もうそこにはなくて、もっと違った場所へ飛んでいた。
 今、世凪が、あまったる〜いと感じているその場所へ。
 ふんぞりかえる庚子と、その庚子の腕をひき、目を輝かせている柚巴のすぐ後ろには、先ほどから、くるくるくるくるまわるあまったるい乗り物がある。
 そわそわとして、操り人形のように、そちらへと今にもひぱられていきそう。
 そのような柚巴を見て、世凪は何故だか、妙に納得できてしまった。
 それと同時に、俺はごめんだと、逃げの体勢に入ってしまったことも事実。
 いつもならば、何が何でも、柚巴のそばをはなれないところだけれど……。
 世凪には、できない。
 柚巴と一緒に、その乗り物に乗ることだけは。
 おかしなところで、王子様のプライドに火がつく。
 王子様は王子様だけれど、白馬の似合う王子様になど、絶対になりたくない。
「貴様。この俺に、小間使いのようなことをしろと!?」
 今、手の中に飛び込んできたものをぎゅっとにぎりしめ、皮肉たっぷりの表情をつくってみせる。
 世凪の手の中には、デジタルカメラが一台。
「ああ。そうだよ。たまにはいいだろう。いつも、ソファでふんぞりかえっているのだからさ」
 ずいっと人差し指を世凪に指し示し、庚子は勝ち誇ったようにそう言い放つ。
 そして、腕にぶらさがる柚巴を、くいっと抱き寄せる。
 もちろん、世凪に見せつけるようにして。
 今の世凪は、反論できないことを、よーくわかっているよう。
 瞬間、世凪の頬が激しくひきつっていた。
「……っ!」
 悔しそうに舌打ちし、もう一度、手に持つデジタルカメラをぎゅっとにぎりしめる。
 ……とはいっても、さすがに、破壊するまでは力をこめていないらしい。
 だって、このデジカメは柚巴のものだから。
 これが、庚子のものだったら、問答無用で、あとかたもなく、こっぱみじんにしているところだろう。
 もちろん、庚子だって、それくらいは心得ている。
 だから、あえて柚巴の所有物を世凪に渡していた。
 必死に怒りをこらえる世凪を、庚子の陰から、柚巴が申し訳なさそうに見つめている。
 庚子の思惑も、世凪の憤りも、わかってしまうから。
 しかし、それでもやっぱり、意識はすでに、すぐ後ろのメリー・ゴー・ラウンドにいっているようで……。
「世凪。よろしくね。……だって、一緒に乗るの、嫌でしょう? 仕方ないよ」
 世凪が乗りたくないのなら、柚巴も乗らない。
 なんて、そんな世凪が望んでいるような都合のいい台詞は、とうとう柚巴の口からはきけなかった。
 むしろ、世凪を奈落へ突き落とす言葉がでてきてしまった。
 どうやら、世凪のご機嫌よりも、このあまい誘惑に、柚巴は負けてしまったらしい。
 まあ、いちいち、こんな王子様のご機嫌なんてとっていられないけれど。
「ちっ……」
 柚巴にふられてしまった世凪は、悔しそうにまた舌打ちする。
 そして、いそいそと、庚子の腕をひき、メリー・ゴー・ラウンドへ向かう柚巴を見送る。
 なんだかとっても、やりきれない気持ちで。
 世凪のかわいい柚巴が、庚子なんかのために――本当は、メリー・ゴー・ラウンドのために、が正解だけれど――世凪を見捨てていってしまうなんて……。
 こんなに悔しくて、屈辱的なことはない。
 どんな時でも、世凪をいちばんに考えてほしいのに。
 世凪がそうであるように。
 しかし、それは口に出しては望まない。
 そんなことをしては、なんだかみっともないではないか。
 まるで、柚巴にふりまわされているようで。
 常に、自分が主導権を握らないとおもしろくない。
 ……すでに、まわりにはばればれだとも知らずに、世凪は一人、葛藤する。
 どうでもいいことで。
「絶対に、あの女、フレームのすみにすら入れてやらん」
 ぎりっと奥歯をかみしめ、そうもらしていた。
 そんなこどもじみたことを。
 そして、その言葉通り、メリー・ゴー・ラウンドで、きらきらとした笑顔をふりまく柚巴だけをそのフレームにおさめ、庚子は髪の一本すらおさめられることはなかった。
 それが、世凪の精一杯の抵抗……復讐。
 レンズごしに見る柚巴も、やっぱりとてもかわいくて、何度もぽうっと見つめてしまい、シャッターを切り忘れていたことは、世凪の胸の中だけにそっとしまっておこう。
 ……世凪より、メリー・ゴー・ラウンドを選ばれてしまったことは、やっぱり悲しいけれど。
 だけど、こうやって柚巴の笑顔を見られるのなら、まあ、それはそれでよしとしよう。
 ――と、世凪は、むりやり自分に言いきかせる。
 どんな時でも自分を第一に考えてほしいわがまま王子様は、そうでもしないと、このやり場のない感情をおさえきれない。
 しかし、結局は、だらしなく、てろんと顔をくずし、必死にシャッターを切っていたようだけれど。
 少しでもたくさん、柚巴のかわいらしい姿を記録に残そうと。
 そしてもちろん、その記録したかわいい柚巴は、世凪だけのもの。世凪一人で楽しむ。
 そのような、矛盾した行動ばかりとる世凪を、一歩はなれて、使い魔たちは、呆れて見ていた。
 どうして、この王子様は、こんなにわかりやすくて、そして極端なのだろうと。
 その目には、柚巴だけしか入っていない。


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update:05/12/18