近くて遠い距離
(2)

「あ〜。楽しかったなあ。――特に、どこかの誰かさんがいなくて」
 メリー・ゴー・ラウンドの降り口からでてきた庚子は、世凪たちのもとまでやってくると、開口一番、そう嫌味を言っていた。
 ふっと、世凪に皮肉たっぷりの笑みを見せて。
 瞬間、世凪の額にぷっくりと青筋が浮かび上がる。
 それに、柚巴が、にへらっと愛想笑いを浮かべる。
 世凪と庚子のこの犬猿の仲っぷりは、もう誰にもとめられないとわかってしまっているから。
 どうしてこの二人は、こうも仲が悪いのだろう……と、そんなことは一度も思ったことはない。
 世凪が、どれだけ、柚巴のまわりにいる者たちに嫌われているかということくらい、柚巴にだってわかっている。
 そして、その原因すべてをつくっているのは、他の誰でもない世凪だということも。
 本当に、この王子様は、傲慢で俺様でしたい放題。
 それでも、その中に、小さな優しさをもっていることを、柚巴だけは知っている。
 ……いや。小さくなんてない。
 ただ、俺様が大きすぎて、そして本人も、それを見せようとはしなくて、認めようとはしなくて……。
 だから、誰にも、そのぬくもりを気づいてもらえないだけ。見つけにくいだけ。
 いじっぱりではずかしがりやで、だけど、きっと、誰よりも、まわりの者たちのことを考えているに違いない。
 一度大切にしようと決めた者は、意地でも守りぬくだろう。
 そんな極端な責任感……意地が、この王子様にはある。
 いつもは、そっけなく乱暴者だけれど……。
 柚巴は、ちゃんと知っている。
 世凪の、隠された優しさを。
 このはずかしがりやの王子様は、絶対に、それを知られてなるものかと、懸命に虚勢をはっていることも。
 どうして、そこまでして……?と、思わないこともないけれど、やっぱり、恥ずかしいのだろう。
 ……不器用な王子様。
 そこが、愛しいと思えるのだけれど。
「姫さま、どうでした? どこかの誰かさんがいないと、とても楽しかったでしょう?」
 庚子につづけ、世凪とともに待っていた――いや、見張っていた?――麻阿佐が、楽しそうにそう問いかけてくる。
 もちろんそれは、ここぞとばかりに、世凪にあてつけて。
 にやにやと、とても意地の悪い笑みを浮かべる。
 ……本当に、王子様は、嫌われ者。
 さすがに、ここまでいじめられては、世凪だって黙っていられない。
 庚子には無理だとしても、麻阿佐になら、火の玉の一つや二つ、お見舞いしてもいいだろう。
 それくらいで、死にはしないし。
 ぼわっと、手に火の玉をつくりあげる。
 そして、それを麻阿佐めがけて放り投げようと手をふりあげる。
 しかし、瞬間、何故だか、その火の玉を、ぽいっと放り捨てていた。
 麻阿佐めがけてではなく、ごろんと地面にころがして。
 それに、誰もが首を大きくかたむけてしまった。
 もちろん、その後は、麻阿佐めがけて飛んでいくものだと思っていたから。
 由岐耶なんて、それをみこして、他に被害が及ばないようにと、結界をはる準備までしていたのに。
 これでは、なんだか拍子抜け。
 しかし、世凪は、そんなまわりなんておかまいなしに、ある一点を見つめている。
 火の玉を、ごろんところがした時から。
 ずっと向こうの方、ひらひらと風にゆれるのぼり。
 売店横の、「ソフトクリーム」と書かれた、のぼりを――
 そうかと思うと、今度は、にやりと、意味深長に微笑んだ。
 何かよからぬことをたくらむように。
 ――いや。こういう時の王子様は、間違いなく、よからぬことをたくらんでいる。
 その証拠に、くいっと柚巴の手がひかれる。
「柚巴、おいで」
 そんな言葉とともに。
「世凪?」
 もちろん、世凪のそのような訳のわからない――ある意味、思いっきりわかってしまうけれど――言動に、柚巴は首をかしげる。
「ソフトクリーム、買ってやる」
「え?」
 にっこりと、無駄に優しい微笑みを柚巴にむける。
 それに、柚巴は、ぽけらっと世凪を見つめてしまった。
 いや〜な予感をさせる笑みをもらしたかと思えば、そんな普通の言葉が飛び出てきたから。
 ただ、普通じゃないのは、今が真冬ということだけ。
 やはり、一体、世凪は何をしたいのだろう?と、また首をかしげてしまう。
 近頃の世凪は、どうにも、柚巴でも理解できないことがある。
 何を考えているのか、何をしたいのか……。
 しかしまあ、今回は、これといって悪いことでもないよう。
 なので、訳のわからないままではあるけれど、とりあえず、世凪に素直についていく。
 世凪に手をひかれながら、とてとてと、頼りない足取りで。
 それでも、柚巴が無理をしないよう、世凪はゆっくりと歩みをすすめて。
 そんな世凪と柚巴を、庚子や由岐耶たちは、呆然と見送っている。
 やはり、彼らも、世凪が、一体何をしたいのかわからなくて。
 先ほど世凪がころがした火の玉が、庚子たちの足元で、ちょうど燃えつきた。


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update:05/12/27