近くて遠い距離
(3)

 庚子や由岐耶たちの見守る中、向こうの売店では、世凪が妙に優しく柚巴に微笑みかけている。
 それにこたえるように、柚巴もまた、世凪に微笑みかけて……。
 見ていて、なんだかとっても、おもしろくない。
 本来なばら、今日は、柚巴と庚子のらぶらぶデートになるはずだったのに、結局は、こんなことになってしまっている。
 世凪に、柚巴を独占されてしまっている。
 世凪から柚巴を守るためにやってきたお邪魔虫たちも、やっぱりまったく役に立っていなくて……。
 なんだかこれでは、あの二人にふりまわされているようなもの。
 馬鹿馬鹿しくなってくる。
 自分が滑稽に思えてくる。
 まるで、二人のお膳立てをしてやったようなものだから。
 一緒にいればいるだけ、あてられるのだから。
 それにしても、柚巴のこぼれんばかりの笑顔を独り占めするなんて、あの男がますます憎らしい。
 ほら、今、柚巴の手に、世凪の手から、ソフトクリームが渡されて……。
 手渡される瞬間、わずかに手が触れ合ったのか、柚巴はほんのり頬を染めている。
 そんな柚巴を、世凪は当たり前のように見つめて。
 それから、おいしそうにぺろりと一口、ソフトクリームをなめて。
 やっぱり、そんな柚巴を、とろんとあまい顔で、世凪は見つめている。
 それは、どこからどう見ても、あまあまらぶらぶのバカップル。
 ……やっぱり、やっていられない。
 ――いや。そうではなくて。それもあるけれど……。
 こうやって、あの二人を見ていると、なんだか、柚巴が遠い存在のように思えてくる。
 ほんの数ヶ月前までは、世凪とここまで親密になるなんて思っていなかった。
 むしろ、敵対していたはず。
 ずっとずっと、傍らで、そのかわいらしい笑顔を見せていてくれると思っていた。
 なのに、気づけば、その笑顔は、もうすぐそばにはない。
 ずっと遠く、手のとどかないところへいってしまったようで……。
 大切な友達が、もういない。
 大切な友達を、とられた気分。
 ……実際、あのムカつく男に、かっさらわれたも同じようなものだけれど。
 だからって、友達である柚巴まで、一緒にもっていかなくたっていいじゃないか。
 世凪を思う柚巴だけもっていって、庚子の友達である柚巴は、ちゃんと庚子のもとに残していってほしかった。
 ……悔しい。
 手をのばせば、簡単に触れられる位置にいた柚巴が、手をのばしても、もう触れられないところへいってしまったようで……。
 変わらないのに。
 何も、変わらないのに。
 どうして、距離だけが、こんなに遠くなってしまったのか。
 柚巴は柚巴のままなのに……。
 どうして、触れられない場所へといってしまったのか。
 あの男さえ現れなければ、あの男さえいなければ、柚巴は今も、庚子の横で微笑んでいたはずなのに。
 あの男が、庚子から、柚巴までも奪っていく。
 悔しい。悔しくってたまらない。
 あんな男のためだけに、庚子がこんなにも苦しい思いをしなければならないなんて。
 胸が、痛い。
 きゅっと唇をかみしめる。
 そんな時だった。
「はい。庚子ちゃん」
 目の前に、にょろっとソフトクリームが現れた。
「え?」
 視界が、おいしそうなソフトクリームでいきなり覆われ、庚子は思考を一瞬とめてしまった。
 それまで胸に抱いていた苦い思いも、同時に連れ去って。
「世凪のおごりだよ」
 それに追い討ちをかけるように、さらにそんな言葉が続けられる。
 まだ手をつけていないソフトクリームを庚子にさしだし、その一方で、ぺろぺろと、おいしそうにソフトクリームをなめながら。
 今、庚子にさしだされている、このソフトクリームは、つまりは……?
 目を見開き、ソフトクリームを見つめてしまう。
 ゆっくりと、庚子の手が、ソフトクリームへとのばされる。
「あーっ!!」
 すると、今度は、そんな絶叫がお見舞いされた。
 風船がぱちんとわれてしまったような、衝撃がやってくる。
 一瞬にして、現実に引き戻される。
「世凪のばかあっ! そんなにいっぱい食べちゃ、だめえ!」
 気づけば、庚子の目の前で、目に涙をにじませた柚巴が、ぽかぽかと世凪に攻撃をくらわしていた。
 片手に、頭をぽっかりとえぐられたソフトクリームを持ち、もう片手で世凪の胸をぽかすかとぶっている。
 庚子の手には、淋しそうに、冷たいソフトクリームが取り残されている。
「……」
 その光景を見て、庚子は瞬時に、状況を把握する。
 そして、それまで抱いていた自分の思いが、なんとも馬鹿らしいもののように思えてきた。
 こんな二人のために、庚子があそこまで思いつめてやる必要なんて皆無だった。
「……ったく、ところかまわず発情しやがって」
 さっき柚巴から手渡されたソフトクリームを、一口ぺろりとなめ、庚子はそう毒づいていた。
 ムカつくことに、ソフトクリームがおいしく感じられる。
 今まで食べたどのソフトクリームより。
 こんな、遊園地の高いだけの、質の悪いソフトクリームを。
 自然、頬の筋肉もゆるんでしまうじゃないか。
 それにつられるように、涙腺までも。
 世界一憎い男からおごられているはずなのに、どうしてこんなにおいしいのだろう。
 おいしいと感じてしまうのだろう。
 何の変哲もない、この普通のソフトクリームを。
 むうっと頬をふくらませて、もう一口なめてみる。
 ……やっぱり、悔しいことに、おいしいじゃないか。
 目の前で、喧嘩しているのだかいちゃついているのだか判断のつかない、攻防戦を繰り広げる柚巴と世凪を眺めつつ、庚子はぺろりぺろりとソフトクリームをなめていく。
 寒い真冬に、こんな冷たいソフトクリームを食べさせる男の気がしれないと、やっぱり悪態をつきつつ。
「まったくですね」
 そのような庚子の耳に、ぼそりと低くつぶやく声が聞こえてきた。
 そういえば、ここにいたのは、庚子だけではなかった。
 庚子のすぐ横には由岐耶がいて、その向こう側には麻阿佐、祐、亜真たちもいる。
 彼らは、この年中発情期王子から柚巴を守るためにやってきた、――役に立たない――護衛だった。
 つぶやきにつられるように、ななめ上をちらりと見てみる。
 瞬間、庚子の手の動きがぴたっととまってしまった。
 視線を向けたその先には、常にない由岐耶がいたから。
 切なそうに、苦しそうに、だけどまっすぐに、柚巴だけを見つめる由岐耶が。
 柚巴と世凪がじゃれればじゃれるほど、その表情は苦痛にゆがんでいく。
「由岐耶……さん?」
 庚子は、不思議そうにつぶやいていた。
 胸が、ちくんと痛む。
 ソフトクリームが、とけて、ひとしずく、手を伝い落ちていく。
 ――胸のこの痛みは……何?
 とりとめなく押し寄せる不安は、何……?


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update:06/01/01