よみがえる記憶、気づく想い
(1)

 先ほどから、庚子の腕をがっちりつかみ、ある一点だけをにくらしげに見つめている、この小動物は一体何だろう?
 あれから、十五分はたったかと思われるのに、このお姫様のご機嫌は、まだまだ回復しないらしい。
 たった、ソフトクリーム一つのことで。
「柚巴〜。あんた、まだすねているの?」
 ぷんぷんと頬をふくらませる柚巴の頭を、くしゃりとなでてやる。
 すると柚巴は、うらめしそうに庚子を見つめ、うったえてくる。
 「だってだって……。世凪が〜……」と、また目にうるっと涙をにじませて。
 こういう柚巴を見るのは、なんだか新鮮な気がして、悪い気はしない。
 自然に、眉尻が下がってくる。
 そういえば、少し前までの柚巴は、こんなふうにすねたりなどしなかった。
 こんな表情は見せてくれなかった。
 どこか一歩ひいたように、まわりのことを第一に考えて。
 そう思えば、これは、かわいいわがままになるのかもしれない。
 たったの半年で、柚巴は大きくかわったような気がする。
 やはり、それは誇らしくて、だけど少し淋しくて。
 庚子の知っている柚巴が、どんどん遠くへいってしまうような気がする。
 たしかに、今庚子の腕に、うっとうしいくらいまとわりついているけれど……。
 柚巴の思考を支配するものは、庚子ではない。
 その視線の先に位置する、あのにくらしく微笑む男。
 だから、近くて、遠い。
「あんな男、いちいち相手にするなって」
 そう言って、今度はぐいっと抱き寄せる。
 すると柚巴は、それでもソフトクリームのことが忘れられないようで、むうっと目をすわらせていく。
 しかし、庚子の腕の中がよほどお気にめしたのか、すぐにほにゃっと顔をほころばせた。
 そして、庚子に、いつものかわいらしい笑顔を向けてくる。
 変わったように見えて、だけど、柚巴はやっぱり変わっていないのかもしれない。
 ただ、少し、あまえんぼうになっただけ?
 半年前の柚巴は、こんなに庚子にあまえてはくれなかったから。
 その変化は、とても嬉しい。
 心の距離が、縮まったあらわれだから。
「よしっ。次はやっぱり、おばけやしきだな」
 柚巴の頭をもう一度くしゃりとなでながら、楽しそうにそう言ってみる。
 柚巴から返ってくる反応を、わかりきった上で。
 やっぱり、柚巴は、からかうとおもしろいことを知っているだけに、やめられない。
 庚子の言葉を聞くと同時に、柚巴の体がびくんと反応していた。
 それと同時に、「ぴぎゃっ」という、ぶさいくな悲鳴も小さく上がっていた。
 ほら。やはり、柚巴は変わらず柚巴のまま。
 庚子の予想通り。
 庚子が知っている柚巴が、全部消えてしまったわけではない。
 それが、庚子の胸をじんわりとあたためる。
「庚子ちゃ〜ん。やっぱり、それなの〜? 相変わらず、いじめっこ〜」
 ぐりぐりと頭をなでる柚巴から、そんな不平がもれる。
 そして、にじりにじりと、庚子から遠ざかっていく。
 今度は、目の前で不遜に微笑む、あの憎らしい男へ向かって。
 先ほどまで、あんなに敵意をむけていたはずなのに、なんともわかりやすい。
 今、柚巴が置かれている状況で、最もよい避難場所をちゃんと知っている。
「何を言っているんだよ。やっぱり怖がった柚巴が、わたしにしがみついてくる! これしかないだろう!」
「いやーん」
 じわじわとはなれようとする柚巴の腕をぐいっとひき戻し、にやりと微笑む。
 その向こう側で、あのにくらしい男が、一瞬、ぴくりと耳をダンボにしたことは、当然無視して。
 どうやら、あの男は、柚巴がおばけやしきが苦手ということを知らなかったらしい。
 あの男が知らなくて、庚子が知っている。
 それって、なんだか、少し優越感。
 おばけやしきの中で、柚巴に抱きつかれる妄想でもはじめてしまったのだろう。
 そわそわとしている。
 もぞもぞとしている。
 ちらちらとこちらを盗み見、今すぐに庚子の腕の中から柚巴を奪いたそう。
 しかし、柚巴のご機嫌をそこねてしまったばかりに、それはためらわれるようで……。
 ほ〜ら。やっぱり、優越感じゃないか。
 あの男に勝つものが、庚子にもまだ残っている。
「……ん? 待てよ。やっぱり≠チて何だ? たしか、おばけやしきは、はじめ――」
 あの男に勝ったと満足感にひたっていると、ふと、頭にそんな疑問が浮かんできた。
 そういえば、さっきからかぶるビジョン。
 デジャビュのように。
 いつかどこかで、同じような体験をしたことがある?
 ……いや。そんなはずはない。
 半年前にも、たしかに柚巴と遊園地へ遊びに行ったことはあるけれど……。
 だけど、それは二人だけで。
 そこに、他の誰かがいたはずがない。
 それなのに、何故だか、そこに、誰か……もう一人、誰かが一緒にいたようで……。
 気にしないようにしていたのに、だけど、一度気になると、もうそれはとめられなくなる。
 ――そんなはずはない。
 あの時のことは、いやでも忘れられるはずがない。
 だって、柚巴が誘拐された、そんな大事件が同時に起こったのだから。
 そんな衝撃的なこと、間違って記憶するはずがない。
 柚巴の腕をつかむ手から、力が抜けていく。
「庚子ちゃん?」
 ほら。柚巴が、不思議そうに見ているじゃないか。
 こんなこと、いちいち気にしてなんていずに、今は、柚巴と遊園地を楽しむことだけを考えよう。
 だけど、やっぱり、気になる。
 メリー・ゴー・ラウンドを嫌がる世凪にも、それは感じていた。
 メリー・ゴー・ラウンドを嫌がるのは、世凪だけではなかったはず。
 誰か……他に誰か……。
 もっと身近な誰かが――


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update:06/01/12