よみがえる記憶、気づく想い
(2)

「そういえば、おばけやしきといえば、嫌な思い出があるよな〜」
「そうそう。あの時は、本当に腹がたったな。俺たちをあざむきやがって」
 庚子と柚巴の後をついてきていた祐と亜真の会話が、ふいに庚子の耳にとびこんできた。
 この二人は、柚巴の護衛といいつつ、本気で護衛をする気はないのか、先ほどからずっと、こんな無駄話ばかりしている。
 それに、麻阿佐も時折加わって、三人で無気力オーラをかもしだしている。
 ただ一人、由岐耶だけが、世凪がおかしなまねをしないように、ぎんぎんに神経をとぎすませている。
 それが、いかにもこの使い魔たちらしくて、庚子は気にとめていなかった。
 しかし、その会話にだけは、気にとめずにはいられない。
 だってそれは、今、庚子がひっかかっているそれに、関係しているような気がするから。
 ……いや。関係しているに違いない。
 祐と亜真の言葉が耳に入ってくると同時に、庚子は反射的に振り返っていた。
 そして、祐と亜真を凝視する。
 それに気づいた祐も亜真も、思わずぴたっと足をとめ、のけぞっていた。
 庚子の、あまりもの迫力のために。
 こんなに鬼気迫った庚子は、これまで見たことがない。
「か、庚子さん?」
 庚子の迫力に気おされ、言葉を失ってしまった祐と亜真にかわり、先ほどから動きをとめたままの庚子に、麻阿佐がうかがうようにそう声をかけてくる。
 庚子のすぐ横では、柚巴も不思議そうに庚子を見つめている。
 しかし、今はそんなことを気にしている余裕なんてない。
 何かが……合致しようとしている。
 ばらばらだったビーズが、一本の糸でまとめられるような……。
 パズルの最後のピースが、はめこまれるような……。
 はじけるビジョン。
 ――瞬間、つながった。
 今、ようやく。
 既視感と現実が。
「……思い出した。わたしは、あいつのことが、好きだったんだ……」
 あふれだす、涙。
 頬を伝っていく。
 目の前はぼんやりぼやけ、何も見えない。
 ただ、胸に痛みだけが広がっていく。
 思い出した。
 思い出してしまった。
 そういえば、そうだった。
 柚巴からも聞いていたじゃないか。あの男のこと。
 それなのに、何故、今まで、一致しなかったのか。
 すべては、あの男だったじゃないか。
 足りない何か。
 失った片翼。
 それは、あの男。
 憎らしいけれど、だけどとても大切なおさななじみ……。
 どうして今まで、それを忘れてしまっていたのか。
 あんなに大切だったのに。
 あんなに特別だったのに。
 思い出すと同時に、わかってしまった。
 忘れていたからこそ、気づいたのかもしれない。
 あの男に、庚子が抱いていた感情。
 あふれだす感情。
 あの時は、知らなかった。
 忘れて、知った。
 ……この思い。

 意思を無視して流れ出した涙を、とめられない。
 この涙が、すべてだから。

 走馬灯のようによみがえる、思い出の数々。
 その思い出には、すべて、あいつがいた。
 いつも当たり前のように横にいて、ひょうひょうとしていたあのムカつく男。
 だけど、誰よりも信頼していた、大切なおさななじみ。
 そのはずだった。
 だけど、思いはそれだけではなかった。
 思い出してはじめて気づく、その思い。

 好きだと思い出しても、もうすべてが遅い。
 特別だと思い出しても、もうすべてが手遅れ。
 どんなに好きだと思っても、二度と会えないのだから。
 思い出し、気づき、同時に悟った、その事実。
 こんなことなら、忘れたままの方がよかった……?
 ――いや。そんなことはない。
 だってやっぱり、なかったことになんてできないから。
 なかったことになんてしたくない。
 あいつの存在。

 柚巴の前には、もう何度となく、その姿を現しているという。
 しかし、庚子の前には、姿を現すことは、決してない。
 庚子は、限夢界と関係すらなければ、ましてや柚巴のように、あの男に加護を与えられているわけではないから。
 そう思うと、きまぐれにでも、あの男に会える柚巴が、うらやましく思う。
 二度と会えない人を思っても、どうにもならないのならば、まだ忘れてしまった方が、少しは楽になるのかもしれない。
 どうして、あんなに好きだった人のことを、こんなにあっさり忘れてしまえたのか……。
 思い出した今では、それが不思議でならない。
 あふれだす、この思い。
 こんなに思いはあふれているのに、どうして忘れていた……?
 おさななじみで、悪友のふりして、ふざけあっていた。
 ただ、一緒にいられるだけで、それだけで幸せだった。
 だから、あの時は、それでよかった。
 では、もう会えない今では……?
 ――それで、満足?

 とまらない涙を流す庚子の腕に、柚巴の手がそっとそえられる。
 そこに流れるものは、はかなく切ない思い。
 それぞれの優しい思いをのせ、時間は無常にもゆっくりと流れていく。
 誰もが、わかってしまったから。
 庚子のその変化に。
 思い出してはいけないことを、庚子は思い出してしまった。
 あの男の記憶だけならば、よかったのに。
 それと同時に、その思いまでもよみがえるなんて……。
 あの男は、どうしても、この少女を傷つけずにはいられないらしい。
 どうせ記憶を消すならば、完全に消してほしかった。
 かつて柚巴がもらしたその言葉に、今は同意せずにはいられない。
 こんな中途半端な記憶と一緒に、大きすぎる思いまでよみがえらせるなんて――

 ――シャララン……。
 どこか遠くの方で、錫丈が鳴っている。
 この音色は、はじめてではない。
 たしか、少し前にも聞いたことがある音色。
 暗い森の中、白馬に乗って、きいたあれと同じもの……?
「え……?」
 庚子を心配そうに見つめていた柚巴が、ふいに遠くの空を見つめる。
 まるで、その音色に導かれるように。
 しかし、それは、ここにいる、他の誰も気づいていないようで。
 皆、切なそうに、苦しそうに、庚子を見つめている。
 庚子は、遠くに、その思いをはせ。
 記憶をたどり。
 悲しく真っ赤にそまりはじめた夕暮れの空を、柚巴だけがにらみつけるようにみつめる。
 とりとめない不安がおしよせてくる。
 何か、よくないことを予感させるような、そんな悲しい不安。
 足音をひそめ、ゆっくりと、着実に、よくないものが身をすりよせてくる。


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update:06/01/19