忍び寄る異変
(2)

「しかしまあ、智神・タキーシャといえば、姫に加護を与えているわけですから……」
 ぐいっと世凪の手の中からコートを奪い、涼しい顔で竜桐がそう言う。
 つづいて、そんな竜桐の手から、世凪がコートを奪い返す。
「気にくわんがな」
 そして、そのまま柚巴へむけて、ぽいっとコートを放り投げる。
 放り投げられたコートは、見事柚巴にぽすんとおおいかぶさってしまった。
 ……どうやら、これは、世凪の苦肉の策らしい。
 このまま不毛な争いを続けていたってらちがあかない。
 それならば、世凪にもだけれど、竜桐にも奪い返すことができない場所へ、コートをやってしまえばいい。
 それが、本来の持ち主である、柚巴。
 世凪同様、竜桐も、なかなかに、柚巴には抗い難い。
 コートがようやく自分のもとへ戻ってきた柚巴は、それを手にもち、首をかしげる。
 今度は、この状態で、どうやってハンガーにかけようかと。
 紗霧羅に抱きかかえられて、身動きがとれない。
 すると、それを察したのか、由岐耶が柚巴に歩み寄り、その手からするりとコートを抜き取ってしまった。
 そして、さっさとハンガーにコートをかける。
 にっこりと、やけに嫌みたらしい微笑みを浮かべて。
 もちろん、世凪と竜桐に向け。
 それを目撃してしまった世凪と竜桐は、悔しそうに舌打ちをする。
 結局、由岐耶にいいとこ取りをされてしまい、王子様とお父さんは、ご機嫌ななめ。
 これぞまさに、漁夫の利。
「だから世凪。そうやってすぐ、私情にはしるなって」
 そんな男三人を横目に見て、紗霧羅が疲れたように、とりあえずそう言ってみた。
 あえて、コートの件には触れずに。
 本当に、どうしてこの男たちは、こうもばかばかしいことばかり繰り返せるのだろうか。
 ばかばかしいことで争えるのだろうか。
 どこかの王子様を筆頭に。
 そして、相変わらず、あの神も、嫌われたままらしい。
 これまで何度もピンチを助けているのに、その地位はまったく向上しない。
 むしろ、低下の一途をたどっている?
「加護を与えているわけだから、あながち無視もできない……ということですか?」
 勝者の余裕をたっぷりたたえ、由岐耶が莱牙にそう問いかける。
 柚巴のコートは、とりあえず、入り口近くのコートかけにかけて。
 それを、名残惜しそうに、世凪と竜桐が横目で見ている。
 ……しつこい。しつこすぎる。
「ああ。だから、こうして、やって来たのだ」
 さすがの莱牙も、この低レベルな争いにはかかわりたくないのか、さらっと無視して本題だけをつきすすむ。
 きっと、内心は、うらやましいだとか、その争奪戦に自分も参戦したかったとか……そんなことを考えていることも、ないことはないけれど。
 しかし、今は、紗霧羅の次に、柚巴の近くにいられるから、とりあえずそれでよしとしておこう。
 こんなに近くで柚巴を見るのは、久しぶりだし。
 何よりも、柚巴と言葉をかわしているということが、本当に久しぶり。
 別に、急ぐことでも、柚巴に知らせることでもなかったかもしれないけれど、やはり、与えられたチャンスは、最大限に活かすべきだろう。
 人間界へ柚巴に会いにやってくる機会なんて、今はそうそうないのだから。
「どうやら、我々には、休まる時は与えてもらえないようだね」
 ふうと深いため息をもらし、紗霧羅が続けた。
 たしかに、ついこの間、比礼界の一件が片づいたばかりだというのに……。
 平穏な日常が戻りはじめたかと思うと、また新たな問題の種がやってきた。
 一体、いつになったら、柚巴とおだやかな日常を送ることができるのだろう?
 ……まあ、無理かもしれないけれど。永遠に。ある意味。
 この使い魔のみなさんが、柚巴の奪い合いをやめない限り。
「……しかし、これもまた、わかっていたことだ。比礼界の一件、どうにも腑に落ちないことが多いからな」
 ゆっくりと柚巴へと歩み寄りながら、世凪が憎らしげにそうもらした。
「世凪……?」
 そのような世凪を、紗霧羅の腕の中から、柚巴が見上げる。
 すると、柚巴の髪に、さらりと世凪の手が触れ……触れたかと思うと、するりとその腕の中から抜き取られていた。
「あの男は気にくわんが……まあ、気をつけておくにこしたことはないだろう」
 紗霧羅から奪い返した柚巴をぎゅうっと抱きしめ、世凪はぎりっと唇をかみしめる。
 たしかに、それを告げた男は気にくわないけれど、それを無視することもできない。
 事が、柚巴に関することだから。
 ――柚巴に迫っている危険とは……?
 どうせなら、最後までしっかり言ってから消えろ、と思わないこともないけれど。
 まあ、そう言われたのなら、やってやろうではないか。
 何が何でも、柚巴を守りぬく。
 正体のわからない、その危険とやらから。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:06/02/03