ゆらぐ心
(1)

 限夢界の果て。
 最果ての森に、彼らの姿があった。
 うっそうとおい茂る木々。
 たれ下がる、シダ類やつた類。
 それをうっとうしげにかきわ……破壊しながら、この一行はすすんでいく。
 本来ならば、丁重に祀るところだけれど、そこは、その名に反し、荒れている。
 ……いや。荒れているのではなく、あえてこのような状態を保っている。
 容易に、人をよせつけぬように。
 そこは、祠とは名ばかりで、森深くの洞窟となっていて、やはり、一目でそれとは気づかせてくれない。
 最果ての森深くの、隠された洞窟。
 そこが、神の祠。
 神のドームが、王宮内につくられた神を祀る場ならば、この神の祠は、本来、神と通じるためにつくられた場。
 限られた者たちしか知らない、特別な場。
 唯一、神と接触できる場。


「あん。もうっ、いやあっ。どうして、こんなところにあるのよ! 信じられないわ。神って、おかしな趣味をしているのね」
 誘うように手をのばしてくるつたを、べちんとたたき落とし、華久夜はいらだたしげに叫ぶ。
 ここまでやってくるまでに、もう何度も何度も、シダやらつたやらにからまれて、そろそろ嫌気がさしてきている。
 その自慢の金のふわふわの髪だって、あちらこちらにひっかかり乱れているし、可憐なフリルやギャザーたっぷりのお姫様ドレスだって、ほころびが生じている。
 こんな場所だって知っていたら、ついてなんてこなかったのに、と早々に後悔しはじめている。
 本来の目的など、ころっと忘れて。
「お前、神がまともだと思っていたのか?」
 先頭をいき、当たり前のように破壊活動を行う世凪が、ふっと目を細め、馬鹿にしたように華久夜に視線を移してきた。
 まるで、神を神とも思わぬ、そんな言葉をはいて。
 まあ、そこには、たっぷりと私情が入っていることを、ここにいる使い魔たちは、みんな心得ているけれど。
 たった一人。あの神のために、限夢界の神は、悪く言われるようになってしまった。
 といっても、神を罵倒するのは、限夢界広しといえど、この男だけだろうけれど。
 ……いや。たった一人の神のみは、使い魔たちも、世凪と同意見かもしれない。
 これから会いに行こうとしている、あの神だけは。
「思っているわけないじゃない。神っていったら、変人ぞろいよ」
 ぷっくりと頬をふくらませ、ぱんぱんとドレスのすそをはらう。
 本当に、さっきからまとわりついてくる、この雑草がうっとうしいったらない。
 世凪が破壊活動をしてくれているので、多少は歩きやすくなっているとはいえ、やはり、このかかとの高い靴と、ひらひらドレスでは歩きにくい。
 神の祠というから、華久夜はてっきり、もっと整備されきれいな場所にあると思っていた。
 それが、実際にやってきたら、こんな場所。
 限夢界の果て。
 最果ての森。
 ――実際には、最果ての森といっても、この森は世界の果てではないけれど。
 普段、誰も近寄りたがらないから、いつの間にかそのように呼ばれるようになっただけ。
 その森のことは誰も知らない、まるで、世界の果てのような森だからと。
 本当に、そんな森に神の祠をつくらせるなど、この世界の神々はよく考えたもの。
 ……いや。もの好き?
「まったくだ」
 嘲笑うように、世凪も珍しく、華久夜にそう同意していた。
 そして、腕に風の刃をまきつかせ、行くてを阻む木々たちを、ばっさばっさと切り倒していく。
 そのような世凪を見て、華久夜が、「たまには、世凪の破壊活動も役に立つわね」と、悪態をつくことも忘れずに。
 ぎゃんぎゃんとわめく華久夜に、疲れを覚えたのか、莱牙は深いため息をもらす。
 それとともに、華久夜を抱き上げる。
 こうすれば、華久夜のうるさいわがままを聞かずにすむことを、よーく知っているから。
 そして、そのままむっつり顔で、ずんずんと森の奥へとすすんでいく。
 もちろん、莱牙のおかげで楽になった華久夜は、「ふふん」と得意げに微笑み、満足そう。
 結局は、これが目的だったのかもしれない。
 わめくだけわめいて、莱牙をおれさせ、自分は楽をする……。
 この小悪魔少女は、兄の使い方をよく心得ている。


「どうやら、ここらしいな」
 どのくらい歩いた頃だろう。
 ふいに足をとめ、世凪がそうもらしていた。
 目の前には、シダやつたで入り口が覆われた洞窟がある。
 それらの間から、わずかに、そこに空洞があることがうかがえる。
 奥の方は真っ暗く、可視できない。
 この洞窟は、そうとう深いものだと思わされる。
 しかし、この穴から流れ出る、ひんやりとした空気。
 そこにかすかに感じられる、清浄な気。
 そこから、この洞窟が、目指す神の祠であるということを確信できる。
 世凪もそうだけれど、他の使い魔たちも、神の祠にやって来ることははじめて。
 普通に生活している分には、こんなところに用などないのが当たり前だから。
 ただ、その存在だけは、知っているというだけ。
 王族にはもちろんだけれど、限夢界の中枢に位置する者たちも、知っていて当然のこの祠。
 ――以前、智神・タキーシャのことで柚巴が悩んでいた時も、ここへ連れて来ようとしていた。
 それでも、多少渋られたのは、このため。
 このよくない立地のため。
「そのようですね。……入りますか?」
 洞窟の奥をにらむ世凪の横に歩み出て、由岐耶が中をのぞきこむようにそう提案してきた。
 ばさっと、たれさがるつたをはらいのける。
「当たり前だ。そのために、わざわざ来たのだからな」
 そのような由岐耶をちらっと見て、世凪は、たれるつたを一気に引きちぎってしまった。
 そして、おい茂るシダを、ぐりっと踏みつける。
 仮にも、神の祠でこのような所業。
 罰が当たったりするのではないだろうか?と、普通の神経の持ち主なら恐れるところだろうけれど……。
 どうやら、この王子様にいたっては、そんなものは皆無らしい。
 それよりも、あのムカつく神に一言物申してやりたいと、そちらの方に気が急いている。
「それで、どうやって、智神・タキーシャと接触すればいいの?」
 莱牙の腕の中で、華久夜が首をかしげてみせる。
 たしかに、ここまで来たのはいいけれど、誰一人として、神との接触法を知る者はいない。
 ただ、ここに来れば、神と接触が持てるという、そのことだけしか……。
 わかっていたこととはいえ、改めてその現実をつきつけられ、さすがに誰もが口をとじてしまった。
 ……安易に考えすぎていたのだろうか?
「かまわん。とにかく入るっ!」
 すると、次の瞬間、半分自棄を起こしたように、世凪が叫んでいた。
 そして、先ほど引きちぎったつたの間から、その身をすべり込ませていく。
 それに、慌てて使い魔たちもついていく。
 また、王子様の癇癪がはじまった……と、多少あきれながら。


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update:06/03/02