告げる思い
(2)

 世凪は、今、何がどうなってこのようになったのか、わからないでいる。
 あの世凪が、はげしく首をかしげている。
 ――たしか、少し前、使い魔たちを追い払い、このリビングに、柚巴と二人きりになったはず。
 華久夜と虎紅がおかしなことを言い出し、柚巴を混乱させ……。
 だから、そんな柚巴の混乱を、少しでもやわらげられればと思い、追い出した。
 それから、どうやって、柚巴をなぐさめてやればいいのかと考えていると、おもむろに立ち上がり、柚巴はとてとてと世凪のもとへと歩いてきた。
 その足取りは、まるで歩きはじめたこどものように、危なげで。
 それが、ちょっぴり心配になったけれど、かわいいとも思ってしまう。
 その後、どうするのだろう?と、観察したくなった。
 だから、その後も、特に行動をおこそうとはせず、柚巴の動きを見守っていたら、ソファに腰かける世凪の膝へ、よじよじとよじのぼってきた。
 さすがにここまでくると、世凪だってぎょっと柚巴を見つめてしまう。
 何しろ、普段の柚巴からは、想像すらできない行動なのだから。
 まだ……混乱している?
 それで、片づけられるようなことではない。
 どうしたものか?と、世凪までちょっぴり混乱しはじめると、今度は、膝の上にちょこんとすわり、そのまま世凪の胸へ、こてんと頭をよりかけてきた。
 同時に、身もゆだねてくる。
 そこで、こうやって、世凪が首をかしげるはめになってしまった。
「ゆ、柚巴!?」
 さすがに、そこまでくると、世凪も思わず声をあげてしまう。
 もちろん、めいっぱい嬉しいけれど、それよりも、やっぱり動揺の方が大きい。
 柚巴の顔を、さぐるようにのぞきこむ。
 すると柚巴は、世凪と目が合うと同時に、ほにゃんっとかわいらしい笑みを浮かべた。
 そして、もう少しだけ、体をすり寄せてくる。
 瞬間、世凪の顔が真っ赤に染め上がったことは言うまでもない。
 あたふたと、手持ち無沙汰に両手をあそばせる。
 しかし、すぐに、ふと何かに気づいたように、ため息を一つ、大きくはきだした。
 そして、そのまま柚巴の体を、両腕いっぱいでつつみこんでやる。
 気づいてしまったから。
 これは、恐らく、柚巴が知らせてくれた、小さなSOS。
 この小さなシグナルは、絶対に見落してはいけない。
 身をゆだねる柚巴の髪に、そっと口づける。
「……大丈夫だ。柚巴」
 そう、静かにささやいて。
 一体、何に、そんなにおびえているのだろうか?
 ……いや。わかっている。
 柚巴がおびえているものは、世凪と同じもの。
 寿命。
 それだろう。
 そして、今は、それにもう一つ加わり、柚巴の胸ははりさけそうなのだろう。
 押し寄せるその不安と必死にたたかい、だけどなかなか打ち勝てなくて……。
 誰かのぬくもりを求めている。
 いや。求めるぬくもりは、誰かなどとあいまいなものなどではなく、たった一つ。
 ならば、こうやって、柚巴の気がすむまで、抱き続けてやろう。
 世凪には、悔しいことに、今はそれだけしかできないから。
 かけてやる言葉すら、思いつかない。
 そんな月並みな言葉しか。
 ありふれた言葉しか。
 先ほど、華久夜と虎紅が告げたそれも、今の柚巴には重荷かもしれない。
 それをわかっていた。
 わかっていたけれど、あえてとめなかった。
 だって、それは……。
 世凪だって、心のどこかで望んでいたことだから。
 柚巴を守ってくれるというのなら、それ以上のことはない。
 誰よりも、何よりも、大切で愛しい存在だから。
 だけど、大切で愛しいからこそ、生まれるこの不安。
「大丈夫だ。柚巴。ずっと一緒だから……」
 抱く腕に、力をこめていく。
 思いをこめていく。
 どうすれば、この不安をとりのぞいてやることができるのだろう。
 最良の方法は?
 ……わからない。
 どうすればいいのかわからない。
 ただ、望むことは、一つ。
 柚巴の幸せ。
 そのために、必要なことは?
 世凪にできることは?
「……世凪。わたし、こわい……」
 力強く抱きしめる世凪の腕の中、柚巴はぽつり、そうつぶやいていた。
 瞬間、世凪の胸は、引きちぎられそうになる。
 しめつけられ、おさえつけられ、壊れそうに痛む。
 近頃、急に甘えるようになった柚巴。
 近頃、弱気になった柚巴。
 これまで、その小さな胸に、一体どれだけの苦しみを抱えてきたのだろう。
 それが、もう柚巴一人の胸にはおさえきれなくなって、こうやってあふれだしてきてしまった?
 その苦しみ、少しでも、やわらげることができれば……。
 大丈夫。
 ただそうささやいて、抱きしめることしか、やはり世凪にはできない。
 だって、世凪にも、どうすればいいのかわからないから。
 そして、同じ不安に苦しめられているから。
 それが、口惜しい。
 一緒にいるだけで、そばにいるだけで、幸せなのに。
 それでも、どうしてもうめられない、この心の不安。
 幸せだからこそ、生まれる不安。
 一緒にいられたら、そばにいられたら、幸せだから……。
 それだけで、今は十分だから……。
 そう思わずには、たえられない。
 この苦しみ。
 こうやって今、二人ともにいることが、奇跡なのだから……。
 一緒にいられるだけで、幸せのはず。
 こんな幸福、きっとどこを探したって、ころがってはいないはず。

 ともにいればいるほど、どうしてこんなに淋しくなるの?
 不安になるの?
 いちばん、幸せな時間のはずなのに――


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update:06/04/18