優しく移りゆく
(1)

 御使威邸。リビング。
 いつもとは、どこかが、何かが違い、この部屋はあちらこちらが、きらきらと輝いている。
 それは、何故って?
 だって、明日は――
「竜桐さ〜ん。そのオーナメント、もうちょっと右がいいな〜」
 猫なで声で、そうおねだりする柚巴がいる。
 目の前の、人の背丈の倍近くはあるかと思われるツリーを見上げ、胸の前で両手を合わせて。
 妙にうきうきと目を輝かせている。
 あまつさえ、身体のまわりには、きらきらとしたお星様の幻覚すら見えてきそうで……。
 柚巴のそのおねだりに、竜桐も快くこたえる。
 どこか得意げに、満足げに微笑んで。
 どうやら、柚巴におねだりされたことが、よほど嬉しいらしい。
「こうですか?」
 ふわんっと宙を舞い、サンタクロースのオーナメントを、くいっと少しだけ右へずらす。
 そして、にっこりと柚巴に微笑みを向ける。
 それはまるで、柚巴から「ありがとう」の、その言葉を待ちわびるように。
 しかし、次の瞬間、竜桐のそんな淡い期待が、こっぱみじんにくだかれてしまった。
「ええーっ。それじゃあ、ずらしすぎじゃないですか」
 祐が、不満そうに口をとがらせたから。
 柚巴の右横を陣取り、腕組みをして。
 柚巴の隣を占拠しているというだけでもおもしろくないのに、自分の行いを否定され、竜桐はするどい眼差しを祐に向ける。
 もちろん、柚巴にわからないように。
 そうかと思うと、今度は柚巴の左隣から……。
「右じゃなくて、左の方がいいですって」
 そう、まったく違うことを言ってくる都詩。
 瞬時に、竜桐の目がすわった。
 「それでは、わたしはどうすればいいのだ!?」と、柚巴の両隣の男二人に厳しい視線を向ける。
 そうすると、ああだこうだと、柚巴そっちのけで、言い争いがはじまってしまい……。
 柚巴は一人、「こんなつまらないことで、言い争わなくたって……」と、あきれて微笑を浮かべる。
 あまつさえ、ふうっと細いため息をもらしたりなどして。
 もとはといえば、柚巴のおねだりからはじまったということを、きれいさっぱり忘れて。
 本当に、いい性格をしている。
 そのような四人を、窓際にいる由岐耶がくすくすと笑って見ている。
 手には、キラキラと光る、パーティー用の飾りを持って。
 そしてそれを、麻阿佐に手伝わせ、手際よく窓辺に飾りつけていく。
「これじゃあ、明日のパーティーまでに間に合わないよな」
 くすりと肩をすくめ、麻阿佐が由岐耶に耳打つ。
 それでさらに、由岐耶はくすりと笑ってしまう。
 まったくもって、その通りだと。
 聞き耳をたててそれを聞いていた衣狭が、思わずぷっと吹き出していた。
 今度は、それに、「衣狭、汚い」と、亜真がつっこみをいれて……。
 寒い寒い冬の夜が、ここだけぽかぽか陽気に包まれる。あたたかい。
 暖炉のぬくもりなんて、目じゃないほどに。
 しかし、そんなあたたかな雰囲気をかもしだす部屋の一角で、吹雪を起こしている男が一人。
 ソファにどでんっとふんぞりかえり、おもしろくなさそうに、じいっとこの光景……とりわけ柚巴を見ている。
「こーら、王子様。あんた、そんな不機嫌面していないで、少しは手伝えば?」
 そんな王子様の頭が、ふいにこつんと小突かれる。
 もちろん、そんなことをされたら、不機嫌王子様のご機嫌はさらに悪化する。
 ぎろりと、今小突いてきた者をにらみつける。
「やあ。もうはじまっているね。少し、出遅れたかな?」
 しかし、そんなにらみもさらっと蹴散らし、マイペースで紗霧羅はつきすすんでいく。
 どうやら、その様子から、まさに今、人間界へやってきたよう。
 あっさりと無視されてしまったことに気づき、世凪はやっぱり不機嫌に、ぷいっと顔をそむけた。
 そして、そこで、ぶうたれるように、ぽつりともらす。
「……クリスマスといえば、人間界では特別なのだろう? なのに、何故、こんな大勢で……」
 すねたように目をすわらせ、柚巴をじいっと見つめる。
 まだ何かを言いたそうに。
 まるでそれは、柚巴を非難しているようにも見える。
 楽しみで楽しみで仕方がなかったその一大イベントを、柚巴はあっさりと却下してくれたと言いたげに。
 事実、柚巴の頭の中は、「世凪と二人きりのクリスマス」などなくて、「みんなと楽しいクリスマス」で支配されているようなもの。
 何しろ、去年までは、使い魔たちとすごすクリスマスが、柚巴の中では当たり前だったから。
 ……といっても、さすがに今年は、「世凪と二人きりのクリスマス」も考えていたようだけれど……。
 どうやら、「みんなと楽しいクリスマス」の誘惑には、勝てなかったらしい。
 なんとも、柚巴らしい結果。
 だけど、それが、この不機嫌王子様のご機嫌を損ねてしまった。
 世凪としては、どうしても「柚巴と二人きりのクリスマス」をしたかったらしいけれど、柚巴のご希望とあっては、それにさからうことはできない。
 柚巴を怒らせることを、最も恐れているから。
 それでもやっぱり、どうにも納得できなくて、世凪はずっとこの有様。
 一人で、すねて、ぶうたれている。
 これは、ささやかな、王子様の反抗。抗議。
 本当は、柚巴の隣で、柚巴と一緒に、楽しく明日のパーティーの準備を、いちばんしたいはずなのに。
 一度すねてしまったから、もうひくにひけなくなって、結局ずるずるとすね続けているらしい。
 なんとも世凪らしくて、不器用なやり方。
 どうしてこんなに天の邪鬼に、そして素直じゃなくしか振る舞えないのだろう。
 もうそれは、世凪だから、仕方がないのかもしれないけれど。
「あ。やっぱり、そこにすねていたのか。わかりやすいね〜」
 世凪の不満を聞くとすぐに、紗霧羅は楽しそうにくすくすと笑っていた。
 本当に、予想をことごとく覆してくれない王子様だと。
 限夢界には、クリスマスというイベントはない。
 けれど、こうやって、人間界と限夢界を行き来しているうちに、その情報は仕入れている。
 宗教的なイベントだときいていたけれど……。
「クリスマスはね、みんなで楽しくパーティーをする日なのだよ」と、どこかとんちんかんなことを柚巴が言っていた。
 それを否定するように、庚子が、
「違うよ、柚巴。クリスマスといえば、恋人同士の一大イベントじゃないかっ。……そう、ここぞとばかりに、人目をはばからず、いちゃつける日だよ」
そう、にやりと意地悪げに微笑んでいた。
 瞬間、柚巴の顔は真っ赤に染まっていた。
 その様子からして、人間界でのクリスマスのとらえ方は様々なのだとわかった。
 しかし、そんな中でも、世凪は庚子のとらえ方を採用したらしい。
 それが、自分にとって、いちばん都合がいいから。
 本当、なんて単純王子様。
 それを一緒に聞いていた紗霧羅は、もちろん、こんなことになると予想していた。
 ……予想できまくっていた。
 だって、相手はあの柚巴なのだから。
「黙れ! 紗霧羅!!」
 図星をつかれてしまった王子様は、それを誤魔化すように怒鳴る。
 だから、余計、紗霧羅の興を誘ってくれる。
 この王子様は、こういうことでからかうと、本当におもしろい。おもしろすぎる。
 だから、いつも、からかわずにはいられなくなる。
「紗霧羅、馬鹿は放っておいて、俺たちも柚巴の手伝いをするぞ」
 ぽんと紗霧羅の肩をたたき、莱牙が、柚巴がいる輪の中へと促す。
 自分は、さっさと、その方向へ足を向けて。
 それにすかさず気づいた紗霧羅は、また楽しそうに微笑む。
 どうやら、こちらの王族様も、単純らしい。
 今すぐにでも柚巴のそばにいって、一緒にクリスマスの準備をしたいらしい。
 そわそわと落ち着かないその体全部で、そういっている。
「や〜ん。お兄様ったら、まめまめしい」
 そんな莱牙の顔をひょいっとのぞきこみ、華久夜はにしゃりと微笑む。
 口元にちょんと手までそえて、嫌味効果を加える。
「華久夜、お前……っ」
 莱牙は、たじろぎ、顔を赤く染める。
 そんなに素直な反応をしては、もうばればれ。
 素直な反応をしなくとも、ばればれだけれど。
「うふふっ」
 結局、反論の一つもできず、渋々ひきさがるしかない莱牙を見て、華久夜は勝ち誇ったように微笑む。
 そして、くるりと踵を返す。
 瞬間、怒りに満ちた怒声が響き渡った。
「って、虎紅の卑怯者! 自分だけ、さっさと加わらないでよ〜!」
 ぬけがけをする――華久夜に言わせると、そうなる――虎紅に、烈火のごとく怒りをあらわにする。
 華久夜のその言葉通り、虎紅は、すでに柚巴のもとへと歩み寄っていた。
 さきほど、限夢界から、華久夜たちと一緒にやってきたばかりのはずなのに。
 なんとも、抜け目ないその行動。
 ……というより、華久夜たちが、もたもたしすぎなのだけれど。
 世凪や莱牙をからかって。
「ああ。抜け目ないですよね。あの男も」
 華久夜の頭上で、あきれたようにぽつりと紗霧羅がつぶやく。
「紗霧羅、それってほめているの?」
 くいっと顔をあげ、自分の頭の上の紗霧羅をじいっと見つめる。
 すると、紗霧羅は華久夜を見下ろし、にこっと一言。
「ええ。もちろん、けなしているのです」
「あら。ユカイねっ」
 紗霧羅の答えを聞く同時に、華久夜もにっこりと微笑んでいた。
 さきほどまでの憤りはどこへいったのか、もうすっかり、この場を楽しんでいる。
 そして、やっぱり、にや〜りと、いや〜な笑みを浮かべ……。
「ゆっずと〜っ!」
 そのまま、だだだだっと、柚巴のもとへと駆け出した。
 それを、紗霧羅は微苦笑を浮かべ、見送る。
 本当に、変わり身のはやいお姫様で。
 もちろん、あっという間に柚巴のもとへたどりついた華久夜は、そのまま柚巴に激と……抱きついていた。
 華久夜に抱きつかれると同時に、柚巴の体がはげしくゆらいだことは、見なかったことにしておこう。
 一度抱きついた華久夜は、すっぽんのようにしがみついたまま、しばらく柚巴からはなれようとしないのはもう当たり前。
 それをやっぱり、こちらのすねすね王子様は、恨めしそう……うらやましそうに見つめている。
 短気を起こし、すねすねモードに突入してしまったことを、今更ながらに激しく後悔して。
 すねさえしなければ、華久夜が今手に入れているその場所を、世凪が手にできていたはずなのに……。
 その事実が、さらに世凪をうちのめしていく。
 そのような、かたや和気藹々(わきあいあい)楽しいムードをばらまく面々と、かたやすねすねモードでやさぐれモードを突き進む王子様の横で、由岐耶が一人つぶやいていた。
 窓辺で、くもったガラスの向こうの景色を見つめながら。
「……降ってきたな。やはり、明日は、予報通り、大雪なのか?」
 窓の外では、低い空から、ゆっくりと、綿のような雪が落ちてきている。
 はあっと息をはくと、窓のくもりが増す。


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update:06/04/22