禁断の願い
(1)

 キャンドルにともる灯は、あたたかな橙色。
 電飾をちりばめたクリスマスツリーは、きらきらきらきら輝いて。
 いろとりどりのイルミネーション。
 ツリーの下には、たっぷりのプレゼント。
 白いテーブルクロスの上には、たくさんのご馳走たち。
 そして、部屋いっぱいに飾りつけられた、クリスマスデコレーション。
 そんな中で、クリスマスソングなんかが聞こえてきたら……。
 もう、気分はまるきりクリスマスパーティー!
 ……のはずなのだけれど……。
 楽しいはずのクリスマスパーティーなのに……。
 どうしてこんなに、包む空気はどんよりとしているのだろう?
 特に、このパーティーの中心にならなければならない少女が、この有様では……。
「ああ、もう! 辛気臭いわねっ! 何なのよ、さっきから! これじゃあ、やっていられないわっ!」
 ソファにふんぞり返る世凪の膝の上、腕の中で、そのぬくもりを確かめるように抱きつく柚巴。
 彼女には似合わず、人前で、自分の方から甘えていく……。
 だけど、それは、いつものあまあまいちゃつきオーラを放出しているのではなく、何故だか、どんより沈んでいる。
 そこが、とっても納得いかない。
 だから、華久夜嬢は憤慨する。ご立腹する。
 こんなに楽しそうなことを前に、その雰囲気をぶち壊してくれているから。
「由岐耶はどこかへ行っちゃっていないし。ねえ、クリスマスパーティーって、もっと楽しいものだと聞いていたのだけれど!? 違うの!?」
 柚巴の前で仁王立ちになり、非難の眼差しを送る。
 心なしか、そのふわふわの金の髪がうごめきだしている。
 柚巴の話では、とても楽しいパーティーで、みんなでわいわいするのだと思っていた。
 もちろん、それに乗じて、どこかの王子様を思いっきりからかって遊んでやろうと楽しみにしていた。
 だって、二人きりのクリスマスがみんなでクリスマスに化けたのだから、これほどよいからかいのネタはないだろう。
 なのに、それなのに……柚巴がこれでは、それら全てがぱあになってしまう。
 華久夜のお楽しみが台無し。
「どうどう。落ち着いて、華久夜さま。きっと、柚巴たちにもわけが……」
 ぷんぷんと怒れる華久夜を、紗霧羅がそうやって馬のようにあやしにかかる。
 一体、華久夜を何だと思っているのか……。
 紗霧羅だって、華久夜同様、非難してやりたいところだけれど、さすがに、柚巴のこのいつもとは違う様子を見せられては、怒るにも怒れなくなる。
 明らかに、何かがあったとわかるのだから。
 それに、むかえにいったはずの由岐耶ではなく、世凪とともに柚巴は帰ってきた。
 それだけなら、話はよーくわかる。
 どうせ、柚巴を独り占めしたい世凪が、由岐耶を追い払ったのだろうと。
 だけど、それだけではないこともわかる。
 だって、いまだ、由岐耶は帰ってはきていないから。
 追い払われたら追い払われたで、一人で先に帰ってくるだろう。
 しかし、由岐耶は帰ってくる気配がない。
 柚巴をむかえに行ってから、その後の消息が一切不明。
 だからといって、由岐耶の身を案じたりはしないけれど。
 麻阿佐と違って、由岐耶は暴走しないとわかっているから。
 だけど、それでも、やはり、どこか、何かが不自然きわまりない。
「あってもなくても、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、このお葬式のような雰囲気が嫌なのよ!」
 結局のところ、華久夜嬢がお怒りなのは、そこらしい。
 ずびしっと柚巴を指差し、華久夜は叫ぶ。
 何よりも嫌なのは、このように柚巴が沈んでしまっていること。
 そして、その理由がまったくわからないこと。
 理由がわからなければ、なぐさめようもない。
 そんな自分がにくらしくて、はがゆくて仕方がない。
 いつだってどんな時だって、柚巴の力になりたいと思っているから。柚巴が大好きだから。
 だから、柚巴にはずっと笑っていてもらいたいのに……。
 悔しい。
 思い通りにならない、この現実が。
「……華久夜。それくらいにしておけ」
 めらめらと髪を動かしはじめた華久夜の頭にぽんと手をおき、莱牙が呆れたようにとめに入る。
 すると、莱牙のその手に、金の髪がうにょうにょとからまりはじめる。
「だって、お兄様!」
「ああっ。もう今日はおひらきだ。それでいいだろう」
 それでも食い下がろうとする華久夜を適当にあしらい、強引にそうやってパーティーのおひらきを宣言する。
 そうすることが、今はいちばんいいと思って。
 こんなに普通じゃない柚巴では、パーティーをしたところで、誰も楽しめない。
 そして、このような柚巴をなぐさめられるのも、どうせこの憎らしい王子様だけしかいないだろう。
 ……認めたくなどないけれど。
 ならば、柚巴のためを思うなら、ここは王子様に一任する他ないだろう。
 ……どうしても認めたくないけれど。
 どうやら、それは莱牙だけではなく、他の使い魔たちも考えていたことだったらしい。
 誰一人異論など唱えず、渋々承知する。
 それぞれに、心配そうな視線を柚巴へ向け、リビングを後にしていく。
 莱牙は、からめられる金の髪から、するりと手を引き抜いた。
 その後を、金の髪が物足りなそうに追いかけてくる。
 しかし、その手が、再び拘束されることはなかった。
「そこの能無し馬鹿王子は、しみったれた柚巴のご機嫌でもなおしておけよ」
 そうここぞとばかりに悪態をつくことも忘れずに言い置いて、莱牙も嫌がる華久夜をむりやりつれて、リビングを後にしていく。
 ぱたんと、リビングの扉が閉められた。
 そして、そこはしんと静まり返る。
 全ての静寂をその手にしたように。
 ただそこで聞こえるものは、柚巴と世凪の息遣いだけ。
 どうやらこの王子様、あんなことを言われたにもかかわらず、珍しくご立腹の様子はない。
 今はそんなことよりも柚巴の方が大切で、心配だと、不安げに、だけど優しく柚巴を見つめている。
 ふわりと、自分の膝の上の柚巴を抱きしめて。
 世凪には、どうして柚巴がこんなことになっているのか、嫌というほどわかりすぎるから。
 あれから……。昼間の昇降口のあのことから、柚巴はずっとこのままだから。
 ずっとふさいだままだから。
 無理もない。
 あれは、柚巴でなくたって、どうすればいいのかわからない。
 それが、不器用な柚巴にふりかかってきたのだから、なおさらだろう。
 ずっとずっと特別な存在で信頼していたその人に、いきなりあんなことをされては……。
 大好きだけれど、だけどそれは、その大好きとはまた別で……。
 わかっている。
 柚巴は、由岐耶のことが好きだから、本当に好きだから、どうすればいいのかわからなくて悩んでいることを。苦しんでいることを。
 どうすれば、由岐耶を傷つけずにすむか、それを考えているのだろう。
 ――今さら、そんなことは無駄だとも気づかずに――
 本当に、この少女は、なんて不器用なのだろう。
 あんな男、再起不能になるくらい、こてんぱんにのしてやればいいのに。
 それでも、まだ足りないくらい。
 何しろ、世凪の柚巴に、あんなとんでもないことをしたのだから。
 それは、その命をもってしても、贖いきれない罪。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:06/06/07