繰り返される悲劇
(1)

「え……?」
 朝食の席で、それが告げられた。
 焼きたてのクロワッサンを一口分だけちぎり、それを手に持ったままのかたちで、柚巴は動きをとめてしまっている。
 差し込む、朝のやわらかいはずの陽光が、何故だかちくちくと肌をさすような気がする。
 間が抜けてしまったように、ぼんやりとななめ前の席を見つめて。
 もちろん、そんな柚巴の横には、ちゃっかり王子様が席を陣取っている。
 そこから、柚巴の手にある一口分のクロワッサンを狙っている。
 どうやら、柚巴の手から、あーん≠ニいうその行為を狙っているらしい。
 一方的でも、横暴でも、欺瞞(ぎまん)でも、そんなものはどうでもいい。
 柚巴の手にある、その一口分のクロワッサンさえ、自らの口へさらうことができるのならば。
 ……なんだか、かわいそうになってくる。
 そんなことをしなければならない、王子様が。
 柚巴の右ななめ前からは、まっすぐと視線がそそがれている。
 どこかさっぱりとした、何かを吹っ切ったような微笑を浮かべて。
 朝のさわやかな空気に、よくあった微笑み。
 ……しかし、柚巴には、そんな微笑みすらも、今はちくちくとさすとげのように感じてならない。
「由岐耶さん……。お父様の使い魔をやめたの……?」
 その微笑の持ち主に、柚巴はようやくそれだけを聞き返すことができた。
 ぽつりと、消え入りそうな声で。
 何しろ、今告げられたことは、とてつもなく重大なことだと思われるのに、それを告げた本人は、いやにさっぱりとしているのだから。
 その内容だけでも驚くには十分なのに、その表情がさらに柚巴を驚かせる。
 ……いや。訝しがらせる?
 使い魔である彼にとっては、重大であるはずなのに、どうしてそんなにあっさりとさっぱりと、それを告げることができるのだろう。
 使い魔を従える側の柚巴には、わからない。
「はい」
 かちゃりと小さな音を鳴らせ、由岐耶はコーヒーカップを持ち上げる。
 柚巴のそのつぶやきを肯定しながら。
 そして、一口のどに流し込むと、やはりその内容とは裏腹に、やわらかい微笑みを浮かべた。
 まっすぐに、柚巴を見つめ。
 どのように反応すればいいのかわからず、柚巴はやっぱりクロワッサンを持ったままで動きをとめている。
 これさえなければ、今頃は、柚巴の口の中に運ばれていたはずのその一口分のクロワッサン。
 それに気づいた王子様は、やはりやってくれた。
 ちゃっかり、その手から、クロワッサンを略奪。
 略奪ついでに、クロワッサンがつままれていたその指を、ぺろっとなめたりして……。
 さらに、「うまいな……」なんて、満足げにぽつりとつぶやいたりして……。
 そのまま、柚巴本人までも、その胸の中にさらってしまう。
 柚巴はそれに抗おうと小さな抵抗をみせるが、そんなものは王子様には関係ない。
 ひょいっと抱き上げ、本格的に胸の中。
 自分の膝の上に座らせ、そのまま朝食を再開させる気らしい。
 これでは、朝食か、柚巴か、どちらを堪能する気なのかわかったものじゃない。
 ――いや。間違いなく、朝食なんてそっちのけで、柚巴……?
 本当に、どんな時でも、この王子様は、素でラブコメをしてくれる。
 王子様のそんな大胆な――今にはじまったことでもないけれど――行動に、ほんのり頬を染めながら、だけどどこか苦しそうに柚巴はぽつりとつぶやく。
 どうやら、柚巴までも、王子様の乱行を認めてしまったらしい。
「それって……それって、わたしのせ――」
「そうですね。あなたのためです。わたしを、あなたの使い魔にしてください」
 最後まで言わせてくれないうちに、そうして、由岐耶によって、続きの言葉を奪われてしまった。
 瞬間、朝食の席が、ぴきーんとかたまる。
 あちらこちらで、フォークやナイフを落とす音がする。
 果ては、カップを倒す音なども。
 何しろ、由岐耶の口からでたそれは、一つ前のその発言よりも、さらにとんでもないことだったから。
 弦樋の使い魔をやめただけではなく、よりにもよって、そのまま柚巴の使い魔にしてほしいというのだから無理もない。
 そんなことは、聞いたことがない。前例がない。
 もちろん、こちらで兄妹喧嘩をしつつ朝食をとっていた傍流王族様の胸の内は、尋常ではない。
 瞬間、ハリケーン状態。
 ただでさえ、柚巴の使い魔が多くてムカついていたというのに……。
 それに、さらに由岐耶までも加わろうというのだから。
 しかも、その由岐耶は、さらにたちの悪いことに、よりにもよって、莱牙の恋敵(ライバル)
 由岐耶のその思いなんて、莱牙にとってはお見通し。
 だって、同じ思いを抱くのだから、わからないはずがない。
 その目が、いつも柚巴を愛しそうに追っていることくらい知っている。
 知っていて、あえて知らないふりをしていたにすぎない。
 そのことについて、考えれば考えるだけ、余計むしゃくしゃしてしまうから。
 胸に炎をたぎらせ、体はこおりつかせてしまった莱牙を、横の席の華久夜が、ちょんちょんとフォークでつついている。
 どのくらいかたくかたまってしまっているのか、確認しているらしい。
 そして、予想以上のそのかたさに一瞬目を見開き、はあっと大きなため息をもらす。
 華久夜だって、今の今まで同様にかたまっていたはずなのに、もうそんなことはどうでもいいと、朝食を一人再開していく。
 やはり、このお姫様は、あなどれない。
 ……いや、鬼。
「駄目ですか?」
 しーんと静まりかえり、微妙な空気をはらむそこへ、由岐耶はさらに爆弾を投下していく。
 そうして、追い討ちをかける。
「……待って。駄目とかそういうのではなくて……」
 ぐらりとめまいを覚える頭を必死に回転させ、柚巴はようやくそれだけを口にできた。
 しかし、それも、すぐにあっさりと砕かれてしまう。
「姫。由岐耶の望むようにさせてやってください。マスターもそれをお望みです。あなたのために、由岐耶を自由にしました」
 どうやら、この人も平静をたもてていたようで、あまつさえ、由岐耶に加担してくれる。
 このこおりついた空気にふうっと小さな吐息をもらし、竜桐はまっすぐに柚巴を見つめてくる。
 その横の席では、由岐耶もまた、そらすことなく柚巴を見つめていて……。
 これでは、もう逃れようがない。
「お父様も……?」
「はい」
 柚巴のその問いかけを、即座に肯定する。
 少し困ったようで、だけど仕方がないと、竜桐のその目はいっている。
 柚巴と竜桐のその会話で、かたまっていた他の使い魔たちも、どうにか解凍されてくる。
 何だか話がよくわからないけれど、当事者たちの間では、ちゃんとすすんでいるらしい。
 とにかく、それは爆弾発言で、とんでもないことを由岐耶はしでかしている、ということだけはわかる。


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update:06/06/28