繰り返される悲劇
(4)

 比礼界のあの一件。
 あの不気味にうごめく、意思を持ったような怪物(マグマ)
 後味が悪いと思っていた。
 つまりは、そういうことだったとわかれば、その後味の悪さの理由(わけ)もよくわかる。
 なんとも、苦々しい結果になってくれているけれど。
 どうやら、これまでの会話で、世凪はそれを確かめ、そして判断したらしい。
 暴れん坊で、柚巴といちゃつくだけしか能がないと思っていたあの王子様にしては、なかなかぬかりない。
 使い魔たちは、ただただ、この現実に驚くだけしかできなかったのに。
 それが、どうにも悔しくてたまらない。
 こんな男に、先を越されてしまっているのだから。
 それにしても、何故、世凪は、こんなに冷静に、この人影……比礼人と渡り合えるのだろうか。
 この場にいるだけで、こんなに寒気がするというのに。
 やはり、比礼人には、知らず知らず、タブーとなっていたように、底知れぬ恐ろしさを感じてしまう。
 その名すら口にすることをはばかられる、その存在。
「自然の摂理を脅かす存在。君達の世界は、汚れているのだよ。だから、我々が裁いてあげるのだよ」
 ふわりと比礼を口元からはずし、見下すように言い切る。
 瞬間、ぶちんっと何かが切れたような気がした。
 危なげに渡っていた綱が、切れ、落ちていく。
「勝手なことをぬかすな! お前たちに裁いてもらわなくてもいいんだよ。俺たちの世界は、俺たちが動かしていく!」
 今にもつかみかかりそうな勢いで、世凪がそう怒鳴る。
 それを、マントの中の柚巴が、必死におさえているようにもうかがえる。
 あくまでマントの中のことなので、使い魔たちには、実際はどうなのかはわからないけれど。
 ただ一つわかることは、暴走をはじめた世凪をとめられるのは、柚巴だけということ。
 烈火のような気をまとう世凪にひるむことなく、比礼人はあくまで侮蔑の視線を貫き通す。
「……そのようなことを言っているから、君たちはまったく成長しないのだ。……我々は、選ばれた者なのだから。愚民は、それに従っていればいい」
 汚らわしげに、そうはき捨てる。
 まるで、それが全てだと言い切るように。
 そして、何を思ったのか、すいっと世凪に歩み寄ってくる。
 瞬間、世凪の気が強張る。
 しかし、それにもかまわず、比礼人は歩みをすすめ、とうとうすぐ目の前までやってきてしまった。
 かと思うと、すいっとその胸元へと、顔をよせていく。
 どうやら、世凪によってきたのではなく、その胸の中の柚巴によってきたのらしい。
 そうなると、気を強張らせるのは、世凪だけではない。
 そこにいる使い魔たちすべてが、びりびりとした気を張り巡らせた。
 もちろん、すぐ目の前にいる世凪の気は、尋常でないくらい殺気だっている。
 いつでも、この比礼人をぶちのめせるように。殺せるように。
 しかし、明らかなその警戒態勢にも、比礼人はひるむことはない。
「柚巴。人間と限夢人。寿命がまったく違うのに……その思い、貫くことができると思う? それでも、愛し合えるのかい?」
 マントの中の柚巴に、そっとそう耳打つ。
 瞬間、びくんと柚巴の体が大きく震える。
 それをやわらげるように、世凪がさらに腕に力をこめていく。
 痛いくらいに。
 しかし、柚巴には、それくらい力強い抱擁が必要なのか、痛がる様子はなく、むしろもっともっとと求めてくる。
「君は、このような奴らといては、不幸になるよ」
 その柚巴に、さらにそう言い置いて、比礼人は、すっと身をひいていく。
 そして、一歩二歩と世凪から下がり、くすりと笑う。
 陰湿に、その赤い唇を引き上げて。
 零れ落ちる、鮮血のような笑み。
「すぐに、君をむかえにくるよ。待っておいで」
 ふわりと比礼を舞わせ、その姿をすうっと景色の中へとかしていく。
 それを告げた赤い唇だけが、妙に印象的に。
「待て! ケイカ・ユリウス!!」
 慌ててそう叫ぶも、すでに遅かった。
 その場には、今この瞬間まで、ここにいた、比礼人……ケイカ・ユリウスの気配だけが、かすかに残っている。
 冷たく、恐ろしい気配だけが。
 柚巴に、重く苦しい課題を残して。
 人間と限夢人の寿命の違い。
 そんなもの、今さら改めて言われなくとも、もうすでに、痛いほど実感している。
 その差。その違い。
 それが、大きな壁となってたちはだかり、苦しめてくれている。
 思い、貫くことができる?
 愛し合える?
 そんなことを聞かれても……。
 柚巴には、わからない。答えられない――


 限夢界。限夢宮。
 その王宮の一室に、王の姿があった。
 完全に人払いされているのか、カーテンをしめきって、光の一筋すら入ってこないその部屋に、王ただ一人がいる。
 窓際に立ち、その顔をどこか苦痛にゆがめて。
 普段は白いその壁は、灰色と化し、ぼやける影を映し出している。
 そこにあるものは、燭台のわずかな灯りだけ。
 そこへ、さらさらと流れるように、一つの人影が現れた。
 どこからともなく、霧のように。
 その気配は、おだやかで、だけどどこか苦しそう。
玲依(れい)……。来たか……」
 その気配を察し、王は静かにそうつぶやく。
 するとすぐに、落ち着いた声が返って来た。
 淋しげで、だけど優しげな。
 ……王の気配と、よく似ている。
「はい。兄上。先ほど、使いの者がやってまいりました」
 そして、現れた人影……玲依は、すっと王の横に並ぶ。
 ゆっくりと、王へ視線を移し。
「兄上。奴らは、また……」
 玲依が見た王は、やはりといおうか、とても苦しげな表情を浮かべていた。
 それに、玲依は胸の内で苦く笑う。
「ああ。五百年前の悲劇が、再び繰り返されようとしている」
 予想通り、返ってくる言葉はそれだった。
 ……いや。それしかない。
 また、比礼人が現れたと聞いた時から、嫌な予感がしていた。
 そして、その予感は、かたちとなってしまった。
 最も恐れていた事態となって。
 ――ケイカ・ユリウス。
 その名を、五百年前にも聞いたことがある。
「お前を、傍流へとおいやることになってしまった、あの悲劇が――」
 すっと横の玲依に視線を移し、王は苦しそうにはき出す。
 全ては、その名のために起こってしまった悲劇。
 その名の者が、引き金を引いた。
 五百年前の、あの惨劇は。
 それがまた、同じ名の天上人によって、繰り返されようというのだろうか。
 過ちが、再び向こうからやって来る。
 二度と起こらないでくれと願っていた、あの悲劇が。
 二度と繰り返したくなどなかった、あの悲劇が。
 それは、やはり、あのことも影響しているのだろうか。
 誕生してしまった、悲劇の子。
 生まれながらに罪を背負った、王の子。
 稀にみる力を持って生まれたばかりに、その王の子は苦しめられている。
 玲依もまた、生まれた時、強い力の持ち主といわれていた。
 ただ、その玲依よりも……くらべものにならないほどの力を持った王の子が、誕生してしまった。
 生れ落ちたその瞬間、暴走してしまうほどの強い力。
 すべては、身に余る力のために、悲痛な運命をたどらなければいけないというのだろうか。
 必要以上の力のために――

 願わくは、愛しい子らには、あのような辛い思いはしてほしくない。
 ずっとずっと幸せに、平和に生きてほしいと望むのに……。
 それさえも、もうかなわぬというのだろうか。
 まわりだしてしまった歯車は、やはり、とめられない……?


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update:06/07/20