闇に葬られた真実
(1)

 凪いだ海のように、世を治める王たらん。
 優しく、あたたかく包み込むように。
 おだやかに、その治世が続くように。
 あふれる優しさと慈悲をもって、この世のすべてを愛する王に……。
 そのような王になることを願い、この名を与えよう。
 限夢界はじまって以来、稀に見る力を持ち生まれてきた、この王子に。

 ――世凪。

 それは、与えられるべくして与えられた、名――


 限夢界。限夢宮。
 謁見の間で、にらみ合う複数の眼差しと、一対の眼。
「親父!! 五百年前の悲劇とは何だ!?」
 玉座に座る王の胸倉をつかみ、男は怒鳴る。
 身にまとうその炎が、不気味に赤く燃えている。
 まるで、生きているかのように。
 男にまとわりつく炎が、王へと流れ、王までも覆おうとしている。
 それに、王は一瞬、眉をしかめた。
「世凪? 何故、そのことを……?」
 つかまれた手をふりはらうことなく、多少動揺したように王は言葉を返す。
 玉座におさえつけられるようにつかまれているので、多少息苦しい。
 思わず、こほっと小さなせきをもらしてしまった。
 しらを切ることも可能だったが、しかし、それは、王にとっては、動揺せずにはいられないことだったため、思わず、そのままを口にしてしまっていた。
 すぐに、後悔することになる。
 さすがの王でも、この不意打ちにはたえられなかったらしい。
 明らかな動揺の色を見せる王に、世凪は無言で、すっと黒い物体を突き出す。
 ふわふわもこもこの、真っ黒い球体。
 それは、記憶では、王子の婚約者に従う小悪魔。
 小悪魔の中でも高位に位置する、鬼栖という名の人間の少女の従魔。
 もじゃもじゃの毛は、妙に心地よさそうに、わずかな風にそよがされている。
 それが、何故だか鼻につく。
 世凪につかまれ、ぶらぶらともやしのような手と足をぶらつかせ、その小悪魔はへへんと不遜に笑う。
 もちろん、そんなことをしては、即座に、ごいーんと頭――恐らく――に、たんこぶ一つをちょうだいしてしまう。
 すごみをきかせ、にらみつける世凪によって。
 たんこぶをいただいてしまったら、この小悪魔のことだから、黙ってなどおられず、きいきいと、無駄にわめきはじめる。
 すると当然、次はこうなる。
 そのうるさい口をぎゅむっとつかまれ、球体がいびつにゆがむ。
 さらには、ぽいっと放り投げられて、床にたたきつけられる。
 かと思うと、次の瞬間には、無言で見下ろす莱牙の足の下。
 ぐりぐりと、床にうめこまれていく。
 それを、冷めた眼差しで見る者はいるけれど、誰一人として助けようとする者はいない。
 そのいつもの光景を、王は半ば呆れ気味に眺めていた。
「人に聞かれてはまずい話は、きっちり人……生き物がいないことを確認してからするのだな」
 鬼栖の末路を確認し、馬鹿にするように世凪がはき捨てる。
 すると、王は、ふうっと大きくため息をもらした。
 そして、諦めたように、言葉を出す。
 王の胸倉は、いまだ、世凪によって乱暴につかまれたまま。
「……そうか。その小悪魔を仕向けていたのか」
「いや。この馬鹿が、盗み聞きしたことを、俺に伝えにきた」
 ――智神・タキーシャの手によって。
 それは、ムカつくから言ってやらないけれど。
 結局、あの神は、何をしたいのか。
 柚巴を守れないくせして、こういう厄介なものだけは残していってくれる。
「小悪魔に……やられたということか」
 胸倉をつかむ世凪の手をするりと解き放ち、王は再びため息をもらす。
 そして、そのまま腕をひっぱり、強引に自分の玉座の肘かけへ座らせる。
 少しは落ち着けと。
 王にだって、今、世凪が普通ではないことくらいわかっている。
 目に見える炎のようなこの気が、嫌でもそれをつきつけてくる。
 そして、この場にいなければならない少女の姿がない。
 ならば、そこから導き出されることは、一つしかない。
 今は、平時ではなく有事。
「まあ、いいだろう。こうなってしまった以上、お前たちにも真実を告げておかねばならないからな」
 それは、闇から闇へと葬られてしまった真実。
 一握りの者だけしか、その真実は知らない。
 ……そう。当事者と、それに助力した者たちしか。
 王がそう言った瞬間、柱の陰から、一人の壮年の男が姿を現した。
 今の今まで、その気配は感じられなかったというのに。
 それに、使い魔たちがざわめきの気配をもらす。
 何しろ、その男は……。
 五百年前、傍流へおいやられた王族……王弟だったから。
 王弟でありながら傍流へ追いやられたその事実は、今もなお彼につきまとっている。
 消えることのない、しがらみ。
 華久夜は、その男の姿をみとめた瞬間、たたたっと駆け寄り、抱きついていた。
 何のためらいもなく。
 そして、その胸の中に、幸せそうにすっぽりとおさまる。
「お父様……」
 そうつぶやいて。
 それに、男もふっと優しげな笑みを落とす。
 傍流へ追いやられてなお、その優しい微笑みはかげりを知らない。
 そして、華久夜をひょいっと抱き上げ、王へと歩み寄っていく。
 王と目配せしあい、互いに小さくうなずきあった。
 それは、何かをたしかめるように。
 それを受け、使い魔たちも、じっと彼ら二人に注目する。
 恐らく、五百年前の悲劇とは、そのことだろうと、とりとめなく感じて。
「今から、ちょうど五百年ほど前になろうか……」
 静かに、ゆっくりと、王が口をひらいていく。


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update:06/08/30