闇に葬られた真実
(2)

 この世界の王には、二人の王子があった。
 彼らは、腹を分かつ兄弟。
 血筋が良い兄。
 力が強い弟。
 それは、あの悲劇を導くには、十分すぎた。
 彼らはたしか……玲央(れお)玲依(れい)という名だった。


 限夢界の王となる条件は、二つ。
 一つ、血筋が良いこと。
 一つ、力が強いこと。
 それら二つを総合的に判断し、より優れている王の子が王位を継ぐ。
 しかし、この時は、そうもいかなかった。
 弟の力が、あまりにも大きすぎたから。
 当然、兄も一般の民よりは強い力を持っていた。
 しかし、それは弟にとっては比ではない。
 弟は、その時の限夢界でいちばんの力を有していたから。
 ただ、問題は、弟の血筋は、極めて卑しかった。
 それに反し、兄の血筋は、極めて優れていた。
 ならば、必然、生じる二つの判断。
 王位には、兄ではなく、弟をつけよ。
 しかし、慣例をまげるわけに、卑しい王子を王位につけるわけにいかないと、反対意見も数多。
 どちらが王にふさわしいか、臣下が二分した。
 それは、必至。
 気づいた時には、もう遅かった。
 本人たちには、どうにもならない事態に発展してしまっていた。
「兄上……」
 限夢宮、中庭。
 そこは、限夢界の中でも、とりわけ美しい花々が咲く。
 その美しい花畑には似合わず、彼らは悲痛に見つめ合っていた。
「玲依か……。我々は、どうすればいいと思う? やはり、わたしが――」
「それは違います。兄上」
 すっかり憔悴(しょうすい)しきったようなその兄の姿に、玲依はあえて鞭打つ。
 兄が、今、どのような気持ちを抱えているかくらい、玲依にもわかる。
 そして、この事態をおさめるために、どうすればいいかくらい。
 何しろ、玲依も同じ気持ちなのだから。
 二人にとっては、どちらが王位につこうが関係ない。
 誰が王になってもかまわない。
 ただ、この限夢界が、常しえに、平和であれば。
 しかし、まわりはそれを放ってはおいてくれない。
 どうしても、仲の良いその兄弟を争わせようとする。
 何故、このようなことになってしまったのだろうか。
 そうして悩んでも、何も解決しないことはわかっているけれど、悩まずにはいられない。
 二人が思いつき、とれる解決策は、たった一つ。
 しかし、そうすると……。
 どちらにとっても、それは身を引きちぎられるような苦しみ。


 また、この頃から、限夢界のあちらこちらで異変が起こりはじめた。
 それは、愚かなことで騒ぎ立てる限夢人たちに、天が罰を与えはじめたのだろうと、まことしやかにささやかれてもいた。
 最高神・シュテファンの命を受け、とうとう破壊神・カームスが動き出したと、人々が嘆き騒ぐ。
 しかし、それに、実際に渦中にいる者たちは、耳を貸そうとしない。
 もう、誰一人として、冷静な判断を下せる者などいなくなってしまっていたのかもしれない。
 たとえ、地がわれようと、湖が干上がろうと、落雷により大火が発生しようと、動物たちが一斉に森を捨て逃げ惑おうと。
 そのようなものは、彼らには関係なかった。
 それはまるで、この世界が、絶望へ向かうように見えていたという。
 何しろ、騒ぎ立て、収拾がつかなくなってしまったその世界は、真っ二つにわれ、対峙し、あとは崩壊へ導くことだけしか、もう彼らの頭にはなかったから。
 下々の者たちが、どんなに救いの声を上げようと、そのようなものはどうでもいい。
 ただ、その争いの発端を作ってしまうことになった、その二人の王子だけは、違うところへ目を向けていた。
 二人が望むものは、そのようなところには存在していなかったから。
 そのようなものは、どうでもいい。
 二人の望みは、たったひとつ。
「破壊神・カームス。頼む。この世界を壊さないでくれ……!」
 暗雲に覆われた空を苦しげに見つめ、王子玲央はたまらずそう叫んでいた。
 そこは、幼い頃、弟とともによく遊んだ、王宮の中庭。
 限夢界中の花という花が枯れてしまった今でも、この中庭の花だけは、生命力豊かに咲き続ける。
 ここは、人間界に通じる場。
 ならば、人間界から流れてくるその清涼な空気から、ここの花々だけは守られているのかもしれない。
 かの世界には、恐らく、このような醜い争いは存在しないのだろう。
 何の力も持たないからこそ、その世界の人々は、懸命に生きていると聞く。
 ――果たして、そのような理想郷、本当に存在するのだろうか?
 憧れは、理想となってつむがれていくだけ。
「失いたくないのだ。大切な者たちがいる、この世界を!」
 ぶるっと大きく首を横にふり、玲央は変わらず悲痛に叫ぶ。
「たとえ、破壊に魅入られし世界でも、わたしにとっては、かけがえのない大切な世界……」
 そこまでふりしぼるように声にのせると、そのままがばりと頭をかかえてしまった。
 すると、そのような玲央に、一人の女性がすっと寄り添ってきた。
 先ほどからずっと、彼女は苦しげな玲央を見ていたらしい。
 追い込まれてしまった玲央は、その気配に気づくことができなくなってしまっていた。
「玲央……」
 女性は、そう苦しむ王子の名を呼び、ふわりと頬を包み込む。
 そして、うつむく顔を、ゆっくりとあげさせてくる。
 顔をあげた王子の目に飛び込んできたものは、この世の優しさすべてを持ち合わせたように微笑む、彼の……彼ら兄弟の最愛の女性だった。
優凛杏(ゆりあ)……」
 悲痛な眼差しで見つめる玲央を、優凛杏はその胸に優しく抱き寄せる。
 頬に触れた優凛杏の胸は、とても優しく、そしてあたたかだった。
 この世に、これほど慈悲深いものがあったなんて……。
 胸に、熱くて苦しいものがこみあげてくる。
「……なんとわたしは非力なのか……。優凛杏。せめて、大切な者たちを守れるだけの力が、わたしにあれば……」
 優凛杏の胸の中で、玲央はぽつりとそうつぶやき、同時に、その目から、熱いものが頬を伝って落ちていく。
 そのような玲央を、優凛杏は、変わらず優しく包み込む。
「ないものをねだっても、悲しくなるだけだわ。ならば、今あなたにできる精一杯のことをすれば、それでいいわ」
 諭すように、慰めるように、優凛杏はゆっくりとそう告げる。
 果たしてそれは、言葉にしてよいことかどうかなど関係ない。
 ただ、壊れかけのこの王子の心を、少しでも救うことができれば、それだけでいい。
 たとえ、神に背こうとも。
 誰よりも愛しい、優しいこの王子の心を守ることができるならば。
 暗い暗い空の下、優しい花々の中で、二人は互いに慰めあうように抱き合う。
 彼らを見つめる、一対の残酷に優しく光る、その瞳に気づくことなく。


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update:06/09/06