闇に葬られた真実
(4)

「それで、どのようにして柚巴を救い出すんだ?」
 五百年前の真実が告げられると、紗霧羅がそう言葉をもらした。
 それに、誰もがはっと我に返る。
 つい五百年前のことに気をとられてしまっていたけれど、今はそんなことよりもこちらの方が大切だった。
 庚子は一人、人間界に残してきた。
 協力したいと言ったけれど、それはかなわない。
 御使威家の者以外を、この限夢界へつれてくると……その瞬間、死に至る。
 だから、はやる庚子をなだめ、そこで柚巴の無事を祈っておくようにと残し、限夢界へ戻ってきた。
 鬼栖がもってきた、その五百年前の悲劇の真実をたしかめるために。
 そこに、柚巴救出のヒントを見出せるのではないかと、かすかな希望を抱き。
 昨日、王とその弟は、密会をしていた。
 鬼栖は、それをたまたま盗み聞きしてしまっていた。
 王宮の中を自由に歩きまわれるその特権をいかし。
 本来、迷い出てきた小悪魔は、自分たちの棲み処へと帰るか、封印されるかのどちらか。
 しかし、柚巴の従魔になった鬼栖には、そのどちらも関係がない。
 主がその生を終えるまで――
「……ああ。恐らく、柚巴は天上界へつれていかれたのだろう。――一応、多紀に後を追わせたが、あの男もあてにはできないだろう。何しろ、天上界というところは、神ですらも手を出せない領域のはずだから」
 玉座の横に威風堂々と立ち、世凪はきっぱりとそう言い放つ。
 そのような世凪を見上げ、由岐耶は憎らしげにはき捨てる。
 ――腹立たしい。
 どんなにおさえようとも、世凪に対するこの思いは、消えることはない。
 この男は、由岐耶のいちばん大切なものを奪ったのだから。
「それをわかっていて、あえて智神・タキーシャをいかせたのだな」
 明らかに敵意をむきだす由岐耶をするっとかわし、世凪は静かに告げる。
 まとう炎は、一向におさまることはない。
 むしろ、さらに勢いを増していく。
「そうだ。何かの役には立つだろう。あの男は、柚巴に加護を与えているからな」
 玉座の背に肘をおき、不遜に笑んでみせる。
 それに、思わず身震いをしてしまった。
 ……恐ろしい。
 不気味。
 まるで、今の世凪には、その言葉が似合いそうで。
 いつだったか、同じように感じたことがあった。
 あの時、はじめて世凪が恐ろしいと思った。
 世凪に恐怖した。
 それが、今もまた襲ってきている。
 柚巴が連れ去られた、あの直後から――
 世凪に恐怖を感じる時は、必ず柚巴が関係している。
 恐らく、柚巴が世凪の狂気の(かせ)となっていたのだろう。
 今、そう確信する。
 しかし、王と玲依だけは、何故だかそれが当たり前のように涼しい顔をしている。
 もしかして、二人は知っていた……?
 いや。わかっている?
 世凪が宿す、その狂気に。
 大切なものを失った時、彼の正の部分をつなぎとめておく鎖が砕けおち、魔物が暴走をはじめることを。
 まるでその姿は、手負いの獣。
 柚巴という名の鎖でしばりつけられた、魔物――
 今、ようやくわかったような気がする。
 柚巴を失って、世凪は壊れた。
 だから、壊れてしまったから、これほど恐ろしいと感じてしまうのだろう。
 それに、王も王弟玲依も、気づいていた?
「こういう時に、天上界に詳しい者がいれば……」
 ぽつりと、世凪がこぼした。
 それに、王は静かに答える。
 まるで、その言葉がくるとわかっていたように。
 待っていたかのように。
 魔物に、凶器を与えることになると、わかっているだろうに。
 ――いや、あるいは……上手くいけば、牙を折ることになるかもしれない。
 それは、紙一重。
「天上界に通じる者。……一人だけ、心当たりがある」
「誰だ!?」
 当然、即座に世凪は反応していた。
 玉座の背においていた腕を、そのまま王の胸倉へうつし、つかみあげる。
 その手に、すっと自らの手をのせ、王はまっすぐに世凪の目を見つめる。
 見つめた目の中では、真っ赤な炎が暴れている。
「……雫蛇」
 そして、ゆっくりとそう告げた。
「雫蛇って、あの雫蛇か!?」
 瞬間、世凪の顔が怪訝にゆがむ。
 そして、のせる王の手とともに、乱暴に胸倉から手をふりはらう。
 それでも、王にはひるんだような様子も、動揺の色もない。
 やはり、それが、はじめからわかっているかのように。
 まるで、世凪が宿す狂気を、はじめからわかっているかのように。
「ああ。永遠の牢獄の刑のあの男。……あの男は、限夢人と天上人、二つの魂を持っている」
 王の口からそれが告げられると、そこにいた使い魔誰もが、息をのんだ。
 同時に、衝撃がおそいくる。
 めまいさえも覚えてしまうような。
 なんという、事実――


 ぴちょんぴちょーんと、水滴が落ちる音だけが響く、その真っ暗な場所。
 床は、壁が崩れ落ちたのか、きめの粗いじゃりじゃりとした砂のようなものを踏みつける感触がする。
 あちこちに、薄い水たまりができている。
 じめじめとしていて、湿気くさい。
 カビの臭いも、わずかにする。
 たしかそこは、限夢宮内にある、罪人たちを置いておく場所。
 限夢宮地下牢。
 そこには現在、たった一人だけが入れられている。
 その牢獄は、重罪人にだけ課せられる、死よりも重い刑が執行される場。
 永遠の牢獄の刑。
 人のぬくもりを知った使い魔にとって、それは最も辛く重い刑。
 こつんこつんと、この牢に入ってからはじめて、人工の音が聞こえてくる。
 それは、この地下牢へと続く、ぬれてすべりやすい階段を、誰かが下りてくるような音に聞こえる。
 今さら、一体、誰がこのようなところを訪れるというのだろう。
 孤独こそが目的とされている、この罰を受ける身に。
 顔を上げると、ともに、淡い燭台の灯も見える。
 それは、遠く小さなものから、だんだんと近く大きなものとなってくる。
 幻覚とすら思ってしまったそれが、現実のものとなる。
 そして、その淡い灯りとともに現れたのは――
「世凪……」
 朽ちかけた鉄格子の向こうに、その男の姿があった。
 思わず、錆びた格子の向こうの男を見つめてしまう。
 すべては、そこからはじまった。
 いや。そこで、終わりをむかえられた。
 彼の悲劇のもとをつくった血筋の少女を守る男。
 しかし、恨んではいない。
 むしろ、感謝しているかもしれない。
 彼が守る男の心を、救わせてくれたから。
 すべての苦しみから、解放してくれたのだから。
 ……あれで、よかった。あれで、間違っていなかった。
 きっと、心のどこかでは、あの結末を待ち望んでいたから。
「雫蛇。出ろ」
 がちゃりと、錆びついた錠前に鍵をさしこみ、牢の扉をゆっくりと開けていく。
 ミシ……ギギギギ……と、気持ちの悪い音がする。
「……世凪?」
「命令だ。出ろ」
 怪訝に世凪を見上げる雫蛇の腕を、ともにやってきた梓海道が強引に引き上げる。
 それに、一瞬のためらいをのぞかせたが、雫蛇にはもとより抗う気はなかった。
 言われるまま、のっそりと立ち上がる。
 すると、そんな雫蛇の耳に、とんでもない事実が告げられた。
「世凪さま……王子の命令です。あなたには、これから協力していただきたいことがある」
 ――王子?
 それが、今、雫蛇を見下すように見てくる、この男の真実?
 ぷいっと顔をそらし、世凪は一人、先に地下牢の螺旋階段をあがっていく。
 やはりその階段も、崩れ、朽ちかけている。
 マントを翻し、消えていく世凪の後ろ姿を、雫蛇はただぼんやりと見送ることしかできなかった。
 不思議と……驚きはない。
 世凪が、王子だと告げられても。


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update:06/09/20