闇に葬られた真実
(5)

 半年ぶりに目にした陽光は、痛い。つきささる。
 まるで目がつぶれそうなほど、攻撃をしかけてくる。
 しかし、不思議と優しい。
 汚れた己が身を、癒してくれるような、そんなあたたかさ。
 回廊から、青空を見上げてみる。
 ……果たして、世界は、こんなにも明るかっただろうか。清々しかっただろうか。
 ここ何十年も、世界はモノクロームにしか感じなかったのに。
 その陽光の中、雫蛇は謁見の間へとつれられてきた。
 そして、足を踏み入れると、そこにはずらりと使い魔たちが並んでいた。
 それは、かつて彼と対峙していた者たち。
 御使威家当主の使い魔と、その令嬢の使い魔。
 なかには、見たことのない者の姿もある。
「こちらの六人が、御使家当主の使い魔。そして、こちらの六人がその令嬢の使い魔。……それから、こちらが、現比礼王、唖呂唖王」
 ずらりと並ぶ者たちを、そのように梓海道は簡単に紹介していく。
 今さらだとわかっているけれど。
 ただ、半年前と違うことは、その数だけ。
 御使威家当主の使い魔は一人数を減らし、令嬢の使い魔は三人も増えている。
 それは、一体、何を意味しているのか……?
「……!? へ、比礼界の王!? たしか、比礼界の王は……」
 しかし、雫蛇はそのことには気づいていないらしい。
 それよりも、もっと雫蛇を驚かせる事実が、そこにはあったから。
 それは、比礼界の王。
 雫蛇があの牢獄に入れられる前は、たしかに違う男がその地位を得ていた。
 もっと陰湿で、もっと不気味な、あの男が……。
 雫蛇ですら、その世界の未来を憂えてしまうような男だった。あの世界の王は。
 だが、今目の前にいる比礼界の王というその男は、あの男とは、まるで正反対。
「ひと月ほど前、代替わりした」
 驚く雫蛇に気づいたのか、唖呂唖は皮肉るような笑みを浮かべ、静かにそう告げる。
 雫蛇には、やはりその笑みの意味がわからない。
 たったの半年で、一体、何が起こったというのだろうか。
 たったの半年で、上では大きな変化があったというのだろうか。
 世界一つを統べる者が、かわってしまう程度に。
 こうして、雫蛇が地下牢から連れ出されることからして、訳がわからない。
 ――重罪人。
 最も重い罪を背負う、罪人(つみびと)なのに。
「それで、勢ぞろいで、一体、これから何がはじまるというのですか? わたしのような罪人を連れてきて」
 ふうっと自嘲気味の笑みをもらし、雫蛇は、目の前に立つ、気高い王子へ視線を流す。
 それは、半年前の姿とは、まったく違う。
 半年前までは、ただ自分の思いに忠実な、暴れん坊としか見えていなかった。
 しかし、どうだろう。
 今では、これ。
 まるでその姿は、世界を統べる王者。
 そして、何か大切なものを失い、嘆くただの男。
「……柚巴が、さらわれた」
 苦しげに、世凪の口から、その事実が告げられた。
「え……?」
 瞬間、わかったような気がした。
 世凪にまとわりつく、その苦しみの理由(わけ)が。
 つまりは、そういうことだろう。
 半年前のあの時ですら、世凪が抱く思いなど、容易にわかった。
 そして、その後、半年もあったのだから、その思いは、もっともっとふくらんでいることだろう。深くなっていることだろう。
 そう。それはまるで、自らの命よりも、もっと尊い存在として――
「柚巴を救い出す助けを、お前にしてもらいたい」
「……といっても、わたしには……」
 たたみかけるように、そんな無茶を言ってくる。
 たしかに、牢から出される時、協力してもらいたいことがあるとは言われたが、まさかそのような重大なことの助けなどとは……。
 雫蛇には、身に余る……とんでもないこと。
 だって、雫蛇は、咎人(とがびと)なのだから……。
 よりにもよって、王子が今取り戻そうとしているその大切な存在を傷つけようとした、罪人なのだから。
 このままずっと、この生が終わるまで、あの暗い牢で生き続けるのだと思っていた。
 そして、それは、自らも望んだこと。
 己が犯してしまった罪は、その命をもっても、(あがな)いがたいものだとわかっているから。
 それが、半年とまたずして、このように再び青空の下にいる。
 ……しかし、この件が片づけば、またあの暗い牢へ戻るだろう。
 それでもいい。いや、それがいい。
 雫蛇には、やはり、あのじめじめした暗い世界、自分以外は誰もいない世界が似合っているから。
「相手は、天上人だ。それで、何を言いたいか、お前にはわかるだろう?」
 その言葉を世凪に告げられた瞬間、雫蛇の表情が明らかに変わった。
 それまでの、自分にはとんでもないこと……と見ていたそれが、自分だからこそ、だから自分が呼ばれたのだと、はじめて気づかされる。
 何しろ、それは……。
「……はい」
 だから、気づけば、答えてしまっていた。そのように。
 たしかに、柚巴をさらったのが天上人というのなら、そこまでの案内は雫蛇にしかできない。
 天上界への道は、雫蛇にしかつくれない。
 限夢人と天上人の、二つの魂を持つ雫蛇にしか……。
 四つの世界、すべてを探しても、二つの魂を持つ者は、雫蛇ただ一人だけだろう。
 そして、天上人に弓を引き、限夢人に手をかす、天上人の魂を持つ者は――
「事は、もう柚巴一人……限夢界だけではおさまらなくなってしまっている。比礼界もまた……」
 ばさりとマントを翻し、世凪は雫蛇に背を向ける。
 そして、こつこつと床を鳴らし、眼前の玉座へと当たり前のように歩いていく。
 それを、とめる者は誰もいない。
 では、やはり、世凪が、あの秘密のベールに覆われた王子だったということだろう。
「天上人が、五百年前の悲劇を繰り返そうとしている。――名は、ケイカ・ユリウス」
 そして、王の横まで行くと、世凪はまたくるりと振り返り、そこに集まった使い魔たちを見下ろす。
 使い魔たちは、誰もその名に動揺の色を見せていない。
 恐らくは、ここにいる使い魔たちにとっては、それはもう新しいことではないのだろう。
 すでに知っている。だからこそ、雫蛇が呼ばれた。
 雫蛇は、衝撃を受け、絶望の果てのような表情を浮かべる。
 よりにもよって、その名がでてくるとは――
「比礼界は、今、めちゃくちゃだ。原因は天上界。こうなってしまった以上、二つの世界が協力しあうは必定。比礼界と限夢界。二つの世界は、表裏一体なのだから……」
 そこにいた、現在の比礼界の王と名乗るその男は、そのように雫蛇に追い討ちをかけてくる。
 それはつまりは、もう残された時間はないということ。
 猶予はないということ。
 事は、一刻を争う。
 だからこそ、唖呂唖は、こうして限夢界までやってきた。
 唖呂唖が限夢宮に現れた時、誰もがそれに驚いていた。
 そして、やってきたその理由を聞き、誰もが納得した。
 やはり、事態はそこまですすんでしまっていたのかと。
 天上人……ケイカ・ユリウスのその名が出た時に、気づくべきだった。
 二つの世界の平和のため、二つの世界を守るため、二つの世界が協力しあう。
 どちらかが倒れれば、どちらかもただではすまなくなる。
 限夢界と比礼界は、二つで一つ。
 二つそろってはじめて、人間界で地獄≠ニ呼ばれるその場所となる。
 限夢界が扉の手前に存在する世界なら、比礼界は扉の向こう側に存在する世界。
 そして、天上界は――


 ケイカ・ユリウス。
 その名は、雫蛇も聞いたことがある。
 その男は、何百年も前に、限夢界と比礼界を破壊へ導こうとした男。
 世界の災いの象徴。


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update:06/09/27