女神覚醒
(4)

 見守る一つの優しい光の前に、柚巴の姿はあった。
「由岐耶さん。ごめんね。わたしは、世凪じゃなきゃだめなの」
 そして、残酷にも、きっぱりとそう告げる。
 それは、昨日、由岐耶が告げたその思い。
 その思いの返事。
 決着をつけられてしまった。
 ……最初から、わかっていた、結末。
 どんなに望んでも、手に入れられないことくらい、由岐耶にだってわかっていた。
 だけど、言わずにはいられなかったというだけ。
 その願いがかなえられないのならば、ならば……もう一つの願いを何がなんでも聞き届けてもらうだけ。
 それは、ずっとずっと、柚巴の傍らで、柚巴を見守り続けていくこと。
「……はい」
 妙におだやかで、清々しい気持ちで、そうこたえることができた。
 使い魔になった今、その特権をフルに活用させてもらおう。
 傍らで見守り、そしてともに時を歩んでいく。
 生まれた時から、ずっと見てきた、その愛しい存在と。
 それくらいなら、柚巴のいちばんにならなくとも、叶えられる。
 誰もが、困ったように一つため息をもらす。
 どうやら、この無邪気なお姫様に、これからも振りまわされることになるだろうと。
 ……それは多分に、その横で不遜に微笑む、その男も影響して。
 やれやれと、肩をすくめずにはいられない。
 だけど、そのようなこれからも、なんだか楽しそうで、いいのではないだろうか。
 大切なものたちと過ごす、その一瞬一瞬の時。
 ずっとずっと終わることなく続く、大切な者たちにかこまれた、平和な時間。穏やかな時間。
 それが、王子の幸せのかたちだという。
 しかし、それは、王子だけの幸せのかたちではない。
 ここにいる、誰もの幸せのかたちでもある。
 願おう。祈りを捧げよう。
 全ての大切なものたちが、ずっとずっと笑い合えるそのような未来を望み――
「終わったようだね」
 おだやかな時をとりもどしつつあるそこへ、爆弾投下の如く、その男が現れた。
 どこからともなく、すっと。
 さすがは、神。
 しかも、むちゃくちゃ癪に障る神。
「智神・タキーシャ!」
 誰もが一斉に、不満を思いっきり含んだ声をあげる。
 だって、この男、今までどこにいた!?
 たしか、王子様に命令されて、一足先に柚巴救出へ向かっていたはずでは……。
 いちばん大切で、いちばん大変な時に、この神は雲隠れしてくれていた。
 これでは、嫌味の一つや二つだけでは、気がすまない。
「今頃のこのこあらわれや――」
「さあ、帰ろう。人間界へ送るよ」
 だから、そう怒りの言葉をなげかけられるも、智神・タキーシャはあっさりと蹴散らしてしまった。
 にっこり笑顔その一つで。
 やはり、とことん癪に障る神。
 ……むしろ、もう神などとは認めてやりたくもない。
 ぎんぎんに投げつけられるその怒りの眼差しの中、智神・タキーシャは、変わらずひょうひょうと笑っている。


 人間界。御使威邸。
「柚巴〜っ!!」
 一行がそこに戻ってくると、すぐに、それが飛びついてきた。
 柚巴に。柚巴だけに。
「か、庚子ちゃん!?」
 半分我を忘れたように、柚巴をがむしゃらに抱きしめる。
 もちろん、そのようなことをされては、柚巴はあわてふためくわけで……。
 だけど、乱暴にその腕を振り払うこともできない。
 むしろ、こうして、抱きついてきてくれることが、とても嬉しい。
 柚巴もまた、庚子を抱き返していた。
「心配したんだからなっ!」
 ぐいっと顔をあげ、ぎんと柚巴をにらみつける。
 これでもかというほど、非難がましく。
 一体、どれだけ心配をかければ気がすむのか。無謀なことばかりする、この大切な友達は。
 だけど、そのような庚子の非難も、柚巴にはまったく通じはしない。
「うん。ごめんね」
 へらへらっと、そう微笑んで返すのだから。
 嬉しくて、嬉しすぎて。
 こうして、心配して自分の帰りを待っていてくれる人がいるというその事実が。
 やっぱり、柚巴の幸せも、大切な人たちとともに過ごす、穏やかな時間だから。
 世凪だって、この庚子には圧倒されているらしく、邪魔だてしようなどとしていない。
 ふてぶてしく、ソファにぼすんと体をうずめ、むっつりと目をすわらせている。
 ……ということは……邪魔はしないけれど、すねはするらしい。
 柚巴をとられて。
 世凪だって、今、二人の邪魔をすれば、柚巴のお怒りをかってしまうことくらいわかっているから。
 どうやら、この王子様にも、学習能力というものが、一応はそなわっていたらしい。
 柚巴に対してのそれは、皆無だと思っていたのに。
 そして、そのようなすねた王子様をからかいにはしるのが、こちらの怖いもの知らずのお姫様。華久夜嬢。
 それをみて、便乗しちゃうのが、紗霧羅姐さん。
 そのような二人に、呆れたように視線を注ぐのが、傍流王族の莱牙。
 その他使い魔たちも、その光景を、微笑ましく見ている。
 やはり、この光景がいちばんだと。
 これが、本来、誰もが望むありかた。
 それに、どこかの世界のどこかの唖呂唖とかいう王様も、一緒にまざって。
 どうやら、ずうずうしくも、ともに、人間界までついてきてしまったらしい。
 もう世界の危機を憂う必要はなくなったから。
 すべての原因がわかった今。
 そして、それについて、恨んだりもしない。
 あの出来事は、ある意味、彼らにも気づかせてくれたから。忠告してくれていたから。
 新たな一歩を踏み出した比礼界も、このひと癖もふた癖もある限夢人たちがいるような、笑顔あふれる世界にすることを望み。希望を胸に抱き。
 その光景を一歩ひいたところで見ていたこの神が、あっけらかんとつぶやいた。
「じゃあ、俺は帰ろうかな。帰りそびれちゃっていたし」
 そして、くるりと踵を返す。
 それに気づいた庚子が、抱きしめる柚巴を放り出し、神……智神・タキーシャへ駆け寄る。
 ぽんと放り出されてしまった柚巴は、これ幸いと、やっぱり王子様の胸の中に、瞬時にさらわれた。
「た、多紀!!」
 まっすぐに、うったえるように、庚子は多紀を見つめる。
 その手が、すがるように、智神・タキーシャへとのびる。
 庚子が何を言いたいかなど、智神・タキーシャには簡単にわかってしまう。
 だけど、智神・タキーシャは、それにこたえることができない。
 自らが抱くその思いが、どのようなものであろうと。
 決して、まじわることのできない二人だから。
 ともに、同じ時間をすごすことのできない二人だから。
 彼らに与えられた運命は、柚巴と世凪のそれよりも、はるかに険しいもの。
 だけど、そのような切なげな瞳でうったえられると、智神・タキーシャだって我慢などできない。
 思わず、そう思わず、ぽろっと本音が飛び出してきてしまうこともあるかもしれない。
「俺も、お前のことが好きだったよ……」
 そっとそう耳打って、智神・タキーシャは姿を景色の中にとかしていった。
 のばされた庚子の腕を、まるでふりはらうようにして。
 思いはとどいたけれど、決してむくわれることはない。
 だけど、それを聞けたら、もうそれ以上のことは望まない。望めない。
 たとえ、それが、本当でなかったとしても。
 彼の優しさは、ちゃんと伝わってきたから。
 それだけで、もう……十分。
 庚子の思いもまた、二つの世界にふりまわされた、恋情。
 目から、涙があふれ出す。
 その場に、くずおれる。


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update:06/11/22