ファンタジア
(1)

 青く晴れ渡った空。
 そして、広がる陽気な街。
 限夢界の城下のいたるところから、人々がうかれ舞い踊る姿が浮かび上がる。
 あちらこちらに、舞い飛ぶ七色の花びら。
 光の粒がはじける。
 まるで、この春の陽気にあてられたように。
 幸せそうに、楽しそうに、笑い声がひびく。
 そのような城下からもう少しだけはずれたここでは、この建物の下の広場では、それ以上にうかれる陽気をばらまく人々でうめつくされている。
 皆、一様に、喝采を上げている。
 このめでたい日に、歓喜を上げる。
 この日、また新たな伝説が生まれることを予感して。
 それを、窓辺にたち、多少呆れたように、華久夜が見ている。
「嗚呼。あの下劣王子のにやけ顔が、容易に想像つくわね」
 汚らわしそうに、そうはき捨て。
 ふわふわの金の髪。ひらひらのドレスをふわりと舞わせ。
 触れた窓にひびをちょっぴり入れてしまう。
 それはもちろん、その下劣王子のにやけ顔を、思わず想像してしまって。
 本当、想像しただけで腹が立つ。
「華久夜さま、王子は今日までですよ」
 そして、いつ頃からそれが当たり前となっていただろう。いつも傍らにいるその女性が、すかさず揚げ足をとる。
 もちろん、それもいつものこと。
「そうだったわね。今日の結婚式の後、戴冠式も一緒にするのでしょう? 本当、忙しない男」
 その言葉に、華久夜はさらに顔をゆがめていく。
 とってもおもしろくなさそうに。
 本当、あの男がそこにいるだけで、おもしろくなくなる。
 だって、あの男は、華久夜の大好きな柚巴を、本当の意味で独り占めしちゃうのだから。
 今日、これから。
「あははっ。でもまあ、あの男らしいじゃないですか」
「迷惑なことにね」
 肩をすくめ、紗霧羅は妙に理解を示す。
 それに一瞬、「裏切り者っ」とにらみを入れたけれど、結局、華久夜も同意してしまっていた。
 だって、仕方がないから。
 相手が、あの俺様王子様とあっては。
 ……もうあきらめるしかない。
 ――ムカつくけれど。
「それにしても、常識を覆すできごとが一つ」
 思い出したように、くすりと、紗霧羅は楽しげに笑う。
 眼下に集まる、数多の限夢界の民を見ながら。
 するとその横から、くいっと紗霧羅のドレスがひっぱられた。
 そして、ちょっとすねたように口をとがらせ言ってくる。
「それは、わたしのこと?」
 それに、紗霧羅は、やはりおかしそうに笑う。
 その横の華久夜だって、負けていないくらい、楽しそうに笑みを浮かべる。
「ああ。そうだよ、庚子。ほら、いくよ」
 そして、ドレスをひっぱり返し、その女性の背をどんと促すようにたたく。
 それに、少しむっとした表情を浮かべるけれど、だけどすぐに、庚子も楽しげに笑い声を上げていた。
 だって、このように願いがかなうなんて思ってもいなかったのだから。
 それを聞かされた時、諦めていた。
 だけど、あの王子がやってくれた。
 ……これもきっと、あの少女が起こした奇跡の一つなのだろう。
「まったく、あのムカつく王子は、やってくれたわよね!」
 もちろん、華久夜だってそう思っている。
 あの王子は、御使威家以外の者でも、限夢界にやって来られるようにしてしまったのだから。
 ……だけど、それは、たった一人だけだけれど。
 柚巴の大切な人だから、柚巴の願いだから、王子様はそのような不可能なことを可能にしてしまった。
 柚巴に、もっともっと愛されたいというその一心で。
 やはり、あれは、間違いではない。
 思いの力が奇跡を起こすという、その言葉は。
 ファンタジアは、きっと、誰の心の中にもいるのだろう。
 そして、生き続けているのだろう。
 今日この日、その瞬間をその場で見届けたいと、そのような庚子の願いが、これからかなおうとしているのだから。
「だから、王子は今日までだよ。華久夜さま」
「うるさいわね。わかっているわよ!」
 そのように、相変わらずの口喧嘩を繰り広げながら、華久夜と紗霧羅は窓辺を後に歩いていく。
 その後に、くすくすと笑いながら、庚子もついていく。
 ぱたん……と、広場を見下ろしていた部屋の扉が閉められた。


 それは、階段をおりきったところで見てしまった。
 ……いや、会ってしまった。
 今まさに、この建物の前の広場へと出て行こうとするその男の姿を。
 その広場には、限夢界の民が集っている。
 その瞬間を見るために。
 そして、盛大な拍手喝采をおくるために。
 その時までは、まだまだ時間がたっぷりとあるというのに、今頃から。
「雫蛇。そんなところで何をしているのよ。ほら、あなたもきなさいよ」
 だから、華久夜は不思議そうにそう声をかけ、手招きする。
 これから華久夜たちが行く場所へ、雫蛇も立ち入ることを許されているから。
 それもまた、奇跡なのかもしれない。
 だって雫蛇は、最も重い罪を背負う、咎人のはずだから。
 あの天上界の一件より、雫蛇の罪は恩赦を与えられ軽減された。
 そして、つい数日ほど前に、すべての罪を償い終えた。
 だから彼は再び、このように、青空の下にその姿をおくことができる。
 もう二度とかなわぬと思っていた、青空の下に。
「……いいえ。わたしは、この民衆たちとともに、こちらから拝見しています」
 少し淋しげな微笑みを浮かべ、華久夜たちにゆっくりと背を向ける。
 そして、広場の中へと消えていった。
 それを、困ったように見送りながら、華久夜はぽつりとつぶやく。
「まったく、相変わらずね」
 ……そう。彼もまた、相変わらず。
 必要以上に、その身を縮めて生きている。
 本当に、窮屈な生き方をする男。
 そして、不器用な男。
 だけど、彼が幸せなら、それでもかまわないだろう。
 もうあの時のような陰は、彼につきまとってはいないから。
 だってあんなに、青空が似合っているのだから。
 それはきっと、間違いなんかじゃない。
 そうして、華久夜と紗霧羅、庚子は、回廊へと足を進めていく。
 目指すは、あの場所。
 神域と呼ばれる、その場所。
 だって、今から、そこで――


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update:06/11/29