ファンタジア
(2)

「華久夜、ようやく来たか。遅いぞ!」
 神域に姿を見せると、何故だか不機嫌な莱牙がそう呼びかけてきた。
 ……いや。何故……なんて、そのようなことはちっとも思っていない。
 だって、その理由がいやというほどよくわかるから。
 莱牙の横では、くくっと肩をゆらす茅が、ちょいちょいっと手招きしている。
 そしてその背からは、嚇鳴がひょいっと顔をのぞかせて。
 もうその時まで時間がないこの時になって、ようやく現れた彼女たちに、笑顔を送ってくる。
 そうかと思うと、反対側から、悲鳴に似た叫び声が上がった。
「もうっ! 鬼栖! 今日は大人しくしていなくちゃ駄目って言ったでしょう!!」
 みれば……やっぱり、あの人。
 呪術部屋のおちこぼれ、芽里。
 相変わらず、いたずら好きの小悪魔に振りまわされているらしい。
 とびはねる鬼栖の球体をおさえつけ、懸命に動きを封じにかかる。
 その横では、やはり、虎紅が頭をかかえていた。
「どうしてお前たちは、いつまでたっても成長しないのだ」
 そう悲痛な声をもらして。
 結局、いつまでたっても、虎紅は、お守役のお役御免はいただけないらしい。
 そうかと思うと、その背をぽんぽんとたたき、なぐさめる彼の弟、緋鷹。
 そのような光景を、新調したてのステッキをくるりとまわし、老紳士は楽しんでいる。
「まったく……。どうしてこう、落ち着きのない者たちばかりなのでしょうね」
 ふうっと、妙に哀愁めいたため息をもらし、由岐耶が横の竜桐につぶやきかけた。
 すると、当然のことながら、竜桐も大きなため息を一つつく。
「まったくだ」
 そのような、すでに疲れた様相を見せる竜桐と由岐耶の会話に、妙ににやにやとした笑みを浮かべ、祐が入ってくる。
「いいじゃないですか。今日はおめでたい日なのですから」
 すると、その横から、あっけらかんとした、亜真のちゃちゃが入る。
「あれ? 祐にしては、珍しくぼやかないな?」
「うるさいよ。亜真」
 そうして、もれなく亜真に肘鉄がお見舞いされる。
 すると当然、その後は……その場で、小さな乱闘がはじまった。
 そして、当たり前のように、竜桐と由岐耶は、さらに頭を抱えることになる。
 そのような疲れきった由岐耶の耳に、さらに頭痛の種が飛び込んできた。
「嗚呼。姫さま、どうしてあんな最低王子なんかと……」
 胸の前で両手を組み、今にも泣き出しそうな顔で、じっと真正面の祭壇を見つめる男がそうもらしたから。
 その祭壇は、今日この日のために、ここに特別につくられたもの。
 神のドームを背に、真っ白な花だけで、豪奢に飾りたてられた祭壇。
 どうして、真っ白な花だけかなんて……そのようなことは、わかりきっている。
 だって、白というその色には、特別な意味が込められているから。
 それは、あなた色に染まります、というそのような特別な意味。
「……おい。衣狭。麻阿佐の奴、ヤバくないか?」
 その麻阿佐のすぐ横で、そう衣狭に耳打つ都詩もいて……。
「ああ。すでにイっているな。もしものことがあれば、わかっているな? 都詩」
 そうして、答える衣狭もいる。
 二人は、何やら意味深長に、そして楽しそうに顔を見合わせる。
 まるで、何かよからぬことでも企むように。
「もちろん。麻阿佐を排除する。この場から!」
 互いに、拳と拳を愉快にぶつけ合う。
 その時がやってくることを、今か今かと待ちわびて。
 ただたんに、麻阿佐で遊びたいだけのような気がしてならないけれど。
 だから、由岐耶はこうなってしまう。
 そのような光景ばかりを見せつけられて。
「ああ、もう。こいつらは……」
 ぐったりと、疲労困憊。
 由岐耶には、もうそれだけしか言えなくなってしまった。
 本当にもう、心から思う。
 こいつらを、この場から、即刻つまみ出して欲しい。
 空はこんなに青くて清々しいのに、この一筋縄ではいかない使い魔たちのためだけに、由岐耶の気分はどんより曇り空になっていく。
 どうして、これほど、厄介な者たちの面倒ばかり見させられるのか……。
 そして、本日は、比礼界からも特別ゲストがやってきている。
 限夢界の王子の結婚式と戴冠式が執り行われるというのだから、彼がやってこないはずはないだろう。
 もちろん、半分以上は、王子をからかって遊んでやろうという気まんまんで。
 由岐耶が頭を抱える使い魔たちとは、ちょっぴりはなれたその場所で、一人不敵に微笑んでいる。
 ……いや。不敵というよりかは、にやにやと?
 そのような唖呂唖の耳に、なんとも間の抜けた声が飛び込んできた。
「へえ〜。なかなか盛大だねえ〜」
 見ればそれは、もう何度かその目にしたことがある――
「ああ!! 智神・タキーシャ! やっぱりやってきたのね!」
 そう、その男……神。
 本当に神なのかと疑いたくなるほどの、自由奔放ぶり。
 ぷりぷりと怒りながら、華久夜が歩み寄ってくる。
 その後を、彼女のお守の紗霧羅姐さんも面倒くさそうについてくる。
 ぽりぽりと頭をかいているから、本当にやる気がないのだろう。
「当たり前じゃない。だって、俺は、柚巴ちゃんに加護を与えているからね」
 そのような華久夜のおでこをちょんとつつき、智神・タキーシャはにっこりと微笑む。
 あきらかに、華久夜をこども扱いして、からかっている。
 瞬間、華久夜のふわふわの金の髪が、メドゥーサになっていた。
 ――やっぱり、こんな神は嫌だ。
 そのように、それぞれ、思い思いに今日のこの日を楽しんでいると……。
「みなさん、お静かに。ほら、本日の主役がやってきますよ」
 そうして、このうるさい連中を、王子様の従僕が一喝した。
 すると、本当に、向こうの白い柱の陰から、今日の主役二人が姿を現してくる。
 そのうちの一人が、先に祭壇の前へと歩いてくる。
 さわやかな春の風に、いつもは黒い、だけど今日は真っ白なマントをなびかせて。
 そして、祭壇の前までやってくると、優しい微笑みをのせ、振り返った。
 今、一人残してきたばかりの、その愛しい女性へと。
 すると、彼の視線の先では、人間の男の手に手をそえた、女性の姿がある。
 彼と同様に、幸せそうな微笑みを浮かべ。
 まるで、それだけで、互いに会話をかわすように。
 そして、その女性は、人間の男……彼女の父親に手をひかれ、真っ赤な道を歩いてくる。
 祭壇の前で待つ、その王子様のもとへ。
 純白のドレスのすそを、やわらかなそよ風にあそばせて。
 さあっと、七色の花びらが舞い上がる。
 今、ヴァージンロードを歩き、彼女の父親の手から、王子様の手へと、その女性の手がわたされる。
 瞬間、やってくれた。
 やっぱり、王子様だった。
 女性の手が自らの手に重ねられると同時に、そのままかわいい花嫁を胸の中にぎゅむっとおさめてしまった。
 そうすると、もちろん、その後はなし崩し。
 これまで時間をかけて準備してきたことも、すべてぱあ。
 王子様とそのお妃さまだけの、彼らだけの、特別にはちゃめちゃな結婚式がはじまっていく。
 王子様がお妃さまを抱きしめちゃったものだから、ここにいる、お妃さまフォーリンラブなお嬢さん三人に乱入されて。
 華久夜のふわふわの髪が、問答無用でメドゥーサと化していく。
 王子様の足元に、巨大氷柱がつきささる。
 それを、莱牙や由岐耶たちが、あわててとめにはいる。
 だけど、そのような中、王子様はちゃっかりお式をすすめていく。
 誓いの言葉とかそのようなものは全部すっとばして、さっさと誓いのキスを奪って――
 やっぱり、彼らは、こうでなければおもしろくない。


 青い青い空の下、白い白いその場所で、楽しげな笑い声の中、キスをかわす。
 永遠に、あなただけと誓うその言葉とともに。
 ようやく、王子様の長年の願いが成就された。
 そしてまた、新しい幸せがはじまる。
 未来へ向けて。終わることなく。
 喜びいっぱいつめたキスとともに、大空に舞う花吹雪とともに。
 幸せがあふれかえる。


 人間の少女と、限夢界の王子様が出会う時、運命の歯車がまわりだした。
 すべては、この時のために。
 世界を救う、奇跡の女神・ファンタジアのために。
 そして、彼らの幸福のために。

 ファンタジア。
 それは、思いの力が奇跡を起こす、幸せの合言葉――


ファンタジア おわり

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update:06/11/29