茅、戸惑う
(3)

「さあてと、それじゃあ、そろそろ仕上げにまいりますかね?」
 くすくすと楽しそうに笑いながら、世凪は再び、倒れている男へと視線を移した。
「だから待てって。お前、これはやりすぎだ!」
 その世凪の言葉と行動を、茅が慌ててとめにかかる。
 しかし、世凪はふんと笑い、茅を一笑で切り捨てる。
「……余計な真似はしないことだな。それとも何だ? お前がこいつのかわりに、俺の相手にでもなろうっての?」
 そう言った世凪の顔は、不気味に微笑んでいた。
 その世凪の表情に、茅はまたうっ……と思わずのけぞってしまったが、すぐに気を取り直し、世凪を厳しい顔で見つめた。
 茅の眼差しと世凪の視線が、それることなく絡み合う。
 互いに互いをとらえ、にらみ合う。
「ああ、なってやろう。そのかわり、もうこの男には手を出すな」
「へえ〜。それは殊勝な……。――けっ。お綺麗すぎて反吐が出るぜ!」
 世凪はそう言い捨てると、その瞬間、右手にぼわっと光の玉をつくった。
 それを見た観衆は、一斉にその場から後ずさる。
 この後に控えていることが、手に取るようにわかるから。
 世凪からさらに距離をおかねば、その桁外れの破壊力の巻き添えを食ってしまうと知っていた。
 しかし、距離をとってもなお、遠巻きに、興味深げに、茅と世凪のやりとりに注意を注ぐことは怠っていない。
「まったく、どいつもこいつも……」
 そんな観衆にちらりと視線を移し、世凪はけがらわしそうにはき捨てた。
 何か言いたそうに、ぶつぶつと口の中でつぶやいているようだった。
 それが、茅と莱牙に、疑問と戸惑いを生じさせた。
 世凪はすぐにふっと不敵に微笑み、右手をかざす。
「それじゃあ、行くぜ!!」
 その瞬間、世凪の手から光の玉がはなれ、茅めがけて飛んでいった。
 すると茅はさっと身を翻し、どうにかその玉をよけることができた。
 同時に、驚きに満ちた喚声が上がった。
 どうやら観衆たちは、この一撃で、茅がさっさとやられてしまうと思っていたようである。
 しかしそれが、予想外にも、世凪の攻撃をどうにかではあるがよけることができ、驚いた。
 だが茅は、この観衆たちとは違い、この時、少しの違和感を感じていた。
 噂に聞く世凪とは、この程度なのか……?と。
 そして世凪は、どこか手を抜いているような気がする……と。
 茅は、そこに腑に落ちないものを感じていた。
 世凪は、本気で茅とやりあおうとはしていないのではないだろうかとも、茅は感じてしまっていた。
 もしや世凪は、かなり手加減しているのでは……?とも思った。
 そしてしばらく、二人の激闘が続き、周辺の建物のあちこちに被害が……。
 と思いきや、不思議なことに、激闘が繰り広げられているにもかかわらず、まわりの建物にも、そして観衆にも、まったく被害はでていなかった。
 それに気づいた茅は、さらに違和感を覚え、困惑してしまった。

 本当に、こいつと戦っていいのだろうか?
 こいつは、本当に、噂されているような悪人なのか?

 茅は動揺した。そして、戸惑った。

 このまま戦いを続けてもよいものだろうか?
 どう見ても、本気で戦っているようには見えない。
 それどころか、まわりに被害が出ないように気を配りながら……いや、これは結界をはっているのか?
 噂に聞くあの世凪が、まわりに気を配っている?
 先ほどまで、あんなむごいことをしていた世凪が?
 この世凪という男……一体何者?
 何を考えている!?
 わからない。この世凪という男がわからない。

 茅はそのような考えに支配されてしまい、攻撃の手を一瞬ゆるめてしまった。
 その瞬間、世凪は容赦なく、光の玉を茅めがけてまた撃ち放とうと手をかざす。
 し、しまった!!
 茅がそう思い、覚悟を決めた瞬間だった。
「やめて! もうやめてください!!」
 そう叫びながら、観衆の中から一人の少女が飛び出してきて、世凪へと駆け寄った。
 それと同時に、世凪の手にあった光の玉が、とけ込むようにすうっと姿を消していく。
 茅には、それがとても不思議な光景に見えていた。
 それと同時に、命拾いしたと、一時の安堵感に浸っていた。
 あの世凪に喧嘩を売ったのだから、このままただですむはずはないとわかっていたけれど、とりあえず今は安堵してしまっていた。
「……あっちへ行っていろ」
 世凪は少し視線を下に落とし、その少女に静かに言った。
 すると少女は、ぶんぶんと首を横にふり、世凪の悪趣味な黒マントをきゅっと握り締めた。
「で、でも、もう十分です。それに……関係ない人まで巻き込まないでください……」
 そして、すがるように、訴えるように、じっと世凪を見上げる。
 ふうと、少女を見下ろす世凪からため息がもれた。
「……わかった。お前は、それで満足か?」
「……はい……」
 世凪の言葉に、少女は一瞬はっとなり、そして静かにうなずく。
 その姿は、もう十分ですといっていた。
「そうか。では、俺はもう行く」
 世凪はそう言って、ぽんと少女の頭をなでると、するりと少女の手からマントを抜きとり、そして次の瞬間にはもう姿を消していた。
 これまでの乱行がまるで嘘のように、世凪はあっさりと去って行ってしまった。
 当然、その場に取り残された者たちは、世凪のあっさりとした引きようにあっけにとられていた。
 ぽか〜んと口を開けたまま、先ほどまで世凪がいた場所を見つめている。
「な、なんだったんだ!?」
「相変わらず、訳のわからない男だ!」
「まったく、人騒がせな……! おい、誰かあの男の手当てを……!!」
 そして、次の瞬間には、そうやって、遠巻きにこれまでのことを見ていた観衆から、都合のよい中傷が飛び出してくる。
 茅たちのいる騒ぎの中心へと、ぞろぞろと歩み寄ってくる。
 それを、茅がどこか納得がいかないというように見つめ、無言でそこにたたずんでいた。
 何故、これまで遠巻きに見ているだけで何もしようとしなかった奴らが、そんな偉そうなことが言うのだろうかと、茅は心のすみで憤りに似た感情を覚えていた。
「……世凪。あの子を助けるために、あんなことをしたようよ?」
 無言でそこにたたずむ茅に、華久夜がすっと歩み寄ってきて、そして観衆にもみくちゃにされるようにおされている少女を指差した。
「え……?」
 茅は怪訝そうに華久夜を見下ろす。
「さっき、あの子に頼まれたの。世凪のもとへ連れて行って欲しいって……」
「お嬢ちゃん?」
 茅は、華久夜の言っていることがまだうまくのみこめないとばかりに、華久夜を凝視する。
 すると華久夜は肩をすくめ、くすりと笑った。
「世凪の奴、がらにもなく人助けしたのよ。……そこの男に絡まれているところを、世凪に助けられたのですって……」
 華久夜の言葉を聞いた瞬間、茅は悔しそうに舌打ちした。
「世凪……。あいつ……」
 まったくもって、してやられたというような表情を浮かべる。
「あの男、どうやら嫌な奴ってだけではないかもしれない……」
 そしてそうつぶやき、茅は困ったように華久夜に苦笑してみせた。
 すると華久夜も、それに合わせ肩をすくめる。
 ようやく、莱牙に助け出され、先ほどの少女が茅たちのもとまで連れられてきた。
 そして、少女は茅の視線に気づくと、にこっと柔らかく微笑んだ。
 その様子を、茅は、喧騒の中、複雑そうに見つめていた。
 莱牙は、「ったく、余計な仕事を増やしやがって」と言わんばかりに不機嫌である。
 そして華久夜もまた、納得がいかないと、一人憤っていた。
 ただ茅だけが、何かを考え込むようにその場にたたずんでいる。

 世凪……。あいつの本質がわからない。
 あいつは一体、何を考えている?
 ……あいつの考えていることが知りたい。
 世凪を知りたい。

 茅は、いつしかそう思うようになっていた。
 この奇怪な世凪との出会いにより、茅は、世凪という男に興味を抱いてしまったらしい。
 かわいそうなことに。不幸なことに。
 そうやって思い悩む日々が続いた後、茅は再び世凪と顔をあわせることになる。
 それは、一人の少女がもたらした再会だったのかもしれない。
 その時には、気になっていた世凪について、茅も知ることになるだろう。
 この莱牙、華久夜をも巻き込んで、一人の少女を通し、世凪の思いまでをも知ることに……。
 そして、その時ようやく、茅はこの迷いから、戸惑いから抜け出すことができる。
 世凪という男の、真の姿を知ることになる――


茅、戸惑う おわり

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update:03/12/04