莱牙の憂鬱
(3)

 城下。
 世凪が王のとらわれの身……手伝いをしているばかりに、一人暇を持て余していた柚巴の暇つぶしにつき合おうと、莱牙たちはともに城下へやって来た。
 つい先ほどまで、紗霧羅と二人、歩いていたこの街。
 まさか、こんなに早く、またやって来ようなどとは思いもしなかった。
 それでなくても、最近は、城下を歩きにくくなったというのに。
 しかし、それでも、こうやって柚巴が楽しんでいるのなら、それはそれでいいだろう。
 案の定、莱牙など無視して、女三人組は、きゃあきゃあと騒ぎ立てている。
 あちらのカフェのケーキがおいしいだの、そちらの服飾店にかわいいドレスがあるだの……いかにも、女性が好みそうな会話を繰り広げている。
 まったくもって、かしましいとはこのことをいうのだなと、莱牙は妙なところで納得してしまう。
 それでもやはり、楽しそうにはしゃぐ柚巴を見ていると、自然、顔の筋肉がゆるんでしまうことは否定できない。
 はじめて柚巴をその目にした時のことを、ぼんやりと思い出す。
 あの時は、きらきら光って、輝いて、神々しさまで感じてしまった。
 だから、目を奪われたその瞬間、柚巴が女神に見えていた。
 あれは……美の女神・ローレライの泉のそこだったから、そう見えたのかもしれないが。
 いや。そんな場所でなくとも、一目見た瞬間、柚巴に恋していたという奇妙な自信はある。
 本当に……こうして見ていても、柚巴はとても清涼な雰囲気をまとっているから。
 そんな柚巴に恋しない男など、この世にいるはずがない。
 あの限夢界きっての暴れん坊世凪でさえ、柚巴に心奪われたのだから。
 莱牙が柚巴に恋に落ちるのも、不思議ではない。
 こうやって、後をついてまわっているだけで、とても優しい気持ちになれるから。
 この世で最も愛しい少女、大切な妹、そして……その気持ちを分かち合うことができる同志。
 今前を歩く三人の女性は、それぞれに、莱牙にとって特別な存在。
 すでに、柚巴は、世凪……王子の婚約者として顔も名前も限夢界中に知れ渡っているが、まさか、莱牙、紗霧羅、華久夜の護衛がついているにもかかわらず、ちょっかいをかけてくるようなそんな馬鹿な輩はいない。
 もちろん、ただでさえ目立つ集団なのに、そんなに騒ぎたてて目立たないはずもない。
 しかし、柚巴たちは、そんなことは気にせず、楽しげに城下を散策する。
 だから莱牙は、そんな柚巴たちを見て、多少疲れたような気がする。
 本当に、パワフルな女性陣である。
 相変わらず、莱牙は、ぼんやりと、人でごったがえす表通りを、やる気なくのろのろと歩いていく。

「ありゃ。莱牙さまが消えた……」
 それから、数分後のこと。
 ちょうど城下の中央の広場に来た時、紗霧羅は突然、そんなすっとんきょうな声を上げた。
 広場の中心に位置する時計台を、ぽかんと口をあけ、間抜け顔で見上げていた柚巴と華久夜は、紗霧羅のその言葉にすっと視線を落としてくる。
 見れば、やっちゃった……という表情を浮かべ、愛想笑いをしている紗霧羅がいる。
「え……? お兄さま、消えちゃったの?」
 そして、たいしたことはない、つまらないこととでも言いたげに、華久夜がさらりと言い捨てる。
「はい」
 それに紗霧羅も、さらりと即答する。
「ま、いっか」
「そうですね」
 さらには、そんな言葉でさっさとその話題に終止符をうってしまった。
 そうやって、柚巴の服の袖をぐいっとつかみ、華久夜は、得意げに、この時計台の由来について話しはじめる。
 紗霧羅もまた、その話にはあまり興味はなさそうで、すぐ近くにある、限夢界ではポピュラーなお菓子のワゴンに目をとらわれていた。
 あまくおいしそうな香りが、ぷ〜んと漂ってくる。
 買うか買うまいか、一人、思案しはじめてしまった。
 そんな二人を前に、柚巴は、おろおろとしている。
「ちょっ……。華久夜ちゃん、紗霧羅ちゃん……!」
 しかし、華久夜は時計台についての講義に夢中になり、紗霧羅はお菓子のワゴンにふらふらとひかれていっている。
 まったくもって、柚巴の言葉など聞いていない。
「ねえ。だから、二人とも!」
 まず、どちらを止めればいいのか、柚巴は右往左往しはじめる。
 華久夜の講義をとめるべきか、ふらふらとひかれていく紗霧羅を連れ戻すべきか……。
 いや、それよりも何よりも、今は……。
「んもう!! 二人とも、聞いてよっ!!」
 とうとう、柚巴の頭はパニックを起こし、爆発してしまった。
 華久夜の口を左手でがばっと覆い、ワゴンにひかれていく紗霧羅の腕を右手でがしっとつかむ。
 それで、二人はようやくとまった。
 しかし、二人とも、怪訝そうに柚巴をじとりと見つめる。
 一体、何にそんなに怒っているの……?と。
 これまでの柚巴の戸惑いなど、二人はまったく意に介していないようである。
 それ以前に、莱牙のことなどどうでもいいといった様子だけれど。
 莱牙なんて放っておいて、今は、柚巴のために、何か喜ぶことをしてあげたいと思っている。
 三者三様の思いがある。
「な、何だい。柚巴?」
「そうよ、柚巴。いきなり大きな声をだして。驚くじゃない」
 途中で意思をくじかれたことに、華久夜と紗霧羅は、柚巴に非難の眼差しを送り、ぶうぶうと不平をもらす。
 すると、柚巴はむうと頬をふくらませ、顔を赤くしていく。
 とうとう、ご立腹してしまったようである。
 思い思い、それぞれ自分のしたいように振る舞う二人に。
 いや。そうではなく……。
「そうじゃないでしょう、二人とも。莱牙さまがいなくなっちゃったのよ。探さなきゃ!」
 柚巴は、それをいちばん言いたかった。
 莱牙がいなくなったというのに、そんなことはどうでもいいと、さらっと無視をする二人に。
 どうしてそんなに冷たいの?と、むうと二人を見つめる。
 しかし、柚巴のにらみなど、この二人にとってはたいしたことはない。
「お腹がすいたら帰ってくるわよ」
 けろりと、つまらなそうに華久夜が言い捨てた。
「そんな……犬猫じゃあるまいし……。とにかく探さなきゃ」
 兄を兄とも思わぬ華久夜のそんな暴言に、柚巴は半ば脱力しかけている。
 たしかに、それでは、莱牙はまるで家畜のような扱いである。
 実際……華久夜にとっては、ペットのような存在かもしれないけれど。
 普段から、あんなに好き放題莱牙で遊んでいるのは、そう思うからこそであるのかもしれない。
「大丈夫だよ。莱牙さまはあれでも一応、王族だ。そう簡単に死にゃしないよ。はぐれたとわかれば、勝手に屋敷に戻るさ」
 紗霧羅も紗霧羅で、そんな暴言めいたことをさらりと言ってのける。
 死にはしないとか、そんな問題でもないのに……と、柚巴はむむむと眉間にしわを寄せていく。
 どうしてこの二人は、そんなにぞんざいに莱牙を扱うことができるのか……。
 はぐれたら、普通は心細く思うものじゃないの?と、じとりと二人を見つめる。
 しかし、柚巴のそんなあまい考えが、この二人に通じるはずがない。
「そんなことより、柚巴。もっと楽しみましょう!」
 そうやって、ぐいっと柚巴の手をとる華久夜によって、あっさりと片づけられてしまった。
 やはり、莱牙など、所詮、この程度の扱いで十分と言わんばかりに。
 そんな華久夜の後ろでは、にっこりと微笑む紗霧羅まで……。
「だから……そうでなくて……」
 柚巴はそう言いかけたが、そこで言葉をとめた。
 もうこの二人には何を言っても無駄だと、とうとう諦めてしまったようである。
 楽しそうにはしゃぐ華久夜と、にやにやと意地悪く微笑む紗霧羅によって、柚巴はずるずると街の中に引っ張られていく。
 どうやら、華久夜も紗霧羅も、わかっていてわざとしている……。
 柚巴は、とりとめなくそう思ってしまった。
 おしりに黒く長い尻尾をはやしたこの二人を見ていると……。


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update:04/10/19