莱牙の憂鬱
(5)

 限夢宮。
 そこの大広間で、今宵、宴が催されている。
 ……といっても、ごく内輪のもののようで、女性陣が美を競い合ったり、男性陣が敵情視察したり……などといった無粋なものは行われていない。
 あり得ないほど、わきあいあいとした雰囲気をかもし出している。
 時間は静かにゆったりと流れていく。
 今夜の宴もまた、柚巴と世凪の婚約が発表され……いや、正確には、王子の正体が世凪だと限夢界中に知れ渡ってしまってから、しばしば内々に催されているうちの一つ。
 重臣たちが、我先にと言わんばかりに、もちまわりで、とっかえひっかえ馬鹿騒ぎを繰り広げている。
 二人の若き王族を取り合っている……。
 と見せかけて、本当は、ただたんに、自分たちが飲めや歌えやの馬鹿騒ぎをしたいだけなのではないか……と、近頃は思いはじめてきたけれど。
 当初は、世凪と柚巴と是非ともお近づきになりたい……と、ぎらぎらに目を輝かせたおじさまたちが群れをなしていたけれど、どうもとりつくしまがないとあきらめたのか、近頃ではそんな様子はない。
 しかし、この人だけは例外である。
 同じ相手にされないでも、この人にはまだ一縷の望みがあるとみているのか、執拗につきまとう。
 誰にも触れさせないぞと柚巴を独り占めして、まわりにぎんぎんと敵意をふりまいている世凪の横に、疲れたように立つ王子のいとこ。
 傍流においやられたはずの王族、莱牙。
 これまで、彼は自らが流していた浮名も影響し、重臣たちはもとより、臣下からつまはじきにあっていた。
 しかし、近頃の彼の目を見張る活躍ぶりに、重臣たちは彼を見直しはじめてきている。
 むしろ、王子だとわかった今でも暴れん坊にかわりない世凪よりも、莱牙の方がお近づきになりやすいと思っているのか……。
 どうも、莱牙の人気が急上昇のようである。
 もう人のものになってしまった王子よりも、まだ人のものになっていない王子のいとこを、是非娘の婿に……とでも思っているのかもしれない。
 馬鹿騒ぎに見せかけて、実は婿とり合戦をしている……?
 誰もが、彼の父親が傍流に追いやられたその理由理由(わけ)を忘れはじめているようである。
 それは、よいことなのか……それとも――
 柚巴と世凪とともに、限夢界を救った英雄たちをたたえる宴は、飽きずにまだまだ続くと見込まれている。


「あれ? あなたは……?」
 お祭り色のホールから、バルコニーへ避難してきた柚巴がつぶやいていた。
 さすがに、あのような場所にいては、体がもたないと思ったのだろう。
 皆、未来の王妃にグラスをすすめてくる。
 逃げるようにバルコニーへやってくると、そこには先客がいた。
 秋の夜の風を受け、しっとりと闇を見つめるその少女は、柚巴の知る者だった。
 といっても、よく知っているわけではない。
 今日の昼間、垣間見た程度……。
 たしか、莱牙が迷子になって、ようやく見つけた時、彼と一緒にいた少女。
「あ……。柚巴さま……!?」
 柚巴のつぶやきにすかさず反応し、夜の王宮の庭を眺めていた少女は、振り返りそう言葉を返す。
 少女の背では、幾何学模様に造られた闇の庭がぽっかりと口を開いていた。
 闇に……吸い込まれそうな装いを見せている。
「え? ああ、うん。そうだけれど……あの……?」
 名前を知られていたことに、柚巴は不思議そうに首をかしげる。
 たしかに、柚巴の名前だけなら、限夢界中に知れ渡っていてもおかしくはないと思うけれど……。
 ほとんど初対面で、名前を名乗っていない相手が、見事に顔と名前を一致させるなんて……。
 そういった驚きの色で、柚巴は目を見開く。
 すると、柚巴の前にいる少女……未鵺は、眉尻を下げ、くすりと肩をすくめた。
「申し訳ありません……。わたし、知らなかったとはいえ、昼間はご挨拶もせず……」
 どうやら、柚巴の疑問に答える気はないらしい。
 むしろ、そんなことをしては、かえって失礼に値するとでも思ったのだろう。
 何事もなかったかのように、会話を進めていく。
 まずは、昼間の非礼をわびるところから。
 たしか、父親は書記長と言っていたから……その辺りの教育は、しっかりされているようである。
 また、近習ばかりが集うこの宴の席にいる……ということは、王族にかなり近しい者と思っても間違いないだろう。
「ううん。わたしもごめんなさい。あのまま莱牙さまに引きずられるように、そのまま去って行っちゃって……」
「いいえ」
 未鵺は首を横にふるっとふり、きっぱりと否定する。
「それにしても驚いた。あなたも、この宴に出席していたのですね?」
 こつこつとヒールを鳴らし、柚巴は未鵺の横まで歩み寄る。
 そしてそこで、てすりに両手をかけ、んーとのびをし、夜の庭を眺める。
 吸い込まれそうな夜の闇も、柚巴にとっては別段恐ろしさをはらんだものではないらしい。
 気持ち良さそうに、風に身をなでさせている。
「はい。今日は……その……わたしの父が主催していますので」
 そんな柚巴を、正視することはおこがましいとばかりに、目のはしにとらえ、静かな笑みを浮かべる。
 その瞳に込められた光は……敬意をあらわしているように思える。
 この方が……限夢界を救い、王子のお心を射止めた方……。
 未鵺の目は、そう言っている。
「え? じゃあ、書記長さんの?」
 未鵺の言葉にくるりと首をまわし、柚巴は首をかしげる。
 その仕草が、未鵺の目には、愛らしく、そして親しみ深く映った。
 この方がいずれ王妃におなりになるのだと思うと……誇らしく思える。
 いろいろ噂は聞くけれど……きっと、気さくでいい人なのだろうと思う。
 今もこうやって、普通に自分のようなものと話をしてくれているのだから……。
 王族とは、もっと近寄りがたい存在だと思っていた。
 同時に、そのように思えた。
「はい。未鵺と申します。お見知りおきくださいませ」
「わたしは柚巴です。よろしくね」
 ふわりと微笑みを浮かべそう名乗ると、柚巴もまたにっこりと微笑み、それに応じた。
 それからやはり、こんなに恐ろしく見える夜の庭を、穏やかな笑みを浮かべ、柚巴は眺める。
 その姿に、何か不思議な感情がこみ上げてくる。
 この方には……敵わない。何をおいても……。
 そんな、絶対的な敗北感といおうか……畏怖の念といおうか……。
 逆らえない何かが柚巴にはあると思えた。
 このおだやかさには、誰も敵わない。
 ただそうやってここにいるだけで、圧倒的な存在感を示されているようで……。
 この方が、未来の王妃――


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/10/27