莱牙の憂鬱
(9)

「莱牙さま。今日は大活躍でしたね〜」
 くすくすと笑いながら、皮肉るように紗霧羅が莱牙を見る。
 すると当然、ぴくりと眉をあげ、莱牙はじろりと紗霧羅をにらみつける。
「それは皮肉か?」
「いやいや。誉めているのですよ。柚巴、これで、莱牙さまを見直しましたね?」
 そう言って、紗霧羅はとうとう、けらけらと笑い出してしまった。
 いつものことだけれど……紗霧羅は、莱牙をからかって、思いっきり楽しんでいる。
 ここに華久夜がいれば、もっと楽しいことになっているに違いないだろう。
 二人がかりで、莱牙を打ちのめす。
 普段仲の悪い二人だけれど、そういう時だけは、すこぶる仲がよくなるから不思議でたまらない。
 莱牙は、常々そう思っているようである。
「それにしても……莱牙さま。大丈夫ですか?」
 急に笑いをやめ、紗霧羅は静かにそう問いかけた。
 複雑に微笑み、心配そうに莱牙を見ている。
「……何がだ?」
 そんな紗霧羅に、莱牙はいたって平然とそう言ってのける。
 今では、それが莱牙なりの気づかい、強がりだと、紗霧羅にもわかってしまう。
 莱牙は、他人に決して弱いところを見せない、生まれながらの王族なのだろう。
 ふと、そう思う時がある。
 同時に、そんな莱牙を見ているのが辛くなる時が紗霧羅にはある。
 今だって、莱牙は辛いはずなのに……。
 だって、今は、恐らく……。
「その……今……柚巴は……」
 紗霧羅は、言いにくそうにごもごもと口ごもる。
「仕方ないだろう。あれは、世凪を好いている。……俺が……とやかく言えるわけがない」
 ふっと遠くを見るような目で切なく微笑み、莱牙は静かにそう言った。
 それに、紗霧羅も苦しそうに微笑む。
「そう……ですね……」
 紗霧羅はそうつぶやくと、そこでぴたっと足をとめた。
 そして、回廊から見える風景に視線を馳せる。
 ぎゅっと……胸がしめつけられそうなほど、切なげに微笑んでいる。
 莱牙も、急に足をとめた紗霧羅に気づき、不思議に思いながらも、紗霧羅より数歩先を行った場所で足を止めた。
 そこはちょうど、先ほど、未鵺が隠れた部屋の前。
 すると、それを待っていたかのように、紗霧羅が苦しそうに言葉をもらす。
「莱牙さまは……このまま、使い魔を続けるおつもりですか?」
「は?」
 莱牙を見ようとはせず、ただじっと景色を見つめる紗霧羅に、怪訝な視線を投げつける。
 それでもやはり、紗霧羅はそこから視線をはずそうとはしない。
 そのままで、続ける。
「柚巴も言っていました。……もう使い魔の必要もなくなったことですし、莱牙さまとの契約は、白紙に戻してもいいと……」
「……それは、どういう意味だ?」
 急に、莱牙の声が強張ったような気がした。
 どすのきいた低い声で、うなるようにつぶやく。
 紗霧羅は、莱牙のそのような反応は承知していたのだろう。
 まったく驚いた様子なく、静かに続けていく。
「……柚巴なりの……心遣いなのでしょうね?」
 紗霧羅の口からその言葉がもれると、莱牙は瞬時に、苦虫をかみつぶしたかのように顔をゆがめた。
「まったく、あいつは何を勘違いしている!」
 そして、むすっとすねてそうはき捨てる。
 そんな莱牙に、紗霧羅はようやく視線を戻していく。
 その目は、優しい色をたたえ、莱牙をとらえる。
「そうですね。だけど、見ているこちらも辛いのですよ? 莱牙さま……」
「え……?」
 眉間にしわを寄せ、不思議な……あり得ない言葉でも聞いたかのように、莱牙は紗霧羅を見つめる。
 そんな莱牙に、紗霧羅は眉尻を下げ、肩をすくめて見せる。
「忘れろ……とは言いません。だけど、莱牙さま。そろそろ、他に目を向けてはいかがです?」
 ふっと……切なそうな微笑が、紗霧羅の顔に浮かんだ。
「他に……?」
 莱牙は、まるでつかみどころのない会話を繰り広げているような、そんな怪訝な色を浮かべる。
 じっと、その発言の真意を探るように、紗霧羅を見つめる。
「柚巴を思うなら……そして何より、いつも莱牙さまの心配をされている華久夜さまを思うなら……」
 ……そうされてはいかがです?
 さすがに、そこまでは音にすることはできなかった。
 しかし、問いかけるように見つめてくる紗霧羅のその目は、何も語らずとも、莱牙にそう伝えている。
 もちろん、莱牙もそれがわからないほど鈍くはなく……。
「……」
 結局、莱牙は何も答えようとしなかった。
 いや、答えられなかったのかもしれない。
 そんなこと、思ってもいなかったから。
 ただ、莱牙が、いつまでも柚巴を思い続けていたって……。
 それは、何も変わらない、何も生まないということを理解していて、なお、その気持ちをもち続けようと思っていたから……。
 だけど、それが、まわりの者たちに望まぬ思いを抱かせてしまっている?
 何より、心配かけまいとしている柚巴に……?
 今まで、そんなこと思いもしなかった。
 莱牙が柚巴を思い続けることは……もしかして、罪なのか……?
 しかし、紗霧羅はそれを決して責めていない。
 それはわかる。
 紗霧羅はただ、純粋に、莱牙を心配してくれている……。
 莱牙は今にも泣き出してしまいそうなほど苦しげに、じっと紗霧羅を見つめる。
 そしてそのまま、すっと紗霧羅の両腕をつかんだ。
「……莱牙さま……?」
 当然、いきなりの莱牙のその不可解な行動に、紗霧羅は不思議そうに問いかける。
 すると莱牙は、ふいっとうつむき、そこで、ぽそりとつぶやいた。
「しばらく……しばらく、こうしていてくれ」
 ゆっくりと、紗霧羅の腕に額を寄せていく。
 それはまるで、紗霧羅に一時の救いを求めているように見えた。
 紗霧羅は何も言わず、ただこくんとうなずくだけだった。
 切なそうに莱牙を見つめ。

 扉のこちら側には、必死に声を殺す未鵺がいる。
 扉に預けたその体が、がくがくと小刻みに震えている。
 見なくとも……今、扉の向こうの二人が、どのような状況にあるのか、手に取るようにわかってしまったから。
 とめようと思ってもとまらない涙が、次から次へとあふれ出し、もらさないようにと努力する声が、かすれて小さくもれる。
 声にならない嗚咽が、意思とは関係なくもれる。
 未鵺は、悟ってしまった。わかってしまった。
 今の、莱牙と紗霧羅の会話から。
 莱牙は……柚巴だけでなく、紗霧羅も……。
 そして、莱牙のその思いは、決して、未鵺に向けられることはない――


 その後も、莱牙の苦悩が続き、同時に憂鬱も続く。
 しかし、それもしばらくのこと。
 莱牙は、その憂鬱から解放されることになるだろう。
 だけど、もうしばらくは、簡単には、この日々は莱牙を手放してはくれないことも事実のようで……。

 ――莱牙の憂鬱は、今日も続く。


莱牙の憂鬱 おわり

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update:04/11/12