チョコと王子様

「なあに、世凪。そわそわしちゃって。不気味ね〜」
 七色に花が咲き乱れる、限夢宮中庭。
 ここは、限夢界の王子様にとって、とても大切な場所。
 一つは、王子様の思い出の場所として……。
 そして、もう一つは、この世でたった一人、心をゆるす、愛しいその少女とあまい?時間を過ごす場所として。
 だから、この場所は普段、許可なしに近づくことはできない。
 ある時期を境に。
 特定の人々を除いて。
 王子様が、十年以上思い続けてきたその少女を手に入れた時から。
 この場所を利用しなければならない、特殊な契約を結ぶ人々を除いて。
 ……彼らは、同時に、暴れん坊俺様王子様を恐れない人々でもある。


 七色の光を放つ花の中から、ぴょこんと顔をのぞかせ、いたずらっぽく微笑む一人の少女。
 ふわふわの金の髪を風に遊ばせ、その姿からは想像ができないほど、意地の悪い視線をテラスにいる王子様に向ける。
 王子様は、先ほどから、目もあてられないほどうかれ、ふわふわと宙を漂っているから。
 頭に、ぽんと大輪の花が咲いてしまいそうなほど。
 そんな思わず顔をしかめてしまうようなものを見せられているのだから、毒づきたくもなる。
「うるさい、華久夜!」
 テラスをいったりきたりと、ずっと落ち着かない王子様は、思いっきり図星をさされ、花の中の華久夜を怒鳴りつける。
 しかし、そんなことで、この華久夜がひるむはずがない。
 むしろ、ますます調子にのり、憤る王子様を挑発していく。
 どうして、王子様がこんなに落ち着かないのか、その理由(わけ)を楽しいくらいとってもよく知っているから。

 季節は冬。
 寒風が吹き、雪もちらつく。
 しかし、この時期、人間界では、不思議とみんなうかれている。
 ふわふわであたたかで、そして何故だかピンク色。
 女の子たちはきらきらと輝き、男の子たちはそわそわと落ち着かない。
 そんな光景が、あちこちで見られる。
 その影響が、限夢界にも――王子様限定で――あるらしい。
「相変わらずムカつく男よね、あんたって。別にそわそわしなくても、柚巴ならちゃんとくれるわよ。チョコ」
 ぷちんと花を一輪つみとり、それをひらひらとふってみせる。
 にしゃりと、楽しそうに笑いながら。
 同時にほんわり香る、あまく優しい花の香り。
 瞬間、王子様の顔が、ぼんと赤面した。大噴火。
 普段、ムカつくくらい冷静を装い――実際には、楽しいくらい装えていないけれど――不遜にふるまう、あの王子様が。
 そして、決定打として、何もないところで、つまずいてくれる。
 ……なんだかとっても、目をそむけたくなるその無様な姿。
 そんな二人のやりとりを、テラスの柱にもたれかかり静観していた莱牙も、思わずぷっと吹き出してしまっていた。
 あまりにもわかりやすい、世凪のその反応に。
 これでは、俺様王子様もかたなし。
「な、なんてわかりやすい奴なの。あんたって」
 俺様王子様が、ここまで取り乱す原因をつくってしまった当の本人は、思いっきりあきれてそんなことをつぶやいていた。
 花の中から出て、テラスにいる莱牙に歩み寄りながら。
 そして、莱牙のところまでやってくると、嫌がる莱牙の髪に、今つんだばかりの花をさす。
 「それをとったら、ただじゃおかないわよっ」と、無言の圧力をにっこりかけて。
 もちろん、華久夜ににっこり笑顔をいただいてしまった莱牙は、そのまま絶句し、うなだれる。
 この小悪魔な妹には、さからえないから。
 天地がひっくり返っても。
 いつもなら、こんな兄妹のやりとりをみたら、必ずといっていいほどからかいはじめる王子様だけれど……どうやら、先ほどの言葉がかなりきいているらしく、今はそんな余裕はないらしい。
 顔を真っ赤にしたまま、一人、ぶつぶつと言っている。
 よく晴れ渡った青い空に背を向け、日陰で。
 そんな王子様をよそに、こちらの兄妹は、まだまだ続けてくれる。
「あ。お兄様。心配しなくても、お兄様にはもちろんないから。柚巴からのチョコ」
 無駄にさわやかににっこり微笑み、撃墜してくれる。
 四方から、心臓を、竹やりでぐっさりとさされたようなそんな痛みがはしる。
 いくら限夢人といっても、実際にそんなことをされてしまったら、とっても大変なことになるけれど。
 だけど、その言葉が、それくらい莱牙を打ちのめすには十分すぎる言葉ということも事実。
 そんなことくらい、言われなくたってわかっている。
 いくら愛しい少女が、あのムカつく王子様のものになったといっても……まだまだ認めることなんてできない。
 少女のためには、諦めるのがいちばんだとわかっていても、どうにもならない。
 だって相手が、よりにもよって、こんな男だから。
 すぐ横で、鼻の下をだらしなくだら〜んとのばしている、このうかれた男。
 ……まあ、相手がこの男でなくたって、自分以外の男は認めてなんてやらないけれど。
「華久夜、お前な〜……」
 紫の髪にかざられたばかりの七色の花を、乱暴に取り払う。
 そして、華久夜のふわふわの金の髪に、それをぼすっと差し込む。
 もちろん、その目は、憎らしげに華久夜をにらみつけて。
 これが、莱牙にできる、精一杯の反撃。
 これ以上しては、この怖いもの知らずの妹を暴走させかねないから。
 ここが、まあ、自分の屋敷ならそれでもかまわない。
 しかし、よりにもよって、王宮の中庭。
 王宮でも、少々破壊したって莱牙にはどうでもいいことだけれど……。
 むしろ、このムカつく王子の居住区だったら、そのまま吹っ飛ばしてもらいたいくらい。
 だけど、現在いる場所は中庭。
 これが、重要ポイント。
 ここを破壊なんてしてしまったら、今人間界にいる柚巴が、復旧するまでの間、こちらの世界にやってこられなくなる。
 それだけは、絶対にさけなければならない。
 煮えくり返るはらわたを、必死でなだめて、怒りに耐える。
 とても楽しそうに笑う悪魔な妹を前に。
 だって、明日は……。


 ――人間界は、二月の半ば。
 もうすぐそばまで、バレンタインというどきどきなイベントが迫っている。
 限夢界には、そんなものは存在していないけれど、そこは、普段から人間界を行き来しているこの人たち。
 もちろん、人間界のそういうイベントはちゃっかり把握している。
 とりわけ、恋する男の子たちは。

 そんな大切な日。
 柚巴が、こちらの世界にこないはずがない。
 いまだに、すぐ横で、顔を真っ赤にし、うろたえたままのこんなくされ王子のために、柚巴は絶対にやって来る。
 王子様的には、自分が人間界にいって、他の者たちを限夢界に足止めしたいところだろうけれど……。
 柚巴のご機嫌がこの世で最も怖い王子様は、柚巴にさからうことができない。
 だから、柚巴が限夢界にくると言っているからには、王子様にはとめられない。
 そして、それが、今は真っ赤になっているけれど、先ほどまで、王子様がそわそわしていた原因。
 愛しくて、大切なあの少女から、愛の証ともいえるチョコレートをもらえる日。
 柚巴から、大好きと言ってもらえる――はずの――日。
 あわよくば、愛しい少女をいただけちゃう日。
 ――王子様の中では、少々ゆがんで認識されているようだけれど――
 莱牙だって、柚巴がチョコを渡すのは、世凪ただ一人だけとわかっているけれど……。
 それは、この男を殺してやりたいくらい憎らしいけれど……。
 その愛らしい姿を垣間見ることができるチャンスだから、ちょっぴりなら嬉しい。
 ……いや。思いっきり喜ばしい。
 視界から、この男の姿だけシャットアウトすればいいだけのことだから。
 だから、そわそわと落ち着かない世凪を馬鹿にしつつ、本当は莱牙もうきうきしていたりする。

「いや〜ね〜。みんなそろいもそろって、人間界の低俗な風習に遊ばれちゃって。……あ。違うわ。風習が低俗なのではなくて、この男たちが低俗だったのだわ」
 ぶすっと髪にさされた花をとりながら、華久夜は妙に悟ったように、そして馬鹿にしたように、ふうっとため息をもらす。
 もちろんその後は、嫌味ったらしく流し目を送って。
 くすくすという嘲笑までおまけしてあげる。
 本当は、イベントが低俗なんて思ってはいないけれど、こう目の前で、明らかに浮き足立つ男たちを見ていると、ついつい馬鹿にしたくなってしまう。
 ――いや。ただたんに、この二人をからかうのが楽しいだけ?
「殺すっ!」
 さすがに、その言葉には、真っ赤になっていた王子様も正気を取り戻したらしく、ぼきんと指を鳴らしてみせる。
 その目は、やけにぎらぎらと輝いて。
 華久夜をにらみつけて。
 それに続き、莱牙ががしっと華久夜の両手を拘束した。
 そして、くる〜りと、世凪の方へと華久夜を向ける。
「珍しく意見が合うな。世凪」
 そんな愉快な言葉をそえて。
 目が不必要にすわってしまっていることは、触れてはいけないことだろう。
 もちろん、世凪の目も、すでにすわっている。
「不気味だがな」
 にやりと微笑み、もう一度、ぼきぼきっと指をならして聞かせる。
 瞬間、華久夜の顔から、さあっと血の気が引く。
 どうやら、世凪も莱牙も、今回に限っては本気らしい。
 そのような華久夜を見て、二人はにやりと楽しそうに微笑む。
 それを目にした次の瞬間、華久夜は、真っ赤になり、叫び散らしていた。
「な、なによー! 図星をつかれたからって、男二人がかりで、かよわい女の子をいためつけようなんて、最低よ!」
 両手を拘束する莱牙からのがれようと乱暴に腕をふり、同時に、目の前の世凪を蹴り飛ばしてやろうと、両足をばたつかせる。
 しかも、そのふわふわの金の髪が、意思を持ったように動き出してしまっている。
 これは……ピンチ?
 莱牙が。
「誰が弱いんだ、誰がっ!!」
 呆れたような叫び声が、ステレオであがっていた。
 そして、苦しそうな莱牙のうめき声も続けてあがる。
 意思をもって、うねうねと動き出した金の髪が、案の定、莱牙の首に巻きついてきて。
 ぎちぎちとしめあげていく。
 ――たしかに、一体誰が、かよわい女の子≠ニいうのだろう?


「え? 世凪? 待っていたの?」
 翌日、紗霧羅に連れられて限夢界にやってきた柚巴を、現れた瞬間、世凪が抱きしめていた。
 だから、柚巴はすでに世凪の腕の中。
 もちろん、それと同時に、紗霧羅は王子様に弾き飛ばされている。
 そこで、今すぐにでも()ってしまってやろうと、紗霧羅は氷の杭をその手の中に用意する。
 そろそろ、この王子様には、お灸をすえてやらねばならないと思っていたろころだし。ちょうど。
 にじりにじりと、世凪の背後に近づいていって――
「はい。紗霧羅ちゃん。どうぞ」
 その杭を、このムカつく王子につきさしてやろうとかまえた瞬間、するりと世凪の腕の中から抜け出した柚巴が、そう言って小さな袋を紗霧羅に差し出していた。
 ピンク色のかわいいリボンの小さな袋。
「……え?」
 その袋を見た瞬間、かまえたままになっていた紗霧羅の手の中から、氷の杭がすうっと消えていく。
「これはね、紗霧羅ちゃんへの、バレンタインチョコだよ」
 にこにこと、無邪気な微笑みを紗霧羅に向けてくる。
 それにつられるように、紗霧羅もほわんと笑みを浮かべ、柚巴の手にのる小さな袋を手にとっていた。
 すでに、先ほどまでの怒りは、きれいさっぱり消え去ってしまっている。
 だって、バレンタインチョコといえば――
「あ、ありがとう……」
 ぽっとほんのり頬を赤く染めて、気恥ずかしそうにつぶやく。
 それに、柚巴もにっこりとこたえる。
 とっても嬉しそうに。
 もちろん、そんなやりとりをしているすぐ後ろでは……王子様がフリーズしている。
 しかし、柚巴は、そんな世凪をさらっと無視して、指折り数えはじめた。
「それからね〜、後は、華久夜ちゃんでしょう、莱牙さまでしょう。虎紅さんに、芽里さん。そして、鬼栖ちゃんに、幻撞おじいちゃんにもあげるんだ。あ。王様にも……」
 そんなあり得ない名前を、つらつらあげていく。
 しかも、人間界ではすでに、父親の使い魔たちにもチョコをわたしずみらしい。
 「竜桐さんたちには、もうあげてきたんだ」と、嬉しそうにつけ加えているから。
 雷にうたれたような、一トンはありそうなダンベルで脳天を殴られたような、そんな衝撃が世凪にお見舞いされる。
 ふら〜りと、頭も足元もゆれる。
 あまりもの衝撃のために、もう正気をたもてない。
 だってだって、バレンタインチョコといえば……。
「ちょ、ちょっと待て、柚巴。お前……」
 しかし、それでも、これだけは言わずには、聞かずにはいられない。
 もう、頭の中は真っ白。
 燃えつきたといっても、過言ではないかもしれない。
 それでも、これだけは……。
「え? バレンタインって、普段お世話になっている人や、大好きな人たち≠ノ、チョコをわたして、感謝を伝える日でしょう?」
 もう焦点のあっていないその目で見つめてくる世凪を見つめかえし、柚巴はあっけらかんと言い放った。
 無慈悲にも、そんな刃のような言葉を。
 爆弾投下。
 夢見る?俺様王子様に。
 まるで、それがすべてで、正解のように。
 ――どうやら、柚巴は、バレンタインを、少々はき違えて理解しているらしい。
 きょとんと首をかしげる柚巴の横では、紗霧羅が必死に笑いをこらえている。
 さっきまでのあの幸せな気分を、返して欲しい。
 瞬間、そんな思いとともに、奈落の底に突き落とされたことは言うまでもない。
 燃えあとに残った灰が、さらさらさら〜っと風にむなしく飛ばされていく。
 哀れ。俺様王子様。


「う〜わ〜。何、これ。昨日とはうってかわって、毒キノコでも栽培しているわけ?」
 昨日同様、うかれ俺様王子様をからかいにやってきた華久夜が、呆れたようにぽつりとつぶやく。
 世凪お気に入りの中庭のテラス。
 そこで、しゃがみこみ、ぶつぶつと何か呪文のようなものをつぶやきながら、いじいじと地面に指をすりつけ……魔法陣を描いている。
 まわりに、華久夜ではないけれど、今にも毒キノコがはえてきそうなじめじめオーラを漂わせて。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。それより、紗霧羅。柚巴はどうしたの? 来ているのでしょう?」
 今日の世凪はからかってもおもしろくないと判断したのか、さらっと無視して、華久夜は紗霧羅にそう問いかける。
 なんともまあ、あり得ないほどぞんざいな扱いを受ける王子様。
 世凪らしいといえば、世凪らしいけれど。
 すると、紗霧羅はあははと乾いた笑いをもらし、愛想笑いを浮かべる。
「今、呪術部屋へ行っているよ」
 ……チョコをわたしに。
 それはあえて言わないけれど。
「ふーん……」
 華久夜も華久夜で、紗霧羅のその言葉を素直に受け入れ、やはり興味なさそうに適当に答える。
 ……と思いきや……。
「じゃあ、チョコをわたしにいったのね。わたしも、さっきもらったから。もちろん、お兄様もね。……あっちで、うかれ舞い踊っているわ」
 にっこりと微笑み、超特大級の爆弾をお見舞いする。
 じめじめとキノコを栽培していた世凪は、瞬間、べしゃんとつぶれてしまった。
 どうやら、柚巴は、世凪を残し、チョコを配りに行ってしまったらしい。
「あ〜。華久夜さま、いけないんだあ。世凪の奴、柚巴からまだチョコをもらえていないっていうのに」
 あえて口に両手をそえて、叫ぶようにわざとらしくそう言う。
 もちろん、楽しそうに笑って。
 紗霧羅にそんなことをされてしまったら、華久夜だって黙っていられない。
 わざとらしく驚いたように、だけど楽しげに叫ぶ。
「ええ!? ――だから、毒キノコを栽培しているのね!」
 二人仲良く愉快に、追い討ちをかけていく。
 それほどまでに、世凪はやっぱり、嫌われ者。
 ……もとい、おもちゃ?
 これではもう、俺様王子様の威厳、かたなし。
 一体、いつからここまで落ちぶれてしまったのかは、定かではないけれど。
 密生している毒キノコの上で、目から滝のように涙を流している……ように見えるだけだけれど。あくまで。
 あの世凪が、本当に泣くはずはないから。
 ――さすがに、ここまでくると……いくら世凪といっても、哀れになってくる。
 いや。やっぱり、いい気味?

 再起不能にうちのめされてしまった世凪を、けらけらと笑う華久夜と紗霧羅に、ふいに非難の言葉がなげかけられた。
「もう。二人とも。いくらおもしろいからって、あまり世凪をいじめちゃかわいそうよ?」
 振り向くと、そこには、めっと見つめてくる柚巴。
 ――一部、ひっかかる言葉があったことは、さらっと無視しておこう――
 それに、へらっと不謹慎な笑みを浮かべる。
 二人は、柚巴におしかりをうけてしまった。
 ――とは、本気では思っていないけれど――
 こんな俺様王子様など、もうちょっとおちょくってやってもいいと思うけれど、一応は反省したふりをしてみる。
 柚巴とは、言い合いとかそういう無粋なものはしたくないから。
「柚巴? ごめんごめん」
「そうよ。ほんのおちゃめないたずらじゃない」
 あくまで、反省したふりなので、二人の口からでてくる言葉は、やっぱりそのようなもの。
 まったく、反省などしていない。
 むしろ、そのまま勢いづいて、さらに世凪を痛めつけかねない。
 普段の世凪なら、こんなに簡単にやられちゃってはくれないけれど……今回は、事が事だけに。
 そして、華久夜や紗霧羅でも遊べるくらいに、すでに柚巴が世凪をうちのめしちゃっている。
 果たして、柚巴は、そのことに気づいているのかいないのか……。
 もしかしたら、それがいちばん重要なことかもしれない。
 それに気づいた華久夜と紗霧羅は、「んん?」と首をかしげながら、互いに見つめあう。
 その横では、柚巴がゆっくりといじける世凪に歩み寄っていく。
「……世凪。お待たせ」
 そして、世凪の前までやってくると、そこにしゃがみこむ。
 それでも、柚巴を前にしても、世凪は、相変わらずいじけて、ぷちっぷちっとキノコをむしりとっている。
 ここまでくると……もう完全に、おこちゃま。
 そんな世凪に、柚巴はふうっと一度小さなため息をもらし、キノコをとる手もとに、手のひらサイズの小さな箱をさしだした。
 ゴールドのラッピングペーパーに、ピンクのリボン。
 そのリボンには、小さな造花がちょんと添えられている。
「……?」
 さすがに、それには世凪も手をとめずにはいられなかった。
 目を見開き、柚巴を見つめる。
 驚いたように、不思議そうに。
 すると、ふわりとやわらかい笑みをたたえた柚巴から、神の御言葉よりも、もっと価値ある言葉をいただいてしまった。
「世凪は、特別だよ」
 そう言って、驚く世凪の手に、その特別≠手渡す。
 同時に、きゅっと世凪の手をにぎりしめて。
 瞬間、その場が、桃源郷へと変化した。
 ぽんぽんぽぽんと、ポップな音を鳴らせ、世凪のまわりに花が飛び散る。
 まだまだ寒い二月だというのに、まるで真夏。
 そしてそのまま、柚巴をぎゅうっと抱きしめる。
 この世の幸せを独り占めしたように、顔を喜びに崩して。

 今の今まで、むっつりすねて、毒キノコを栽培していた男と同一人物とは、とうてい思えない。
 どうやら、俺様王子様は、この人畜無害に見える無邪気なお姫様に、手のひらの上でころがされているに違いない。
 そして、このにこにこ顔のお姫様が、いちばんやっかいに違いない。
 不運なことに、その場に居合わせてしまった華久夜と紗霧羅は、そう確信したとかしなかったとか。
 果たして、その特別≠ニはどういう意味なのか……。
 真実は、藪の中。


チョコと王子様 おわり

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update:05/02/11