終焉

 あなたは知っていますか?
 我々の住むこの世界とは異なる世界の存在を。
 我々を超越した者たちが住む世界を…… 。
 その世界の名は限夢界=B
 そして、そこに住む者たちを限夢人≠ニ呼ぶ。
 それは、わずかな人間の間にだけ伝えられてきた世界。
 異世界――


 ある日、限夢界の王子様は、人間の少女に恋をした。
 幼い日に見つけた、人目をさけて泣く少女に恋をした。
 王子様は、少女を手に入れようとある作戦をたてたが、それはことごとく失敗に終わり、かえって嫌われるはめになってしまう。
 しかし、ある時、奇跡は起こった。
 王子様は、ついには少女の心を射止めてしまったのである。
 その燃ゆる思いで、少女だけに向けられた、燃ゆる眼差しで――


 二つの世界をまたにかけた、その恋物語から、一体どれだけの年月がたっただろうか。
 出会うべくして出会った二人。
 愛し合うべくして愛し合った二人。
 まるで、魂が惹かれ合うように。
 すべては、二人のためだけにまわりはじめた、運命の歯車。
 それは、永遠にとまることなくまわり続けると思われていた。
 しかし、いつかはとまる。
 そのいつかは、きっと、その恋物語が終わりをむかえる時だろう。
 その時がくるまで、くるくるからから、歯車はまわり続ける。


 限夢界。
 限夢宮。中庭。
 その場所は、お妃を得て、そして戴冠してからも、ずっとずっと変わらず、王子様のお気に入りの場所。
 公務をさぼってどろんと消えた時だって、そこにいけば必ず見つけることができる。
 この世の誰よりも幸せそうに微笑みながら、最愛のお后にちょっかいをかけている王子……王様を。
 そのような光景を見せられては、角をはやしていたことも、ついつい忘れてしまって、そのまま、くるりと踵を返したことが、一体何度あっただろうか。
 ……数えられない。
 それくらい、飽きることなく、何度も何度も繰り返された。
 そして、月日が流れるにしたがって、そこで仲睦まじく微笑む人数も増えていって――
 王子が二人、王女が一人、加わることになっていた。
 そのような王子のうちの一人が、もうすぐ戴冠の日をむかえようとしていたその日。
 相変わらず、限夢界はじまって以来、稀に見る力を持つその王様は、やっぱり中庭の椅子にどっかりと座り……寝そべっていた。
 その椅子もまた、お后さまとともに過ごした思い出の椅子。
 ふかふかのクッションをおき、その中にぽすんと身を沈めている。
 やわらかくあたたかな陽光を、体いっぱいに受け、その表情もおだやかに微笑んでいる。
 赤い髪が、そよそよとゆるやかに風にゆれる。
 すべてを悟り、すべての幸せを願い、そしてすべての優しさに包まれて。
「父上? どちらにいらっしゃいます? 莱牙さまがお怒りですよ? またあのボンクラ王はさぼっているのかと……。由岐耶も虎紅も、角をはやしていますよ?」
 光さす回廊を、きょろきょろと見まわしながら、そのような物騒なことを言いつつ、赤髪、スミレ色がかった黒瞳の青年が、悪趣味な黒マントをなびかせながら歩いてくる。
 こちら、中庭へ向かって。
 もちろん彼も、そこに先ほどとんずらしてくれた王がいるものと確信して、歩いてきている。
 それは、半分以上皮肉をこめて、あえて口にされているだろうこともよくわかる。
 だってその王は、限夢界はじまって以来の力を持つ王様とともに、限夢界はじまって以来のいい加減な王様ということでも有名だから。
 だけど、誰もそれを咎めたりはしない。
 そうして、王が遊んでいられるということは、すなわち、この世界の平和を意味していると知っているから。
 かつて、この世界に危機が訪れたことがあった。
 しかし、その危機を、最愛の少女とともに、彼は救ってくれた。
 それは、今では、伝説となっている。
 ようやく百年ほどが満ちた、そんなちっぽけな昔なのに。
 その奇跡を目の当たりにした者は、口をそろえてこう言っていただろう。
 あの少女が、奇跡を起こした。
 そして、奇跡は、女神が起こすものではない、思いの力が起こす――
 それを、王子と少女が証明した。
 回廊を歩くその青年の足が、ぴたりととまった。
 そして、困ったように眉尻をさげ、くすりと笑う。
 「ほら、やっぱりここにいた」と、そう言いたげに。
 そのやわらかな赤髪を、風がふわりとさらっていく。
 今日、限夢界に吹く風は、いつにも増して、心地いい。
「兄上! 父上はいらっしゃいましたか?」
 ふと足をとめたその青年に、背後からそう声がかかった。
 振り向けば、そこには青年と同じ髪色で、金色がかった黒瞳を持つ青年がたっていた。
 そして、その青年の赤いマントの向こうから、たんぽぽ色のドレスに身を包んだ、かわいらしい女性が姿を現す。
 やわらかい黒髪を、ふわりと流し。
「あれ? お前たちも来たのか?」
 その二人を、青年は少し驚いたように見つめる。
 すると、赤いマントの向こうから、ひょいっと躍り出てきて、女性は得意げに微笑んでみせる。
「だって、お父様ったら、本当にどうしようもない人だもの。お母様が言っていたのよ。お父様のことをお願いねって」
 なんともとんでもないその言葉を当たり前のようにさらっと言って、青年の腕にぎゅっと抱きつく。
 そして、えへへっと、少し甘えたように青年を見つめる。
 その女性に、青年が「甘えん坊」なんて少し困った、だけど優しい眼差しを落としていたら、今度は、反対側の腕に、ずしっと重みを感じた。
 見れば、そちら側には、赤いマントの青年までまとわりついていた。
 金色がかった黒瞳をいたずらに輝かせ。
 そのような二人を、優しい苦笑いを浮かべ、青年はそのままずるずるとひっぱっていく。
 今、すぐそこの中庭のテラスで、心地よさそうに眠る、彼らの父親のもとへと。
 やはり、間近で見ても、とても心地よさそうに眠っている。
 そして、さわさわとそよ風に髪を遊ばせ、眠るその顔をのぞきこむ。
 瞬間、彼らは悟ってしまった。
「ち……ちう……え……?」
 そうぽつりとつぶやかれた言葉が、それを肯定していた。
 ぽかぽか陽気のひだまりの中、彼らの父親……王は、幸せな眠りへとついていた。
 そして、その眠りは、永遠に続くものだと、すぐに気づくことになる。
 その金色がかったスミレ色の瞳は、もう二度とひらかれることはない。


 最愛にして唯一無二の后を亡くし百年余り、百三十五歳というその若くしての王の死は、后が亡くなった時同様、限夢界に激震をはしらせた。
「お后を亡くした淋しさに、耐えられなかったのだろう」
 そう、誰かがぽつりとつぶやいた。
 だけど、それは、決して真実ではない。
 だって、その最期の顔は、本当におだやかなものだったから。
 すべての幸せを、一身に……その身に受けるような、そのような優しい寝顔。
 限夢界はじまって以来、最大にして、最強の王、世凪王は、限夢人の寿命をまっとうしないまま、冥界の神・ヘルネスのもとへ召されていった。
 最期の最期まで、彼の最愛の后、柚巴の思い出を胸に、柚巴だけを思い、柚巴だけを追い続けて。
 そして、いくつもの時を越えて、あの奇跡の女神・ファンタジアの伝説は、語り継がれていくだろう。


 ほら。耳をすませば聞こえて来る。
 彼らの楽しげな笑い声が。
 あたたかな陽気の(もと)、優しさに包まれて。
 すべての幸せに抱かれて。
 思い出の中で。
 今も、変わらず、追いかけっこをつづけている。
 永遠につづく、追いかけっこを――


終焉 おわり

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update:07/01/01