かぼちゃおばけと王子様

「……何だ? この大量のぶさいくな物体は」
 じとりと、足元と、そこから広がる一帯を、世凪はうっとうしげに見下ろしている。
 世凪の目の前に広がるその光景は、実に奇妙。……いや、珍妙?
 世凪お気に入りの中庭のテラス、見渡す限り、顔がついている、かぼちゃかぼちゃかぼちゃかぼちゃかぼちゃ。
 とにかく、ぶさいくなかぼちゃが、ずらっと並んでいる。
 その合間を、背にこうもりの羽のようなものを背負い、先がとがったしっぽをにょろんとはやす、もじゃもじゃ真っ黒球体が、ぴょんぴょんと、まるでノミのように跳ねまわっている。
 そして、テラス中央にいつの間にか持ち込まれたテーブルの上には、かぼちゃのケーキ、かぼちゃのクッキー、かぼちゃのシュークリーム、かぼちゃのムース、かぼちゃのマフィン、かぼちゃアイスにかぼちゃプリン。とにかく、すべてがかぼちゃのかぼちゃによるかぼちゃのためのかぼちゃスイーツばかり。
 どうして、ここだけ、かぼちゃ祭りの会場と化している?
 世凪は、わずらわしそうに、やはりそのかぼちゃたちを見やる。
「何って、ジャックくんだよ」
 ことんと、どう見ても尋常じゃないほど大きなかぼちゃゼリーをテーブルに置き、柚巴は首をかしげて世凪を見る。
 その足元を、ただでさえうっとうしいのに、こうもりの羽を背負いさらにうっとうしくなった鬼栖が、やっぱりうっとうしくちょろちょろとまとわりつくようにまわっている。
 世凪は、じろりと鬼栖をにらみつけると、そのままぽいっと蹴飛ばした。
 羽がはえた真っ黒球体は、ぴょーんと、見事な放物線を描き、祐と亜真の足元に、ぽてっと落ちる。
 そうすると、もちろん、そのまま原型をとどめないほどに、びよーんとのばされたり、べちょりと押しつぶされたりする。
 ようやく、よれよれになりつつ祐と亜真の天敵コンビの魔手から抜け出すと、もじゃもじゃ球体はすたこらさっさと逃げ去った。
 そしてまた、どれほどいためつけられてもめげずに、真っ黒もじゃもじゃおばけ――鬼栖は、何がそんなに楽しいのか、ぴょんぴょんと、あたりかまわず跳ねまわり続ける。
「じゃっく……?」
 世凪は訝しげに首をかしげる。
 すると、柚巴のすぐ横で、テーブルにグラスを並べる手をとめ、由岐耶が哀れむように小さく笑った。
 ちらりと世凪を見ている辺り、間違いなく、そのつもりだろう。世凪を嘲笑っている。
 ぴくりと、世凪の頬がひきつる。
 すると、ふっと視線をそらし、由岐耶はやれやれと肩をすくめ、何事もなかったように、またグラスを並べる続きにとりかかる。
 世凪としては、その態度が、やっぱりなんだかとっても癪に障る。ムカつく。
 間違いなく、由岐耶は、世凪を思いっきり馬鹿にしている。
 それを肯定するように、足元にずらっと並ぶぶさいくなそれと同じようなかぼちゃを手にもち、その中にろうそくを入れる華久夜がぼそりとつぶやいた。
 もちろん、ちろっと向けられたその目は、世凪を嘲るように見ている。
「なんだ、世凪、知らないの? 人間界のイベントのひとつじゃない。本当、あんたって、人間界のことを知らない(もの知らず)よねー」
 華久夜は、しみじみもらしつつ、うんうんと首を縦に振る。
 世凪はひくひくと頬をひきつらせ、それでも不遜に言い放つ。
「黙れ、外野」
「何ですって!?」
 瞬間、手にしていたかぼちゃをぐしゃりと木っ端微塵に粉砕し、華久夜はいまいましげに世凪をにらみつける。
 その髪が、いつものように、メドゥーサよろしく、すぐ横で、妙にうきうき真剣に、中味をくりぬいたかぼちゃに顔を彫っている莱牙の首に、ぐるぐるとからみつき、そのまま締め上げていく。
 なんとも不気味な断末魔が、その場に悲しげに染み渡る。
 その様子を見ていた柚巴は、ちょうどぼふんと足にぶつかって、ぽてりと倒れこんだ鬼栖に気づき、抱き上げた。
 そして、そのもじゃもじゃの真っ黒い毛に顔をうずめ、上目遣いにちろりと世凪を見る。
 瞬間、世凪の心臓が、ずきゅーんと飛び出しそうになる。
 柚巴は、なんてかわいらしい仕草をしてくれるのだろうか。
 その手に持つものは、あえて見えないふりをする。自覚した瞬間、火の玉のひとつやふたつ、お見舞いしそうだから。
「あのね、世凪。今日は、人間界では、ハロウィンというイベントの日なんだよ。みんなおばけとかの仮装をして、かぼちゃパーティーをする日なの」
 ――いや。さりげなくじゃなく思いっきり間違っているような気がするけれど、柚巴の認識のずれは今さらなので、あえて何も言うまい。
 柚巴のとんちんかんな説明を耳にしてしまった、そこにいた使い魔たちは、みんなぬるーい微笑を浮かべる。
 そして、それは聞かなかったことにし、そのままそれぞれの作業を再開する。
「だからね、世凪。今日は一緒に、楽しくかぼちゃパーティーしよう? 今、みんなで用意しているんだよ」
 にこにこと、どこからどう見ても――世凪の目には――穢れない天使のように微笑む柚巴に、世凪はもういろんなところがくらくらとなる。
 とりわけ、理性というものが、もうぐらぐらで、いつ抜け落ちてもおかしくはない。
 しかし、同時に、世凪の脳裏にひとつの考えがよぎった。
 ぐっと身を強張らせ、何故だか、柚巴相手に身構える。
「お、俺はもう惑わされないぞ! これまで、甘い言葉に踊らされ、どれだけ辛酸をなめさせられたことか……っ!」
「あんたが勝手に好きでなめているんだろ」
 華久夜がこなごなにしたかぼちゃの残骸を片づけながら、紗霧羅がぼそりとつぶやいた。
 しかし、それはどうやら、世凪の耳には届いていないよう。
 実に珍しいこともあるものだ。……と思ったけれど、一人悔しがり、じだんだを踏む世凪には、地獄耳を発揮する余裕はもはや残っていないのだろう。
 そう、たしかに、これまで、世凪は散々辛酸をなめさせられてきた。煮え湯を飲まされてきた。
 ――やっぱり勝手に、世凪がそう思っているだけということは、あっちへおいておいて。
 クリスマスの時も、バレンタインの時も、エイプリルフールの時も、それはそれは楽しいくらいに、辛酸を……! 煮え湯を……!
 よもや、もう二度と、同じ轍は踏むまい。
 世凪は、ぎゅっと拳に力をこめ、かたく胸に誓う。
 そして、きっと顔をあげ、あらためて憎らしい使い魔たちをねめまわす。
 すると、ふと違和感に気づいた。
 いや、ここに足を踏み入れた時から気づいていたけれど、それはあまりに珍妙すぎて、あえて気づいていないふりをしていたのかもしれない。
 しかし、もう誤魔化しきれそうにない。
 何しろ、みんな、それぞれに、奇天烈な格好をしているのだから。
 それは、人間界でいうところの、いわゆる、ドラキュラだとか、人造人間だとか、ミイラ男だとか、狼男だとか、とにかく普通じゃない姿をしている。
 華久夜などは、その中味に似合わず、天使の姿をしているし、紗霧羅はそのままと言わんばかりに、雪女の姿をしている。
 また、莱牙は、相変わらず、うきうきとした様子でかぼちゃに顔を作り出していっている。何故だか、ギャルソンの姿で。
 どうして、莱牙だけギャルソンなのかという辺りは、きっと触れてはいけないだろう。……そう、華久夜が楽しんで、莱牙にその格好をさせたなんて、そんなわかりきったことなのだから。
 とにかく、皆それぞれに、奇天烈だということに変わりはない。
 世凪は、お気に入りの椅子にぼすんと腰かけ、そこでふんぞり返り、馬鹿にするように言い放つ。
「それにしても、お前たち、奇天烈な格好をしているな。……いや、柚巴。柚巴だけは、かわいいけれど。むしろ、食べ――」
「外道!!」
 にやりと笑いそこまで言いかけると、世凪に拳がお見舞いされた。……一斉に、数多。
 華久夜に莱牙、紗霧羅、そして、ドラキュラな由岐耶やミイラ男な麻阿佐、果てはぶさいく球体までも、その拳に参加している。
 もちろん、同時に、世凪は、惜しみなく、返り討ちの火の玉を放ってやっていたけれど。
 柚巴が悲しむといけないので、当然のように、かぼちゃたちにはまったく被害がない。
 それにしても、ただひとつの例外柚巴の、なんとかわいらしいことか。
 いつもと違って、本当に、世凪の理性をぐらぐらとぐらつかせる。
 ――いつも、いろんな場面でぐらついているだろうという辺りは、やっぱり触れてはいけない。
 まあ、どうせ、それも華久夜や紗霧羅といった、たちが悪い使い魔たちの仕業なのだろう。
 どうして、限夢宮の侍女服を、柚巴は着ているのだろう。
 いや、しかし、その姿、何というかこう……そそる。とってもそそる!
 だから、今回に限っては、見逃してやろう。むしろ、よい仕事をしたとほめてつかわそう。
 さらに偉そうに椅子の背もたれに体をあずけ、世凪は満足そうに柚巴を見つめる。うっとりと。
 そのような世凪に気づき、柚巴はきょとんと首をかしげる。
 そして、にっこり笑い、ちょこちょこと世凪へ歩み寄る。
「え? やっぱり、世凪も仮装したい? 大丈夫。ちゃんと用意してあるから、安心して。うふふ、世凪は特別だよ」
 そう言って、世凪の前まで来ると、柚巴は胸の前で両手を合わせる。
 本当に、なんてかわいらしいのだろうか。
 ……いや、しかし、待て。
 世凪は知っている。
 柚巴のその特別≠ニいう言葉が、どれほど脅威か。
 これまでの経験から、その言葉にろくなためしなどなかった。
 ぎょっと柚巴を見つめると、世凪の前に、どどーんと、ぶさいくかぼちゃを差し出した。
 その辺りに並ぶかぼちゃ同様、中は綺麗にくり抜かれている。
 くり抜かれているどころか……何故だか、それは、一種のかぶりもののように見えてしまうのだけれど……?
「何だ、これは」
「だから、ジャックくん。ジャック・オ・ランタン、かぼちゃのちょうちん。世凪に特別にとっておいてあげたんだよ。かぼちゃおばけは、いわば、ハロウィンの主役!」
 不機嫌に問いかける世凪に、柚巴はかわらず楽しそうに笑う。
「はい、世凪、かぶって? 世凪の格好なら、衣装はそのままで、これをかぶるだけで十分だと思うの」
 それは、暗に、この黒マントが悪趣味だと言いたいのだろうか?
 きらきらと、期待に満ちた目で、柚巴は世凪を見つめる。
 さあと、世凪の中を冷たい風が通り抜ける。
 やっぱりだ、やっぱりだったと。
「いらん。こんなぶさいくなもの!」
 風が通りぬけると同時に、何故だかむしょうに、切なさを、やるせなさを感じ、世凪は思わず、柚巴の手にあるかぼちゃをべしっとたたいていた。
 すると、その拍子に、柚巴の手からかぼちゃはずり落ち、地面に落下し、ぱかりと真っ二つに割れる。
 瞬間、その場が、永久凍土に覆われたように、ぴきーんとかたまった。
 柚巴の足元で、無残に真っ二つにされたかぼちゃを凝視し、世凪も、そして二人のやりとりを見ていた使い魔たちも、みんな言葉を失い、青い顔をしている。
 その中でも、いち早く我に返り、世凪が、ごくりとつばをのみ、決死の覚悟で柚巴を見る。
 そろーりと柚巴を見ると、うつむいていた。うつむいて、ふるふると震えている。
 そうかと思うと、がばりと顔を上げ、目に涙をいっぱいためて、きっと世凪をにらみつけた。
「せっかく一生懸命作ったのに……。世凪なんて、もう知らない!」
 そう叫ぶと、柚巴はぷいっと顔を背ける。
 そこで、柚巴はやはり、ふるふるとその華奢な体いっぱい使って震えている。
 ――そうだ。柚巴は、作った≠ニ言った。ならば、この割れたかぼちゃは、柚巴が世凪のために、わざわざ……。
 何ということだろう。つまりは、世凪は、柚巴の真心を踏みにじったということになるではないか!
 世凪の顔から、さあと血の気が引いていく。
 けれどすぐに、自らを奮い立たせ、決死の面持ちで柚巴に声をかける。
 おろおろと、うろたえている。
 その姿、どこからどう見ても、この限夢界を震撼させる稀代の暴れん坊と同一人物だとは思えない。
 何というへたれっぷりだろうか。
「ほ、ほら、こうして、あわせて、接着剤か何かでくっつければ……っ!」
 がばりとしゃがみこみ、ぱかっと二つに割れ恨めしそうに世凪を見るかぼちゃを拾い上げ、重ね合わせてみる。
 しかし、それでも柚巴は、一向に世凪の方を向いてくれようとはしない。
 そこで、世凪は、ますますおろおろとうろたえる。大慌て。
 しまいには、世凪まで泣きたくなってきた。
 ここまで柚巴に無視されるのは、とってもとっても耐えられない。
 泣きそうな声で、もう一度、「柚巴〜……」とつぶやく。
 すると、柚巴は、いきなりくるりと振り返った。
 その目は、どこか困ったように世凪を見ている。
 けれど、先ほどまでの悲しそうな様子はどこにもない。
「もう本当、世凪ってば素直じゃないのだから。一緒にハロウィンパーティーをしたいなら、したいって言いなさい」
 人差し指で、ちょんと世凪の鼻の頭に触れ、柚巴はめっと世凪をしかる。
 瞬間、世凪の頬がぽっと赤くなり、狼狽する。
 それは、一緒にハロウィンパーティーをしたかったと図星をさされたとかそのようなものではなく、柚巴のその仕草があまりにもかわいすぎたから。
 そう、思わず、食べちゃいたいほどに。
 ぽうと見つめる世凪の顔に、柚巴はすっと顔を近づける。
「しようがない人ね」
 そうつぶやき、くすりと笑う。
 刹那、世凪の体が、かちかちのかちーんとかたまった。
 しかし、その顔からは、惜しみなく火が噴かれている。
 そうかと思うと、次の瞬間、世凪の頭に、かぽっとかぶせられた。妙に青臭い、オレンジ色の楕円形の物体が。
 ご丁寧にも、目と鼻と口と耳の部分がくりぬかれている。
「こうなるだろうと思って、もうひとつ用意しておいたんだ」
 くりぬかれた目の部分から柚巴を見ると、誇らしげにそう言い放った。
 しかも、かぶせられたこれは、先ほどのものよりもさらにぶさいく顔をしているような気がするのは、世凪の気のせいだろうか?
 まぬけ面のかぼちゃをかぶり、ぽかんと口をあけ呆けたような世凪を、そこにいる者たちはげらげらと笑い出した。
 柚巴は一人、自らの仕事に、実に満足そうににこにこと笑っている。
 しかも、腹立たしいことに、莱牙などは、べしべしと世凪の背をたたき、大爆笑。
 華久夜と鬼栖は、その場でごろごろと転がり、お腹を抱えて笑っている。
 多少遠慮しているのか、竜桐や梓海道は、笑いをかみ殺している。
 由岐耶などは、くすりと小さく笑い、嘲るように世凪にちらりと視線を向けた。
 瞬間、世凪の中にセットされている時限装置が動きはじめる。
 ちちちちちちち……ちーん。
 世凪のなけなしの理性が、ぶっちぎれた。

 その日、限夢宮中に、ちゅっどーんという奇妙な爆発音がとどろいた。
 そして、その後一週間ほど、世凪は柚巴に一言も口をきいてもらえなかったという。
 まあ、それも仕方がない。柚巴が楽しみにしていたかぼちゃパーティーを、台無しにしてしまったのだから。
 世凪はもう二度と、人間界のイベントにはかかわらないと、胸にかたく誓ったとか誓わなかったとか。
 また、柚巴の一言で、その誓いも、簡単にぼろぼろと崩れ落ちることを、世凪は知っている。


かぼちゃおばけと王子様 おわり

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update:07/10/31