智神・タキーシャの観察日記2

2月13日
「バレンタイン? ふん、俗物ね」
「それじゃあ、華久夜ちゃんはバレンタイン、しないの?」
「誰がそんなものするものですか。そもそも、限夢界にそんなイベントはないわ」
「そういえば、そうだね」
中庭で珍しくたくさんの人の気配がしたので、ちょっと好奇心でのぞいてみた。
すると、そこに、本当に珍しく、柚巴ちゃんと使い魔たちがいた。
どうやら、柚巴ちゃんと華久夜の会話の内容から、人間界のイベント、バレンタインの話をしているらしい。
二人だけの時間を邪魔され、柚巴ちゃんらぶな王子様は、とってもご機嫌ななめなようだけれど。
でも、そんなの関係ない。むしろ、いい気味。
「人間界のイベントに踊らされているのじゃないわよ、本当、馬鹿丸出し」
ちらりと馬鹿にするように世凪を見て、華久夜は力いっぱい言い切った。
瞬間、世凪が、華久夜の足元につむじ風を起こし、氷の塊をどすっと落とし、火の玉を投げつけ、小さな地割れを起こした。
嗚呼もう、本当、なんてわかりやすい男なのだろう。
というか、人より優れたその力、無駄に使うなよな。
「きゃあ! 何するのよ、か弱い女の子に向かって! あんたって最低な男ね! 柚巴、この馬鹿王子ったらひどいのよー!」
世凪にそう悪態をつくと、華久夜は柚巴ちゃんに助けを求めるように駆け寄る。
どうやら、その横には世凪がしっかりいることなど、華久夜の眼中には入っていないらしい。
さすがにそれはまずいと思ったのか、お守り役の紗霧羅が慌てて華久夜の首ねっこをつかみ、引き寄せた。
「誰がか弱いだ、誰が! 何度も言わせるな! この破壊魔っ!」
思い切り呆れたように目をすわらせ、世凪ははき捨てた。
ともにそこにいた華久夜以外の使い魔たちは、態度にこそ表情にこそ出していなかったけれど、その目は間違いなく世凪に同意していた。
……うん。俺も同感だなー。
華久夜ほどの力があって、よくか弱いなんていえたものだよねー。
兄を兄とも思わぬ所業の数々をはたらく、あの華久夜が。
退屈、気に入らないという理由だけで、屋敷を半壊または全壊にしちゃう、あの華久夜が。
莱牙なんかは、ひしひしと世凪に同意しているだろう。……胸の内で。
華久夜の暴挙の尻拭いは、ほとんど莱牙がさせられているからねー。
どうどうと暴れ馬をなだめるように、華久夜を羽交い絞めしてとめながら、紗霧羅が柚巴ちゃんに尋ねた。
「それで、柚巴は今年も、チョコをばらまくのか?」
「うん!」
「はあー、それはそれは、気の毒に」
ため息まじりにそう言うと、紗霧羅は片腕で憤る華久夜を抱えながら、もう一方の手でぽりぽりと頭をかく。
柚巴ちゃんは、不思議そうにくいっと首をかしげ、紗霧羅を見つめている。
もちろん、他の使い魔たちも、紗霧羅と同じ反応をしていた。
紗霧羅の腕の中の華久夜ですらも。
柚巴ちゃんの横では、王子様ががっくり肩を落とし、風化をはじめていた。
さすがにこれは、ちょっと世凪がかわいそうかなあ?
……ところで、柚巴ちゃん、さりげなく、ばらまく≠否定しなかったのは、その言葉の意味に気づかなかったから? それとも、わざと?
なんだかとっても恐ろしいので、深く考えないことにしよう。


2月14日
「あれ? 柚巴ちゃん。何を見ているの?」
「あ、多紀くん。あれ……」
回廊の柱の陰から、神域を見つめる柚巴ちゃんを発見した。
もちろん、柚巴ちゃんを発見したのだから、俺が声をかけないはずがない。
加護を与えているのもあるけれど、何より、柚巴ちゃんは今でもやっぱり俺の友達だからね。
俺の気配に気づいていたのだろう、驚いた様子なく、柚巴ちゃんは促すようにすっと指をさす。
柚巴ちゃんにならい、俺も柱の陰にすっと身を寄せる。
柚巴ちゃんが指差したのは、愛の女神・ラヴィの黄金の杯。
その杯は、この世にあふれる愛をたっぷりためておけるよう、そして必要な時に必要な者に分け与えられるよう、ラヴィが限夢人に与えたと言い伝えられている。
……本当は、そんなことはまったくないけれどね。
だって、愛の女神・ラヴィといえば、極度の男嫌いで、とっても女好きだから。
女の子のためになら損得関係なく動いても、男のためになんててこでも動かないからねえ、彼女。
でも、そんな真実を告げちゃあかわいそうなので、これは神々の間だけの秘密にして、限夢人たちには黙っておいてあげている。
そして、そんな嘘っぱちの杯の前には、近頃ではたびたび目にするようになったツーショットが。
「ちょっと、虎紅」
腰に手をあて、先を歩く虎紅を華久夜が呼びとめた。
「何ですか? 華久夜さま」
虎紅は素直に振り返り、少し首をかしげ華久夜を見つめる。
すると華久夜は、一瞬身じろぎした後、思い切ったようについっと両手を虎紅に突き出した。
そこには、ふりふりひらひらのリボンでラッピングされた、小さな袋が……。
「……はい」
きっとにらみつけ、ぷいっと顔をそむけて、華久夜はそのままぽふんと虎紅の胸にそれをおしつけた。
虎紅は、反射的にそれを受け取っていた。
それにしても、華久夜にしては、妙にかわいらしいものを持っているなあ。
……あれ? ちょっと待って。そういえば、今日ってたしかあれで、それじゃあ、もしかしなくても……。
「別に受け取ってくれてもいいのだからね」
華久夜はつんと顔をそむけ、気位高そうに言い放つ。
本当、華久夜って素直じゃなくてかわいくないよね。
男って素直な女の子の方が好きなものなのにね。
あんなにつんつんされたら、たまらないよ。
……と思うのは、もしかして、俺だけ?
だって、俺の見解の域をはげしく逸脱する男が、あそこにいるから。
変態じゃないのだから、幼女か少女がきわどい女の子になんて、俺は手を出さないものねー。
「ああ! ありがとうございます。大切に食べますね」
虎紅は、受け取ったそれをじっと見つめ、ほわっと幸せそうに微笑んだ。
どうやら、虎紅にも、ちゃんとあれがチョコだってわかったらしい。
そして、華久夜がそれを虎紅に渡したがっていることも。
まあ、昨日あれだけ、バレンタインの話を、虎紅をちらちら盗み見ながらしていたら、いやでもわかるというものだけれど。
そして、あの場合、虎紅も、まさか華久夜がバレンタインをしちゃうなんて、思っていなかったろうなあ。
……いや、虎紅にはわかっていたかな?
華久夜の素直じゃないところを把握して、そしてそれをかわいいとか思っている愚か者だから。
虎紅の礼を聞き、華久夜は安堵したようにそっと胸をなでおろした。
それから、やはり華久夜らしく、ふんぞり返る。
「まあ、食べてもいいけれどね。ただし、味の保証はないわよ」
「華久夜さまが作ったものが、おいしくないはずがないじゃないですか」
「おばか!」
けろりとさらりと、そんなことを言った虎紅を、華久夜は怒鳴りつけた。
顔を真っ赤にして、目をうるませて。
っていうか、それ、まさか手作りだったの!?
さすがにそれは、俺でも気づかなかったよ。
……ある意味、さすがだよ、虎紅。
そして、本当、馬鹿だよ。
華久夜が作ったものなんて、一般的には殺人兵器だよ。
まあ、だけど、虎紅にとったら、その言葉通り、おいしくなっちゃうのかもしれないけれどねー。
……もしや、あの男、変態だけじゃなく、味覚破壊とか? そして、天然たらし。
うーわー。すくいようがないや。
そして、二人見つめあい、はじらいつつ、互いにそっと寄り添う。
あーあ、やっていられないね。
すぐ横では、両手で両目を覆いつつも、指の隙間からそれをちらちら見て、柚巴ちゃんが恥ずかしそうに頬をそめていた。
……柚巴ちゃん、君ってこは……っ。


2月15日
昼寝から目を覚ますと、何故だかシュテファンがいた。
しかも、俺の見間違いでなければ、たった今、観察日記をとじたばかりのような……。
いやまあ、あれから、シュテファンはこうして時々、俺の観察日記を盗み読みしにきているのだけれど。
イロモノとか言っていたくせに、結局同じ穴のむじなじゃないか。
視線に気づいたのか、シュテファンはくるっと振り返り、哀れむように俺を見つめてきた。
「出歯亀日記」
そして、ぼそりとそうつぶやいた。

――ねえ、それって一体、何が言いたいわけ?
俺には恋人の一人もいなくて、だからこんなことをして淋しさをまぎらわせているのか、かわいそうだなあ、とでも言いたいわけ?
まったく、余計なお世話だよ。
自分だって独り者じゃないか。
それに、その出歯亀日記を盗み読んでいるのは、……誰?


智神・タキーシャの観察日記2 おわり

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update:08/02/14