ひまわりの微笑み
(2)

 空はすっかり茜色に染まり、屋敷前の庭には、柚巴が宣言したとおり、バーベキューの準備がもうすっかり整っている。
 あとは、焼く気まんまんと真っ赤におこった炭の上の網に、具材をのせていくだけ。
 ここも、昼間過ごしたあの庭と同じように、黄色いたんぽぽが一面に咲いている。
 王子様のご所望により、この屋敷の庭は、今ではすっかりたんぽぽの園と化してしまった。
 庚子は用意された椅子に腰かけ、じゅるじゅるじゅるーとオレンジジュースをすすっている。
 由岐耶はというと、一人いそいそと、もう必要はないのにあっちの網こっちの網へとわたり歩き、墨の様子をうかがっている。
「あ、来た来た。みんな、こっちだよー!」
 気配を察したのか、屋敷の中へ向かって柚巴がそう叫び手をふる。
 すると、そう時間を要さないうちに、見慣れた限夢人たちがばらばらとやって来た。
 どうやら本当に、今日は使い魔たちが勢ぞろいらしい。
 近頃では全員そろうことは、珍しくなっていた。
 ぴょんぴょんはねながら彼らに駆け寄ろうとする柚巴を横目で見て、庚子はやれやれと肩をすくめながら声をかける。
「柚巴、そんなにはしゃぐとこけるよ」
「え? 庚子ちゃん、何か言――」
 けれど、時すでに遅し。
 期待を裏切ることなく、柚巴は段差につまずいて前のめりに倒れかかる。
 しかし、庚子は慌てることなく呆れがちにつぶやき、またジュースをすする。
「ほら、言わんこっちゃない」
 だって、庚子も今ではさすがに把握し切れている。
 倒れかかった柚巴をがっちり抱き支える、赤い髪の男がそこにいることなど。
 こけかかった柚巴を見て、慌てて飛んできたのだろう。
 瞬間移動までして。
「……というか、この王子、抜け目ないねえ」
 ふうとため息をもらし、庚子はぼそりとつぶやく。
 そう、どんなに小さくたって柚巴のピンチとあらば、この王子様が文字通り飛んでこないはずがない。
 そして、助けたことをいいことに、そのままぎゅっと柚巴を抱きしめ堪能しはじめる。
「邪魔よ、馬鹿王子」
 しかし、王子様の幸せな時間はそう長くは続かず、やって来たちっこいお姫様――いや、今はもうすっかりそれなりに成長したお姫様が、その背を蹴り飛ばしていた。
 その拍子に、王子様の腕の中から柚巴が飛び出す。
 それを認めると、わらわらやって来ていた使い魔たちが、これ幸いとここぞとばかり、次々に王子様を足蹴にしていく。
 相変わらずのその光景に、庚子はぽかんと口をあけ、すぐにくすりと笑った。
 そして立ち上がり、柚巴にすっと手を差し出す。
「柚巴、おいで」
 柚巴はくるんと振り返り、嬉しそうに顔をほころばせ、そのままばっと庚子へ向かって駆け出した。
 ぼすんと、勢いよく庚子の腕の中に柚巴が飛び込む。
 すると、足蹴にされ地面に転がる王子様が、恨めしげに庚子を見る。
 庚子はにやりと意地悪い笑みを王子様へ送り、これみよがしに柚巴をぎゅうと抱きしめる。
 さすがに人間相手には王子様も乱暴はできないらしく、悔しそうにじだんだを踏む。
「ほら、お馬鹿王子、そんなところですねていないで、さっさとこっちへいらっしゃいよ」
 そして、華久夜が当たり前のように虎紅からジュースが入ったグラスを受け取り、面倒くさそうに王子様に手招きする。
 王子様もここですねてはまた一人仲間はずれにされるとそろそろ学習したらしく、ぶつぶつ文句を言いながら渋々のっそり立ち上がり、じりじり歩み寄っていく。
 こういうところは、王子様も少しは成長したらしい。
 そして、柚巴を抱きしめる庚子の前まで来ると、その腕の中から柚巴を奪い取った。
 庚子はやれやれと肩をすくめる。
 そろそろやめておかないと、この王子様のこと、本気ですねかねない。
「ところで、今日はどうして、みんなこっちに?」
 世凪の腕にがっちり抱かれ、その中からはいでるようにもがきつつ、柚巴が使い魔たちに尋ねる。
「ああ、なんとなくねえ。久しぶりに人間界で集まるのもいいかとなってね。ちょうど、今日暇だったし」
 庚子が再び腰かけた椅子の横の椅子に、華久夜がぽすんと腰を下ろす。
 その横に、紗霧羅もどっかり座る。
「そっか。最近は、亜真さんや祐さん、麻阿佐さんたちもすっかり忙しくなったみたいだね? 竜桐さんくらいだよ、こっちでよく見るお父様の使い魔さんは」
 抱き続けようとする世凪と、その腕から逃れようとする柚巴の小さな攻防戦がはじまっている。
 それを今ではすっかり当たり前のこととして、誰も気にしていない。
 亜真がビールをグラスにつぎながら、妙にしみじみ答える。
「まあ、それぞれにあっちでも仕事があるからねえ。それに、マスターが好きな時だけでいいって言うから、こっちに来るの」
「それで、必要もないのに、好きな時に来まくっている竜桐さまもどうかと思うけれどねー」
 祐などは、すでにぐいっと一杯やり、けらけら笑う。
 はっとして、亜真が慌てて祐をとめようと声をかける。
「あ、こら、祐。やばいって。竜桐さまにしばかれるぞ」
「もう遅い」
 けれど、その言葉通りたしかにもう遅かった。
 祐は竜桐に、ぼこっと一発お仕置きされていた。
「あちゃー」
 ばっと顔をおさえ、亜真がうなる。
「もう、みんな相変わらずだねー」
 その様子を見て、柚巴は世凪との戦いを忘れて、くすくす笑っている。
 そこへ、由岐耶がゆっくり歩み寄り、声をかける。
「それでは、そろそろはじめましょうか? 姫さま。あそこでぼんぼんはねているぶさいく球体が、もう待ちきれないようですし」
「……え? あれ? 鬼栖ちゃんもきていたんだあ」
 世凪の腕の中から上体をつきだし、柚巴がのんびりつぶやく。
「なぬ!? 柚巴ひどいぞ。俺様はずっとここにいたぞ! というか、も≠チて何だ!? も≠チて! 俺様にいちばんはじめに気づかなくてどうする!?」
 鬼栖は先ほどまでうっとり眺めていたフルーツがたっぷりのったトレーをすて、ぼんぼん飛び跳ねながら柚巴に迫っていく。
 しかし、あと一歩というところで、何故か鬼栖は地面に埋まった。
「ああ、うるさい、ぶさいく球体」
「何だとー!? 莱牙の分際で生意気だぞ!」
 ぐりぐりぐりーと地面に埋め込んでいく莱牙の足の下で、鬼栖はぎゃんぎゃんわめき散らす。
「柚巴殿、うるさいので、こいつを処分してもいいですか?」
 鬼栖を踏み潰す莱牙の足元にしゃがみ、虎紅が鬼栖を指差す。
「ぴぎゃっ!?」
 すると、鬼栖はぶさいくな悲鳴をあげ、瞬時に黙った。
 さすがに、やり手の術師の脅しとなると、鬼栖も黙らずにはいられない。
 下手にさからったら、そのまま封印されかねない。
 そんなことになってしまったら、もう二度と、柚巴の胸にすりすりして甘えられなくなる。
「ほら、ぶさいく球体も静かになったことだし、さっさとはじめろ」
 鬼栖がかたまったことを確認し、世凪は柚巴を抱いたまま椅子に腰かけ、面倒くさそうに言い放つ。
 いい加減誰かが切り出さないと埒が明かないと判断したのだろう。
 王子様にしては、珍しく英断。
「そうだね、それじゃあみんな、はじめようか」
 ぐいっと世凪をおしやり、柚巴はあっさりその腕の中から抜け出た。
 柚巴は、その気になればいつだって簡単に世凪の腕の中から抜け出せる。ただ、そうしないだけ。
 柚巴にふられてしまった世凪は、悔しそうに舌打ちをした。
 そうして、わいわいがやがや大騒ぎして、ささやかだけれど豪勢な晩餐がはじまった。


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update:09/02/10