ひまわりの微笑み
(3)

 庚子も珍しく心から楽しんでいた。
 はじめのうちはなかなか気乗りしなかったけれど、この愉快な使い魔たちの馬鹿げた漫才の輪の中にいると、自然そうなっていた。
 時折、心配そうに庚子の様子をうかがう由岐耶と、ぱっちり目が合うこともあった。
 それが、庚子は少しくすぐったい。
 昼間あんなことがあったので、由岐耶は由岐耶なりに庚子を気にかけているのだろう。
 やっぱり、報われない恋に胸を焦がす仲間同士、通じるところがあるのかもしれない。
 そうして、バーベキューパーティーの盛り上がりもそろそろピークに達した頃、柚巴が意を決したように声を出した。
「あのね、みんなに聞いて欲しいことがあるの」
 それと同時に、皆ぴたっとお馬鹿なコントをやめる。
「なーに、柚巴。やぶからぼうに」
 ぴょんぴょんはね、かかげたいちごを必死に取ろうとする鬼栖を捨て、華久夜が不思議そうに柚巴を見る。
 足元でごちゃごちゃうるさい鬼栖にいらっとして、華久夜はそのままぱくりといちごを食べた。
 すると、どうやらそのいちごは最後のひとつだったらしく、鬼栖がぶさいくな悲鳴を上げた。
 もちろん、同時に、紗霧羅がげしっと蹴飛ばし、鬼栖を黙らせる。
 意を決して言ったはずなのに、何故か柚巴は恥ずかしそうにもじもじ体をゆする。
 そして、ちらっと、相変わらず椅子にふんぞり返っている世凪を見る。
 世凪はまるで、言えるものなら言ってみろと、挑発するように柚巴を見ている。
 それに、柚巴はちょっぴりむっとして、世凪からぷいっと顔をそらした。
 当然、その瞬間、世凪はひどく衝撃を受けたように目を見開いた。
 けれど、そんな世凪を無視して、柚巴はまたもじっと恥ずかしそうに体をゆすり、ちらちらと使い魔たちを見まわす。
「あ、あのね、わたし……わたしたち、一年後に結婚式をあげることになったの」
「はあ!?」
 柚巴がそう告げた瞬間、その場にいた全員がぽかんと間抜けに口を開ける。
 たしかに、それはもじもじすることではあるけれど、今さら恥ずかしがることでもないような……。
 だって、柚巴と世凪がいつかは結婚することなど、誰もがわかっていたことなのだから。
 柚巴は両手で顔を覆い、恥ずかしさにひゃーと声にならない悲鳴を上げている。
「いやまあ、うん、それはまた突然だな」
 呆けたように、紗霧羅がつぶやいた。
 すると、柚巴はぴくんと反応して、ゆっくり手をはなし顔を上げる。
「なんかねえ、世凪がもう待ちきれないって駄々をこねるから」
「なっ!? ゆ、柚巴、それは黙っておけとあれほど……っ!」
 ばっと立ち上がり、世凪が慌てて柚巴に駆けよる。
 あの王子様が、珍しく動揺している。動揺して、顔を真っ赤にしている。
 その様子から、恐らく図星だろう。……いや、恐らくなどではなく、絶対図星。図星でないわけがない。
 そんなこと、やっぱり誰もが知っているのだから。
 それにしても、わたわた慌てて柚巴の口をふさごうともがく世凪と、それから逃れようとする柚巴、のろけるにもほどがある。
 いやまあ、人前で堂々のろけるのもいちゃつくのも、今ではすっかりこの二人の専売特許になっているけれど。
 そして、それをからかって楽しむのが、こちらの二人。
「あらー? 王子様、慌てているわよ。ねえ、紗霧羅」
「ええ、そうですね、華久夜さま。あの王子様が大慌てだ」
 華久夜と紗霧羅は互いに顔を寄せ合い、にたにた笑い合う。
 しかも、それだけで終わらないのが、やっぱりこちらのお姫様。
「でも、待ちきれないって駄々をこねているのに、一年も先なんて、柚巴も意地悪よねえ」
 ころころと、お姫様は愉しそうに笑い続ける。
 日頃の恨みをここぞとばかりに晴らすように、華久夜は実に生き生きとしている。
 華久夜にとって、世凪の不幸ほど蜜の味で喜ばしいことはない。
「ああ、でも、それは仕方がないんじゃないか? 一応これでも何を間違ったか王族ともなると、式をあげるのにもそれなりの準備と根回しが必要だからね」
 ぽんと華久夜の頭をなで、紗霧羅がくいっとあごをしゃくり世凪を示す。
 華久夜はいまいち理解できないらしく、難しい顔で首をかしげる。
「ふーん。そういうものなの?」
「そういうものさ。華久夜さまの時も、きっと同じくらい時間がかかるよ」
 瞬間、華久夜はばっと立ち上がり、顔を真っ赤にして紗霧羅に迫る。
「ど、どうしてそこで、わたしがでてくるのよ!?」
「あれ? だって、華久夜さまもいつかは誰かとそうなるだろう? それに、玲依殿下も地位を回復したから、きっと盛大な式になるよ」
 必要以上に動揺したように見える華久夜に、紗霧羅は不思議そうに首をかしげる。
 紗霧羅は、あくまで一般論を述べたにすぎない。
 こういう年頃の娘は、こういう話題には過剰に反応するということだろうか?
「迷惑なことに、莱牙さまの地位までうなぎのぼっちゃったからねえ」
 くすくすくすと笑いながら、まるで挑発するように祐がこぼす。
 同時に、莱牙がつぎたそうと持っていた炭を、箱ごと祐になげつける。
「そこ、うるさい、黙れ」
 祐はあわやのところでそれをかわし、箱から飛び出て散らばる炭を空中ですべてとめた。
 炭は、ふわふわ宙に浮いている。
 梓海道はふうと大きなため息をつき、箱をとり、ふわふわ浮くそれらをひとつずつ回収していく。
「あ、莱牙さまが怒った」
「わーい、怒った怒ったー!」
 しかし、一度楽しみはじめた使い魔たちは誰もとめられない。
 亜真や都詩、衣狭までも加わり、やんややんやと莱牙をはやし立てる。
「貴様ら、殺されたいか?」
 莱牙は手の中に火の玉をつくり、それをかかげる。
 亜真がにやにや笑いながら、祐の肩にすっと腕をのせる。
 すると祐も、にやっと意地悪い笑みを浮かべた。
「嫌だねー。今じゃすっかり、世凪の影響を受けちゃって」
 瞬間、莱牙の目がかっと見開いたけれど、すぐに何かに気づいたように、にがにがしげにゆっくり目をつむる。
 そして、にぎりしめ、手の内にあった火の玉をしゅるりと消した。
「あんなのと一緒にするな、汚らわしいっ」
 莱牙はそうはき捨てて、祐たちに背を向ける。
 それと同時に、見捨てられそうになり必死に柚巴にすがりつく世凪が、いまいましげにはき捨てた。
「黙れ、外野」
 もちろん、一緒に、外野≠フ足元には、火の玉と氷の柱がまんべんなく落とされていた。
 どうやら、柚巴にすがりつきながらも、外野の会話にもちゃっかり耳を傾けていたらしい。
 そういうところだけは、侮り難し、王子様。
「ちょっとー、柚巴の家を壊さないでよねー」
 ささった氷の柱をがんと蹴飛ばし、華久夜がぶうぶう不平をもらす。
 そしてやっぱり、外野の足元では、梓海道がいそいそと氷の柱をぬき解かし、火の玉の消火に精を出していた。
 かわいそうかな、この従僕はいつまでたっても、乱暴者王子様の尻拭いばかり。


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update:09/02/19