ひまわりの微笑み
(4)

「でもま、何はともあれ、めでたいじゃないか」
 世凪を指差しぎゃんぎゃんわめく華久夜を後ろからすっと抱き寄せ、紗霧羅がくすくす笑う。
 すると華久夜もすっと怒りをしずめ、渋々もたれかかるように紗霧羅に身をまかせる。
 今ではすっかり、紗霧羅も華久夜のお守りが板についたらしい。
「そうですね、おめでとうございます、姫さま」
 間一髪、世凪の攻撃をかわし安堵の吐息をもらしていた麻阿佐が、気を取り直したように柚巴ににっこり微笑みかける。
「世凪はめでたくないけどな」
 ぴょんぴょんとびはね、けけけと笑いながら、鬼栖も懸命にその存在を主張する。
 気をぬくと、ちびっこ球体の鬼栖はいつも仲間はずれになってしまう。
 もちろん、鬼栖が存在を主張すればするほど邪魔がられうっとうしがられる。
 ぴょんぴょんはねる頭をべしっとたたきつけ、まるでその存在ははじめからなかったというように、亜真がやけに清々しく言い放つ。
「あはは、そうだなあ、世凪の思い通りだと思うと、なんか腹がたつな」
 その言葉の下に隠された怒りは、いかばかりか……。
 亜真は、鬼栖をたたき落としたのち、ぐりぐり踏みつけている。
 どうやらそれで、亜真は鬱憤晴らしをするつもりらしい。
 力では王子様にはかなわないとわかっているから。
「あ、待て待て。そんなことを言うと、王子様が怒るぞ」
「ああ、そうだな、くわばらくわばら」
 けらけら笑いながら、祐が亜真をとめるふりをすると、二人は肩を組み合い、さらに嘲笑するように笑う。
 力ではかなわなくても、からかうことではたやすく勝てる。
 もちろん、その場にいた外野たちも、二人に合わせ王子様をとっても愉快に笑いはじめる。
 踏みつけられているはずの鬼栖だって、足の下でぎゃはははと世凪を指差し笑っている。
 本当に、ここまできたら、王子様もかたなし。
 あれだけ恐れられていた暴れん坊王子様の面影など、今はさっぱりない。
 その横に柚巴が並んでいる時だけだけれど。
 しかし、王子様のちんまりした心では、我慢の限界もすぐにくる。
 あまりにみんなそろってからかって笑うものだから、王子様はついに爆発してしまった。
 かっと稲光が走ったかと思うと、同時にその場に火の雨と氷の雨が降り注ぎ、使い魔たちはわあわあ騒ぎながら逃げ惑う。
 逃げ惑いつつも、なんだか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
 被害が広がらないように防壁をはりながらその光景を見ていた竜桐が、呆れたっぷりにつぶやく。
「……まったく、馬鹿ばかりだな」
 使い魔たちはそれぞれ自力でどうにかできるけれど、さすがに屋敷への被害は誰かが手を貸さないと防げない。
 こういう場合、その役目を担うのが決まって竜桐。
 竜桐の横では、椅子に腰かけ、ふぉっふぉっと楽しげに笑いながら、幻撞がにこにこ顔で眺めている。
 若者たちの楽しい遊戯の時間を、まるで見守るように。
 世凪は世凪で、相変わらず柚巴をぎゅうとその腕に出き、得意げに火の雨と氷の雨を降り注ぎつづけている。
 どうやら、彼らはすっかり、この状況に陥った原因を忘れ、そのはた迷惑な遊びに興じてしまっているらしい。
 ただ、由岐耶だけは、楽しくおめでたいはずのそれを素直に喜べないでいる。
 群れるそこから一歩ひき、すいっと視線をそらす。
 きゅっと足に力を入れ、何かに耐えるように地を踏みしめる。
 それに気づいた庚子は、きゅっと唇をかんだ。
 庚子もまた、人間の身でその危ない遊びに参加できるはずもなく、竜桐がつくった安全地帯に避難している。
 今にもいなくなりそうな由岐耶の姿を見て、庚子は思わず駆け寄っていた。
「由岐耶さん、ちょっと来て」
 そして、由岐耶まで駆け寄ると、そのままぐいっと腕をひく。
「え? 庚子さん?」
 由岐耶は突然のことに面食らったように、まじまじと庚子を見る。
 けれど、庚子はそれにはかまわずに、由岐耶の腕をぐいぐいひき、昼間ともにすごしたあのたんぽぽの園へ引っ張っていく。
 もうすっかり日は落ち、空は闇色にそまっている。
 その中に、黄色い月がぽっかり浮かんでいる。
 月光を受け、広がるたんぽぽが、まるで満天の星のようにきらきら光っている。
 馬鹿騒ぎが遠くの方になった頃、庚子はようやく足をとめた。
 由岐耶も慌てて足をとめる。
 そして、戸惑いがちに庚子の顔をのぞきこもうと腰をかがめる。
 同時に、庚子が勢いよく振り返った。
 月を背に、庚子は何故か今にも泣き出しそうに微笑んだ。
「由岐耶さん、泣いてもいいよ。ここなら誰も見ていないから」
 庚子はすっと手をのばし、由岐耶の頬にそっと触れる。
 触れた由岐耶の頬は、ひんやり冷たかった。
「庚子さん……っ」
 庚子の手が頬に触れると同時に、由岐耶はこらえていたものをはきだすように、そうもらした。
 ぎゅっと、触れる庚子の手を握り締める。
「辛いよね、辛くてたまらないよね。でも、由岐耶さん偉いよ。必死にこらえていたんだから」
 庚子はもう一方の手も、由岐耶の頬へそっと持っていく。
 すると、その手も由岐耶はぎゅっと握り締めた。
「連れ出してくれたのが、あなたでよかったです、庚子さん」
 そう言って、由岐耶は庚子の肩にぽすっと顔をうずめる。
 一瞬驚いたように由岐耶を見て、庚子はふうと小さく吐息をもらした。
 そして、握る由岐耶の手をひとつ解き、ゆっくりその背にまわしていく。
 由岐耶の背を、ぽんぽんと軽くたたく。
「いつもは由岐耶さんが慰めてくれるから、今日は特別、わたしが慰めてあげるよ」
 そう言って、庚子は肩にある由岐耶の頭にそっと顔を傾ける。
 庚子の肩では、由岐耶が小さく震えている。
 かすかな風が通り、由岐耶の金の髪がゆれ、さわりと庚子の頬をくすぐっていく。
 月光に照らされた由岐耶の髪が、庚子の目の前できらきらゆらめいている。
「思う存分泣いて、一緒に柚巴を祝福してあげよう?」
「……はい」
 庚子が耳のそばでそっとささやくと、由岐耶は小さくうなずいた。
 同情だっていい。傷のなめあいだっていい。
 それで、少しでも気持ちが楽になるのなら。
 ゆがんだかたちでも、一歩でも先へ進めるのなら。
 そうしていつか、新しい自分に出会えればいい。
 今はこうして立ち止まっているけれど、いつかきっと、また動き出す時がくるだろう。
 その時のために、今はこうして傷口をうめていく。
 昼間は二度と会えないよりいつもそばにいる方が辛いと思ったけれど、やっぱり二度と会えない方が辛い。
 だって、そばにいれば、いつかは何かをきっかけに諦めることができるけれど、二度と会えないとそれもかなわない。きっかけすら生まれない。
 ただただ、思いだけが募っていく。
 庚子はまだ、どうしようもなくおさななじみのあいつが好きでたまらない。


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update:09/02/28