ひまわりの微笑み
(7)

 限夢界、限夢宮。
 一角には、この世界の神々を祀る建造物を集めた場所がある。
 ――神域。
 そこには、愛の女神・ラヴィの黄金の杯と、冥界の神・ヘルネスの漆黒の鎌が並んである。
 ラヴィの黄金の杯は愛の象徴、そしてヘルネスの漆黒の鎌は死の象徴。
 何とも皮肉な並びになっている。
 もちろん、神のドームを中心として、この神域には噴水だとか禊場だとか、それはそれはもう雑食もいいところな建造物がおさめられている。
 まあ、雑食とは言っても、それら建造物は、それぞれ神を象徴するものとなっているのだけれど。
 恐れ知らずもヘルネスの漆黒の鎌にもたれかかる男に、空からいきなり現れた銀髪の天使が、怒りの形相で静かに声をかけた。
「ヘルネス、どういうつもりだ?」
「おや? タキーシャ、そんなに怖い顔をして何だ?」
 どうやら、漆黒の杯にもたれかかっていた男こそが、冥界の神・ヘルネスだったらしい。
 ヘルネスは、くすくすくすと笑いながら、自らの青銀の髪をもてあそぶようにいじる。
 智神・タキーシャの唇が怒りのためにきゅっとゆがむ。
 けれど、小さく一度深呼吸し、ヘルネスをきっとにらみつける。
「とぼけるなよ」
 タキーシャはじりっと一歩ヘルネスへ歩み寄り、その胸倉をつかもうと腕をのばしていく。
 それをすんでのところでさっとかわし、ヘルネスはにたにたとした嫌味な笑みをタキーシャへ向ける。
 そして、のばされたまま宙ぶらりんになっていたタキーシャの腕をつかむ。
「はあ、やれやれ。やっぱり、気づいていたのか」
 ヘルネスの腕を乱暴に振り払い、タキーシャはさらに迫っていく。
「当たり前だ。どうして、あんなけしかけるようなことを……!」
 悔しそうにヘルネスから顔をそらし、タキーシャはぎりっと奥歯をかむ。
 どうやら、いつもひょうひょうとしていて人を小馬鹿にした節があるタキーシャには珍しく、冷静さを欠いているらしい。それくらい、静かに怒っている。
 いつもとは違うタキーシャの様子に、ヘルネスは楽しげに口のはしを上げる。
「はて? 俺はたんに、人間に化けた部下を使ってあの娘に声をかけさせただけだが?」
「この野郎っ」
 ヘルネスがすっとぼけてそう言うと、再びタキーシャの腕がのびた。
 しかし、それもさっとかわして、ヘルネスは自らのために造られた漆黒の鎌の上にひょいっととびのる。
 そしてそこから、楽しげにタキーシャを見下ろし、ひょうひょうと言い放つ。
「だって、仕方がないだろう。あの娘、いつまでたってもお前のことばかりなんだから。あれじゃあ、寿命がすり減るばかりだ」
 その言葉は、死を司るヘルネスだからこそ、タキーシャの胸にとても重く響く。
 ヘルネスがそう言うということは、どんなにふざけたふうにしていたって、きっと本当なのだろう。
 娘の寿命は、おさななじみの少年のために疲弊し、本人も気づかぬうちに縮んでいるのかもしれない。
 ただ、ヘルネスのことだから、口からでまかせということも否めないが。
 この死を司る神は、その責務とは裏腹に、性格は実にいい加減で、人をからかって遊ぶことをこよなく愛している。
「だからって、どうして由岐耶なんだよ! 庚子には人間と恋をしてほしいんだ。だから俺は、そのために……っ。限夢人との恋は、苦しみしか生まないんだよ。柚巴ちゃんたちみたいに、苦しませたくないんだ!」
 ぶわっと背の白い羽をひろげ、タキーシャはヘルネスのもとへ飛び上がろうとする。
 しかし、その体ががくんと揺れた。
 見ると、ふわふわの長い銀髪を流した女性が、タキーシャの足をむんずとつかんでいた。
 タキーシャはその手を乱暴に蹴散らし、いまいましげにすっとその場に着地する。
 すると女性は、ちっと舌打ちした。
 皮肉るようにちらっとタキーシャを見る。
「そうとも限らないよ。すぐ近くに新しい恋が落ちているんだ、誰かが手助けしてやらないと」
 そして、くすくす笑い出す。
「ラヴィ、君もか……!?」
「麗しのラヴィの頼みとあっては、俺も断れないからねえ」
 同時に、タキーシャの頭上から、楽しげにけらけら笑いながらそう言うヘルネスの声が降ってきた。
 それから、漆黒の鎌からすうっと降りてきて、そのまま愛の女神・ラヴィの肩へ腕を伸ばしていく。
 瞬間、その場に電撃が走った。
「触れるな、外道」
 足元でぱちぱちと電気を起こすヘルネスを汚らわしそうに見下ろし、ラヴィが言い放つ。
「ラヴィ、つめたい」
 ヘルネスはのっそり起き上がり、恨めしげにラヴィを見る。
 やはりまだ、毛の先がぱちぱちいっている。
「わたしは下衆は嫌いなんだ。女とあれば見境なくさかりおって」
 ヘルネスは性懲りもなく再びラヴィへ腕をのばしていく。
 けれどもちろん、それもまた、ラヴィによってあっさり撃退されてしまう。
 今度は、ばちばちと電流を放つ槍のようなものを、ヘルネスののどもとにつきつけている。
 その横で、いつものことというように二人を無視して、タキーシャは難しい顔をしていた。
 そんなタキーシャに気づき、ヘルネスはにっと笑みをつくり、ぽんとその手をたたく。
「まあ、見てなって。あの二人なら、案外うまくやるよ。何しろあの二人は……」
 ヘルネスがそこまで言いかけた時だった。
「なーに? 三人そろって、また悪巧み?」
 くすくす笑いながら、柱の陰からまだあどけなさが残る女性が現れた。
 長い黒髪が、さわさわふく風になびいている。
「え? 柚巴ちゃん?」
「お、柚巴か」
 ふとその声に気づき顔を向けると、柚巴が笑いながら歩み寄っていた。
 タキーシャは思わずぽかんとして、ヘルネスは得意げににっと笑う。
 そして、その横を突風が駆け抜けていく。
「きゃあっ、柚巴!」
 いや、あれは突風などではない、女の子を前にして見境がなくなったラヴィ。
 ラヴィは体当たりするように柚巴をつかまえ、そのままぎゅうと抱きしめる。
「ちょっ、ラヴィちゃん、苦しいよ」
 ラヴィにぎゅうぎゅう抱きしめられ、その中で柚巴がもぞもぞ動いている。
「あ、ごめん。ああ、でも、いつ抱いても柚巴は気持ちいいなあ」
 ラヴィは柚巴を抱く腕の力を少しだけ抜き、柚巴を抱えたまま、タキーシャたちのもとへ戻っていく。
「うわっ、変態」
「この女好きめっ」
 そして、戻ってきたラヴィにタキーシャとヘルネスは容赦なく罵声をあびせる。
 しかし、腕の中に女の子を抱いたラヴィには向かうところ敵なし。
 さっぱり気にした様子なく、しつこいくらいに柚巴にすりすりほおずりしている。
 さすがにそろそろ危険だと思ったのか、ヘルネスがやれやれと肩をすくめ、ラヴィの腕の中から柚巴を奪い取った。
「また王子様が暴れだすから、これくらいにしておけ、ラヴィ」
 ようやくラヴィの激しすぎる抱擁から解放され、柚巴はほっと吐息をもらす。
「ちっ。カームスの野郎めっ。だから男は嫌いなんだ」
 せっかくの幸せで楽しい時間を、ここにはいない男に邪魔され、ラヴィは苦々しげにはき捨てる。
 そして、よじよじと黄金の杯によじ登り、その中にぽてんと身をすべりこませた。
 どうやら、ラヴィはすねてしまったらしい。
 けれど、そこから、ちらちらと顔をのぞかせ、下の様子をうかがってはいる。
 タキーシャとヘルネスは互いに顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめる。


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update:09/03/31