ひまわりの微笑み
(8)

 神たちのやりとりをあっけにとられ見ていた柚巴が、気を取り直したようににっこり微笑んだ。
「でも本当、ここの神様たちって、みんなおせっかいだよねえ」
 柚巴はけろりと言い放ち、くすくす笑い出す。
 黄金の杯の台座にぽてっと背をつけて、柚巴はそこから杯を見上げる。
 すると、様子をうかがっていたラヴィとばっちり目が合った。
 ラヴィは慌てて、また杯の中に顔を隠す。
 かと思ったら、ゆっくりと顔を出してきて、柚巴にへにゃっと笑いかけた。
「でもまあ、わたしたちの出る幕はなかったようだけれどね」
 もうすねるのはやめてしまったのか、杯の中からひょいっと飛び出し、ラヴィが柚巴ににっと笑いかける。
「由岐耶め、なかなかやるなあ」
 柚巴がもたれかかる台座の横にぽんと手をつき、ヘルネスがにやっと笑う。
 同時に、タキーシャとラヴィによって、ヘルネスは柚巴から引き離され、地面に埋められていた。
 やっぱり、ヘルネスの髪の先はばちばち電気を放っている。
 ヘルネスを呆れたように見下ろしながら、だけどどこか安堵したように柚巴はつぶやく。
「……そっか。よかった」
「ん? 柚巴、さりげなくきついなあ。だってほら、由岐耶は……」
 ヘルネスから奪還した柚巴をぎゅうと抱きしめ、ラヴィはにやにやしながらその顔をのぞきこむ。
 かっと、柚巴の顔が真っ赤に染まった。
 そして、悔しそうにラヴィを見つめる。
「だ、だって……っ!」
「ああ、わかっているよ」
 明らかに動揺しおろおろしはじめた柚巴の頭を、ラヴィはぐりぐりとなでる。
 からかうとなんて楽しい小動物なのだろうかとでも言いたげに。
 ラヴィは、女の子はみんな好きだけれど、その中でも柚巴がいちばんお気に入り。
 それはまあ、仲間というか同じ神というか、そういうのもあるのだろうけれど、柚巴のまとう雰囲気が、ともにいると自然、ラヴィを優しい気持ちにさせるから。
 柚巴は、そういう不思議な魅力を持っている。
 そんな柚巴の大好きな友達だから、ラヴィもついつい庚子を気にかけてしまう。
 庚子も庚子なりに、意地っ張りで一途でかわいいところがあるのはたしかだけれど。
「もう、ラヴィちゃんのばかあ」
 ぷっくり頬をふくらませて非難する柚巴もまた、ラヴィの目にはかわいく見える。
 これが男だと、そのままぶっとばしてやるところ。
「でも、あともう少し後押ししても愉快だなあ」
 べちょっと地面に寝そべり、肘をつきそこに頭をぽてっとのせて、ヘルネスはくくくと声を殺すように笑う。
「だから、やめろよ、ヘルネス!」
 もちろん、瞬時にタキーシャは非難し、寝そべるヘルネスの上にぼすんとのっかる。
 「重いなあ、お前、やせろよ」とぶうぶう言いつつも、ヘルネスはタキーシャを振り落とそうとはせず、やはりくくくと楽しげに笑う。
「タキーシャは過保護だよなあ」
 なんて、しみじみ言いながら。
 結局のところ、ヘルネスもラヴィも、おせっかいをやめる気はさらさらないよう。


「柚巴ー、もういい加減にしてよねー。そろそろ十一月だよ。一体、ドレス選びに何ヶ月かければ気がすむんだよ」
 ソファにでろんともたれかかり、庚子がぶうぶう不平をもらしている。
 日曜日の昼下がり。
 こんな小春日和に、家にとじこもってドレス選びなど、不健康きわまりない。
 何より、柚巴はまあ楽しいだろうけれど、それにつき合わされる庚子はたまったものじゃない。
 あの男に柚巴をくれてやるというだけでもはらわたが煮えくり返るというのに、そのドレス選びに何ヶ月もかけ、そんなに入念にされては、そろそろ庚子の我慢も限界。
 一度、あの男をぶん殴りたくなる。むしろ、この世から消えてなくなればいい。
「だ、だって、世凪が〜……。こんなにたくさん持ってくるんだもんっ」
 柚巴はぴーと泣き出し、面倒くさそうにソファに座る庚子に飛びつく。
 その柚巴を両腕いっぱいで受けとめ、庚子はよしよしと頭をなでてやる。
 そう、柚巴はいい、柚巴に甘えられるのはむしろ喜ばしい。
 しかし、そこかしこにあの憎らしい男の陰が見え隠れするから腹立たしい。
「いやまあ、たしかにそうなんだけれどねえ。ここまでくると、山のようにじゃなくて、まさしく山だね」
 はあと盛大にため息をもらし、庚子は遠くをぼんやり眺める。
 あえて、足元から一帯にかけて広がる純白のドレスの山になど、目をくれてやらない。
 庚子がやれやれと肩をすくめ、ぴーぴー泣く柚巴を慰めていると、目の前のテーブルにティーカップが二つ置かれた。
「しかし、あくまでこれらはサンプルであって、実際にはこの中から姫さまが気に入ったものをもとにデザインから起こしていくというフルオーダーですからね。まったく、姫さまもあんな奴のわがままにつき合わなくてもいいのに」
 いつの間にやって来ていたのだろう、由岐耶が呆れいっぱい、おまけに汚らわしさいっぱいこめて、はき捨てる。
 庚子もそれに激しく同意する。
 もちろん、由岐耶以上に呆れている。
「うわー、もう何も言えないね、あの馬鹿王子」
「同感です」
 由岐耶も心からそうもらす。
「あ、そういえば、竜桐さまに呼ばれているので、わたしはこれで失礼しますね。お二人でどうぞお茶の時間を楽しんでください」
「え? 由岐耶さん、行っちゃうの?」
 きょとんとして、庚子が由岐耶を見上げる。
 柚巴は相変わらず、庚子の腕の中でぴーぴー泣いている。
「ええ、向こうでまた、嚇鳴あたりが悪さでもしたのでしょう。三銃士が呼ばれるくらいですから」
「そうなんだ」
 ちょっぴり残念そうに庚子がつぶやいた。
 由岐耶は今来たばかりなのだから、もう少しくらいは一緒にここにいると思っていたのだろう。
 事実、由岐耶はたいてい、庚子と柚巴のつまらない女同士の会話をともに楽しげに聞いていることが多い。
 そして、そこへ馬鹿な使い魔たちが乱入してきたら、いつもさりげなく庚子を守っている。
 だって、あの使い魔たちは、すぐに乱闘をはじめてしまうから。
 柚巴は何だかんだ言っても、それでも平気だけれど、さすがに純粋な人間の庚子には危険。
 それを唯一わかっているのが、近頃では由岐耶だけなような気がする。
 由岐耶なしでは、庚子はおちおち柚巴と会話もできない。
「それじゃあ、すみません、行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
 ぺこっと小さく頭を下げ去っていく由岐耶に、庚子は小さく手を振る。
 扉が開けられ、その中に消えていく由岐耶の背を、庚子は何故かすがるように見つめてしまう。
 もう少しくらいはここにいてもいいだろうに、そんなことをぼんやり思いながら。
「庚子ちゃん、由岐耶さんのことが好きなんだね?」
 すると、庚子の腕の中から、いきなりそんな突拍子もない言葉が出てきた。
 はっとしてそこを見ると、妙に真剣な目をした柚巴が庚子をじっと見上げている。
「……え? ゆ、柚巴?」
 一体、いつの間に泣きやんでいたのだろう。
 いや、泣いているふりをしていただけで、柚巴はずっと二人の会話を聞いていた? 見ていた?
 ……柚巴なら、やりかねない。
 いつもはあきれるくらい鈍いのに、変なところだけは鋭いから。
 どう答えればよいのかわからず戸惑う庚子に、柚巴は追い討ちをかける。
 腕の中からずいっと上体をあげ、庚子の顔の前に顔を持ってきた。
 そしてやっぱり、そこでじっと庚子を見る。
「違う?」
 柚巴がかわいらしく、くいっと首をかしげる。
 庚子は思わず、柚巴からすっと視線をそらしてしまった。
「い、いや、その……っ。わたしは、多紀が……。あ、あれ? でも、そうなのか!?」
 庚子はそう言うと、再び柚巴へ勢いよく視線を向けた。
 何故だかわからないけれど、胸がぎゅうぎゅうしめつけられ苦しい。
 庚子は今にも泣き出しそうな顔で、すがるように柚巴を見つめる。
 すると柚巴は、まっすぐ見つめていた目の力をすっとぬいて、優しげな微笑を浮かべた。
 そして、こくんとうなずく。
 瞬間、庚子の中で何かがくずれおちたように、一気に体から力がぬけた。
 へにょりとソファにもたれかかる。
 柚巴は庚子の腕のなかからずりっと移動する。そして、そのまま今度は柚巴が庚子をきゅっと抱きしめた。
「もう、庚子ちゃんはにぶにぶだねえ」
「柚巴に言われたくないよっ!」
 楽しげにけらけら笑い出す柚巴に、庚子は力いっぱい叫ぶ。
 そう、気づいていなかっただけで、庚子はもしかして、多紀と同じくらい由岐耶が大切になっていたのだろうか?
 柚巴に言われるまで、気づかなかっただけで……。
 考えれば、五年前のあの日から、由岐耶はいつも庚子のそばにいた。
 庚子のそばにいて、見守っていた。
 時にはともに苦しみ、慰めあうこともあった。
 そして、いつしかそれが、当たり前になり、心地よくなっていた。
 では、やっぱり、庚子は……?
 まだよくわからないけれど、嫌な気はしない。


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update:09/04/08