ひまわりの微笑み
(9)

 限夢界。
 城下に、その名が通った三人の男がいる。
 彼らは普段は近衛に属している。
 そして、三人ともに行動することが多いことから、いつしかそろって、三銃士と呼ばれるようになった。
 しかし、そんな立派な呼び名をもらっても、実際にしていることはこんなこと。
 問題児たちの捕獲とおしおき。
「やっぱり、嚇鳴だったようですね」
 由岐耶はぱんぱんと手をはらい、うっとうしげにはき捨てた。
 足元にころがる死屍累々――もとい、問題児たちを、これでもかというほど蔑み見ている。
「隊長ー、そんなにうっとうしがってやるなって」
「そういう祐が、実はいちばんうっとうしがっているくせに。いや、面倒がっているか?」
 げしっと、地面にころがる嚇鳴を蹴飛ばし、祐がへらへらと由岐耶にすりよっていく。
 その横で、亜真がくすくす笑っている。
「けれど、嚇鳴も立派になったものだねえ。子分ができたのか」
 亜真のその言葉通り、嚇鳴とともに、三人ほど、近衛の制服を着た下級兵がころがっている。
「君たちも、この馬鹿の悪いところだけ見習っていると、そのうちクビにするよ」
 妙に冷たい目で、嚇鳴とその子分を見下ろし、由岐耶はさっと背を向けた。
「ほーら、お前たちが、こんなつまらないことでうちの隊長の手をわずらわせるから、ご立腹だ」
 背を向け、もう見るのも汚らわしいとばかりにさっさと去っていく由岐耶を見て、祐が意地悪にけらけら笑う。
 瞬間、嚇鳴とともにおしおきをうけた子分たちの顔から、さあと色が失せていく。
 近衛の隊長由岐耶といえば、普段は冷静で優しいだけに、怒らせるととっても怖いと有名。
 今ようやくそのことを思い出したのだろう。
「というか、今日の隊長さん、いつも以上に不機嫌じゃなかった?」
 ぼろぼろにおしおきされた嚇鳴が、のっそり起き上がりながら首をかしげる。
 たしかに、普段の由岐耶なら、ここまで無茶はしない。
 ほどよく手加減して、おしおきをする。
「そういえば、今日の由岐耶、容赦なかったなあ」
 ぽりぽりと頭をかきながら、祐がのんびりつぶやく。
 そして、ぽかりとおまけとばかりに嚇鳴の頭をなぐる。
 「いってー!」と大げさに騒ぐ嚇鳴と、すっかりすくみあがってしまったその子分を、祐と亜真は手分けして王宮へしょっぴいていく。
 これもまたいつもの光景のようで、城下を行き交う人々はたいして気にした様子はない。


 祐と亜真に問題児をまかせて、由岐耶は一人先に王宮へ急いでいた。
 なんだか気が急いて仕方がない。
 先ほど、どことなくすがるように見つめ引き止めた庚子の顔が、由岐耶の頭からはなれてくれない。
 あの馬鹿どもが問題さえ起こさなければ、由岐耶はあんな状態の庚子を置いて限夢界に帰って来ることはなかったのにと思うと、本当に腹立たしくて仕方がない。
 だから、再び人間界へ行くために、王宮の中庭へ向かっている。
 人間界へ通じる道は、そこにしかない。
「よっ、由岐耶!」
 急ぐ由岐耶に、城門をくぐりちょうど中庭につづく回廊にさしかかった頃、そう声がかかった。
 かと思うと、目の前に、いきなり「ばあ」と見たくもない顔が現れた。
「げっ、ヘルネス!」
 そして、由岐耶の目の前でくりと一回転し、すとんとその場に着地する。
 近頃、あのいまいましい智神・タキーシャだけでなく、この冥界の神・ヘルネスも王宮でよく見かけるようになった。
 タキーシャだけならまだしも、死を司る神が王宮にいつくなど、なんと縁起の悪いことか。
 それもあり、王宮でヘルネスを見ても由岐耶はもう驚かなくなったけれど、できれば会いたくないことだけはたしか。
 しかも、由岐耶は今急いでいて、ヘルネスの相手をしている暇などない。
「げっとは何だ、げっとは。まったく、貴様らは神を敬う気はないのか」
 しかし、由岐耶の都合などおかまいなしなのが、この迷惑な神。
 一体、タキーシャとどちらがより迷惑だろうか?
 考えるだけで、げんなりしてくる。
 どちらもそれぞれに、うっとうしくて迷惑だから。
「敬って欲しいなら、それなりの言動をしてくださいよ、まったく」
 ヘルネスをぐいっと押しのけ、由岐耶は先を急ぐ。
 これくらいの失礼をしたところで、この神はちっとも気にしないことを、由岐耶はそろそろわかってきた。
 まあ、これだけしばしばからまれていれば、わかりたくなくてもわかってしまうだろう。
「どうも近頃、お前たちの俺に対する態度が悪くなってきたよなあ」
「こうしばしばやってこられては、なんだかもう神だとは思えなくなってしまうんですよね」
 ふよふよ浮きながら、まるで背後霊のようについてくるヘルネスに目をくれることなく、由岐耶はずんずん歩いていく。
 たしかに、ここまで気さくにされると、あの恐怖の対象、死を司る神だとは思えなくなってくる。
 この世界の神とは、みんなこんなにふざけた奴ばかりなのだろうか?
 ――ふざけた奴ばかりなのだろう。
 いつか、ムカつく王子様たちが、そういう話をしていたことを由岐耶は聞いていた。
 そう、この世界の神々は、変人ぞろい。
 そう思うと、やっぱりげんなりしてくる。
「冥界の神の俺でもか?」
 ヘルネスが興を覚えたように、由岐耶の顔をのぞきこむ。
「あ、そういえば、冥界の神でしたね」
 けれど、やはり、ヘルネスにかまっている暇のない由岐耶は、けろりとそう言い捨て、ずんずん歩いていく。
 ヘルネスはますます愉しげににっと笑って、またひょいっと由岐耶の顔をのぞき込む。
「この野郎っ。寿命を縮めてやるぞっ」
 すると由岐耶はちらっとヘルネスを見て、ふっと口のはしを上げた。
「……そうですね、それもいいですね」
 そして、どことなく淋しげに切なげに、由岐耶は静かに笑みを浮かべる。
「由岐耶……?」
 予想外の由岐耶の言葉に戸惑うように、ヘルネスが険しい顔をする。
「冗談ですよ」
 由岐耶はそう言うと、くすりと笑った。
 もうすぐそこに、中庭が見えている。
 ヘルネスは何故かぴたりと動きをとめ、由岐耶の背を見ていた。
 そして、すとんと着地した。
 それから、その場で、両腕を組み、試すように由岐耶に問いかける。
「なあ、由岐耶、俺が以前言ったことは覚えているか?」
 ぴたりと由岐耶の足がとまった。
 そして、ゆっくりヘルネスへ振り返る。
「ええ……。限夢人の寿命を、人間並みの寿命にすることはできる……でしたね」
 苦しげに、けれどどこかさっぱりしたように微笑を浮かべ、由岐耶は静かにうなずく。
 ふっとヘルネスの口のはしが得意げに上がる。こくんと小さくうなずく。
「ああ、よく考えておけよ」
 そう言って、ヘルネスはその場からすっと姿を消した。
 現れるのもいきなりなら、去るのもいきなりらしい。
「まったく、おせっかいな神なのだから」
 ヘルネスが消えたそこからすっと視線をそらし、由岐耶はかみ殺すようにくすっと小さく笑った。
 やはり、何故か、由岐耶はどこか吹っ切れたように清々しい顔をしている。


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update:09/04/14