ひまわりの微笑み
(11)

 それからひと月後。
 そろそろあたたかくなり、つぼみもほころび出している。
 そして同時に、柚巴があっちの世界へいってしまう日も着実に近づいてきている。
 それでも、庚子と由岐耶は、柚巴がいなくなる淋しさを互いに埋めあうように、おだやかにすごしている。
 そんなある休日の昼下がり。松原邸の玄関先。
 庚子の両腕の中には今、大きなひまわりの花束がある。
「ゆ、由岐耶さん!? こ、これは……!?」
 いきなり飛び込んできたその花束に、庚子は目を白黒させて驚きをあらわにする。
 そして、ひまわりの花からどうにか顔をだして、目の前の由岐耶に問いかける。
「ホワイトデイのプレゼントです」
 由岐耶はにっこり笑うと、けろっとそう言った。
 どうやら由岐耶は、ひと月前の約束どおり、庚子にホワイトデイのお返しを持ってきたらしい。
 しかもそれは、庚子の予想をはるかにこえて、とんでもないこれ。
「と言っても、今は時期はずれだろう? よくあったね」
 とんでもないけれど、驚いたけれど、庚子の胸はとてもあたたかい。
「ええ、世界中を探しましたから」
「世界中って……っ」
 やっぱりとんでもないそんなことを、由岐耶はけろりと言い切る。
 まあ、たしかに、限夢人の能力があれば、地球の裏側にでもとび、買い求めることくらいたやすいだろう。
 裏側にいかなくたって、ちょうどひまわりの季節の国へ行けば、簡単に買えてしまう。
 それくらい、限夢人ならさらさらっとしてのける。
「好きなんですよね?」
 ただただ驚くばかりの庚子に、由岐耶は少し不安げに問いかけた。
「あ、ああ……」
 庚子はやっぱり、しどろもどろに答えるしかない。
 けれど、その言葉は本当。
 そう、庚子はたしかにひまわりがいちばん好き。
 以前何気なく話したことを、由岐耶は覚えていた。
 もちろん、このひまわりの花束は嬉しいけれど、それが何よりも庚子には嬉しい。
 しどろもどろではあるけれど、力強くうなずく庚子に、由岐耶もようやくほっと胸をなでおろす。
「よかった。どうしても、これを庚子さんに贈りたかったのです」
「そ、そっか。ありがとう、嬉しい」
 由岐耶がそう言うと、今度は庚子は素直に喜びをあらわした。
 さすがに、そろそろ弾んだ胸も落ち着いたらしい。
 ほわりとひまわりの花に頬を寄せる庚子を、由岐耶は微笑ましそうに見つめる。
「やっぱり、庚子さんにはこの花がいちばん似合いますね」
「由岐耶さん?」
 花からちらっと視線を由岐耶へ向け、庚子はくいっと首をかしげた。
 なんだか今、とっても恥ずかしくなるようなことを由岐耶は言ったような気がする。
 庚子には似合わない、なんだか乙女ちっくなことを。
 かあと頬をほてらせ見上げる庚子に、由岐耶はどこか苦しげに問いかける。
「庚子さん、まだタキーシャのことは忘れられませんか?」
「……え?」
 いきなりのその問いに、庚子は一瞬思考を止める。
 まさか、こんな時にそういう問いかけがあるとは、庚子は思っていなかった。
 しかもそれは、近頃は庚子もすっかり忘れていたこと。
 あまり気にしなくなったのは、よりにもよって今目の前でそんな問いをする由岐耶のためだというのに。
 庚子の胸のうちが、すうっと冷たくなる。
 きゅっと顔をゆがめ、庚子は由岐耶からすっと視線をそらした。
 それを肯定ととったのか、由岐耶は辛そうに微苦笑を浮かべる。
「無理にタキーシャのことを忘れようとしなくてもいいのですよ。あなたにとって、彼がどれほど大きな存在だったか、わたしはよくわかっているつもりです」
「由岐耶さん」 
 そう語りかける由岐耶は、酷なことを聞いてしまったというように、まるで自分自身を責めているように見える。
 そうではない。今庚子がひどく傷ついてしまったのは、そういうことではない。
 多紀のことで、あの時のように心痛むことはもうない。
 多紀は、庚子の大切なおさななじみ。ようやくそこに戻り、落ち着くことができた。
「苦しむだけ苦しんだら、いつかきっと目の前がひらけてきますから、それまでゆっくり過ごしましょう? ――わたしのようにね?」
 由岐耶の言葉に胸は痛むけれど、懸命にはげまそうとしていることはわかるから、庚子もそれにあわせることにした。
 大切なところで取り違えるなんて、由岐耶は肝心なところで抜けている。
 庚子の気持ちは、あのバレンタインチョコ。
 庚子はおどけたようににっと笑ってみせ、ぽんと由岐耶の胸をたたく。
「あはっ、由岐耶さんが言うと、説得力があるね」
「ええ、何しろ、かなわぬ恋の経験者ですから?」
「自分で言っちゃ、おしまいだよ」
 ほら、そうすると、由岐耶も庚子にあわせておどける。
 どうして、こんな時にいきなりそんなことを言い出したのか庚子にはわからないけれど、きっと由岐耶は由岐耶なりに庚子を気にかけてのことだろう。
 世界中を探しまわって手に入れてきたというひまわりに喜んでしまった、庚子が情けない。
 だって、庚子は期待してしまったから。
 そして、そんな期待してしまった庚子がなんだか恥ずかしい。
 そう、そんなことがあるはずがない。そんな都合のいいことが。
 由岐耶にはさっぱり他意はないのだろう。
 そう思うと、なんだか思わせぶりな由岐耶の態度に、庚子は腹が立ってくる。
 柚巴のお呼びもないのに、休日いきなり家にやってきて、こんな花束を贈るのだから、ちょっとくらい期待してしまっても仕方がないだろう。
 うん、そう、すべて、由岐耶が悪い。
 そう思うと同時に、庚子の中の意地悪な心に火がついた。
 ここは、少しくらい由岐耶をからかって、困らせてやってもいいだろう。
「由岐耶さん、さっきの答え」
 ちろっと上目遣いに由岐耶を見て、庚子はにっと笑う。
 由岐耶は一瞬何のことかわからなかったようだけれど、すぐに先ほどの自分の問いかけに気づき、すっと顔をひきしめる。
 そんな由岐耶へ向かって、両手いっぱいにひまわりの花束を抱き、庚子はいじわるな顔をしてみせる。
「それは、きっとノーだよ」
 由岐耶はぎょっと目を見開いた。
 まさかここで、その答えがでてくるとは思っていなかったのだろう。
 しかも、そんな意地悪な顔で。
 意地悪というよりかは、なんだかすべてを吹っ切ったような顔で。
 驚く由岐耶にさらに追い討ちをかけるように、庚子はにっと笑ってみせる。
「わたし、きっと、他に好きな人ができたと思うんだ」
「か、庚子さん!?」
 庚子の予想通り、由岐耶はさらに驚きを見せる。
 由岐耶はずっと、庚子はまだ多紀が好きだと思っていたのだから、無理もない。
 由岐耶はよほど驚いたのか、ずるっと一瞬こけそうにもなった。
 驚き、衝撃を受けつつ、ひどく傷ついたようにその瞳が忙しなく動いている。
 ――してやったり。
 やはり、これくらいの報復があってしかるべきだろう。
 だって由岐耶は、庚子の心をぎざぎざに傷つけたのだから。
 庚子はくるっと身を翻し、由岐耶に背を向け、すっと空を仰ぎ見る。
「寿命の違いに柚巴が苦しんだことは知っている。だけど、それでもわたしは……」
 何気なさを装い庚子がそこまで言うと、由岐耶は何かに気づいたらしく、びくんと大きく体を震わせた。
 そしてそのまま、庚子を背からぎゅっと抱きしめる。
 さすがにその行動は予想できていなかったらしく、庚子は由岐耶以上に体を震わせ驚く。
 そんな庚子の耳元で、由岐耶はそっとささやいた。
「庚子さん、わたしは、限夢人の寿命を捨てます。残された時間、ともに生きてもらえますか?」
 どうやら、面白いくらい正確に、庚子の思いは由岐耶に伝わってしまったらしい。
 先ほどまで大きな勘違いをしていた人物と同一とは思えないほどの、見事な悟りっぷり。
 そして、由岐耶からは庚子の期待以上の言葉が贈られる。
「……え?」
 庚子は驚きに満ちた顔を、ゆっくり由岐耶へ向けた。
 その目には、今にもあふれ出しそうなほどたっぷり、涙が浮かんでいる。
 由岐耶は庚子の身をくるりとまわし、向き合わせた。
 まっすぐに、庚子と由岐耶の視線がからまりあう。
「駄目ですか?」
 ちょっぴり不安げに、うかがうように由岐耶が問いかける。
 すると庚子は、きゅっと顔をゆがめて、ひまわりの花束を放り出し、そのまま由岐耶の胸の中に飛び込んでいく。
「駄目じゃない……っ!」
 由岐耶の胸の中では、ぽろぽろ涙をこぼし、庚子はひまわりのようにあざやかに笑っていた。
 由岐耶は体全部を使い、愛しげに庚子を抱きしめる。
 いつの間にか、二人の思いは、二人が気づかないうちに、こんなところにまで成長していた。
 純粋な同情が、無垢な愛情へ変わっていく。


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update:09/04/27