ひまわりの微笑み
(12)

「え? 庚子ちゃん、どうしたの? 今日約束していたっけ?」
 いきなり目の前に現れた庚子に、柚巴は目をぱちくりとさせ驚きをあらわにする。
 たしかに、ホワイトデイの今日、庚子は柚巴との約束はしていない。
 下手に約束でもしようものなら、どこかの王子様が烈火のごとく怒り狂うから。
 それでも、庚子は今日のうちに柚巴に会いたくてたまらなくなった。
 そこで、由岐耶に頼み、こうしてやってきた。
 限夢界よりこちらの方が、気持ち程度ではあるけれど邪魔者が少なくなるので、こっちでらぶらぶタイムをしていることくらい、庚子も承知している。
 もちろん、突然の訪問に、柚巴は驚きはするけれど嫌がりはしない。
 ぱあと顔をはなやがせ、嬉しそうに庚子へ駆け寄る。
 その向こうでは、柚巴とのホワイトデイらぶらぶタイムを満喫していたのだろう王子様が、おもしろくなさそうにソファにふんぞり返っている。
「はい、柚巴にあげる」
 すねる王子様はさっくり無視して、庚子はそう言って、手に持っていたひまわり一輪を柚巴に差し出した。
 柚巴は訳がわからずくいくい首をかしげながらも、嬉しそうにそれを受け取る。
「ありがとう。でも、どうしたの? これ」
 問いかける柚巴の唇にすっと人差し指を触れさせ、庚子はにっこり笑う。
「柚巴、あらためて言うよ。結婚おめでとう。わたしは向こうに行けないから、こっちで祝福しているよ。ただ、柚巴のウエディングドレス姿が見れないのが残念だけれどね」
「庚子ちゃん……っ! ありがとう!!」
 柚巴ははじかれたように勢いよく、庚子にぎゅうっと抱きつく。
 そう、それを、庚子はどうしても柚巴に言いたくなってしまった。
 そんな衝動にかられたら、もういてもたってもいられなくなってしまった。
 どうやらその気持ちを由岐耶もくみ取ったようで、王子様のお怒りを承知でこうして庚子を連れてきた。
 互いのいちばんはもう柚巴でなくなったとしても、二人そろえばやっぱり柚巴を優先させてしまう。
 だって、柚巴がいたからこそ、二人の気持ちはここまで成長したのだから。
 庚子はかみしめるように、柚巴をしっかり抱き返す。
 そして、向こうのソファでやっぱり面白くなさそうに庚子をにらみつけている王子様をちらっと見る。
「だから、そこの馬鹿王子、柚巴を頼んだよ!」
 庚子がそう言うと王子様は驚いたように目を見開き、ずるりとソファからずり落ちる。
 そして、ちょっぴり恥ずかしそうにいそいそと体勢を立て直し、いつものふてぶてしい態度で傲慢に言い放つ。
「言われなくても。当然だ」
 庚子は予想通りのその返事に、思わずくすっと笑ってしまった。
 王子様はやっぱり、面白くなさそうにぷいっと顔をそらす。
 それは王子様の照れ隠しということくらい、柚巴の影響で庚子もわかっている。
 そして、王子様はうらやましそうに、ちらちらと柚巴にぎゅっと抱きしめられる庚子を見ていた。
 時折、物言いたげに。
 その時、扉がノックされ、由岐耶が入ってきた。
「お茶をお持ちしましたよ」
 そう言って、由岐耶がテーブルの上にティーカップを並べはじめると、柚巴は庚子の腕の中からようやくでてきた。
 そして、目元をぐいっとぬぐい、満面の笑みを浮かべてみせる。
「わーい、ありがとう、由岐耶さん」
 瞬間、王子様の眉がぴくりと動く。
 そうかと思うと、王子様はこんなすぐ近くにもかかわらず瞬間移動をして、微笑む柚巴をぎゅうと抱きしめる。
 誰にもとられてなるものかと、どこかちょっぴりすねたふうに。
 それを見て、庚子がにやっと笑い、「柚巴、おいで」なんて声をかける。
 もちろん、そうすると、柚巴のことだから、世凪を捨てて庚子へ飛び込もうとして、王子様も慌ててひきとめにかかる。
 庚子と世凪の柚巴とりあいっこを横目に、カップを置き終わると、由岐耶はそのまま部屋を出ようと扉へ向かう。
 さすがに、庚子なら大丈夫だけれど、ここに由岐耶も加わってしまっては、ますます王子様のご機嫌がななめになると判断したのだろう。
 まあ、その判断は間違いではない。
 女性でさらに柚巴の大好きな庚子なら、柚巴に嫌われたくないという思いだけで王子様も渋々諦めるけれど、男の由岐耶なんて一分一秒でも長くいることをとっても気に食わないだろう。
 王子様は、不必要にとってもやきもちやきだから。
 だから、触らぬ神に祟りなし。
 そうでなくても、由岐耶は庚子をここへ連れてくるという地雷をすでに踏んでしまっている。
 そうして、由岐耶が扉に手をかけた時だった。
「あ、ちょっと待って、由岐耶さん」
 そう言って、庚子も世凪も捨てて、柚巴が由岐耶に駆け寄っていく。
 内心ぎょっとしつつも、由岐耶は平静を装いにっこり微笑む。
「……はい?」
 まさか、この状況で柚巴が由岐耶へ駆け寄ってしまったら、この後どんな惨状が待ち受けていることか。
 しかし、由岐耶の内なる脱力感には当然、このお姫様は気づいていない。
 にっこり笑って、ちょこちょこ寄っていく。
「あのね、由岐耶さんに言っておきたいことがあるんだ」
 由岐耶の前までくると、柚巴はそう言ってじいと見つめる。
「何ですか?」
 由岐耶はやっぱり、内心どきどきはらはらしながら、にっこり微笑んでみせる。
 ここで少しでもひるんだ様子を見せるのは、なんだか癪に障る。王子様に負けたみたいで。
 すると、柚巴の顔がすっと笑顔をなくした。
 妙に真面目な顔をして、由岐耶をまっすぐ見つめる。
「由岐耶さん、ばいばい。契約は、もう終わりだよ」
 そして、残酷なほど清々しくにっこり笑い、柚巴はきっぱり言い切る。
「ひ、姫さま……っ!?」
 由岐耶は思わず、声を荒げ叫んでいた。
 もちろん、二人の様子をうかがっていた庚子と世凪も、驚きにいびつな顔をして柚巴を見つめている。
 まさか、柚巴の口からその言葉が飛び出すなど、誰が思っていただろうか。
 それは、一度人間のぬくもりに触れた使い魔にとってどれほど残酷なことか、柚巴もよくわかっているだろう。
 けれど、柚巴は三人の驚きにはかまわず、にこにこ微笑み続ける。
「これからは、庚子ちゃんをいちばんに考えて、守ってあげてね」
 両手をそっと口にそえ、うふふと柚巴は嬉しそうに笑う。
 それで、由岐耶と庚子にはすべてが理解できてしまった。
 柚巴はきっと、すでにわかっているらしい。庚子からそれを告げる前に。
 本当に、普段はにぶいのに、こういう必要のないところでだけは鋭いのだから。
「姫さま、知って……」
「わたしを侮らないでね」
 ふっと口元をゆるめ由岐耶がつぶやくと、柚巴はにっこり笑ってきっぱり言い切った。
「それで、返事は?」
 柚巴は由岐耶へずいっと迫り、じいと見つめる。
 由岐耶は気おされたようにぽかんと口をあけ、そしてにっこり微笑んだ。
「はい、もちろんです。命にかえても」
 由岐耶のその答えに満足したのか、柚巴は嬉しそうに笑う。
 そして、くるっと踵を返し、そのまま世凪に向かって駆け出した。
 世凪は飛び込んできた柚巴を当然のように抱きしめ、にやにや笑って由岐耶を見ている。
 庚子はというと、そんな世凪の横で、顔を真っ赤にして呆けてしまっている。
 よほど、由岐耶の言葉は刺激が強かったのだろう。
 世凪のそのにやにや顔から、どうやら柚巴だけでなく世凪にも気づかれてしまっていたらしい。
 世凪が楽しげににやにや笑えば、いつもは由岐耶は腹立たしくて仕方がないのに、何故か今日は嫌な気がしない。嫌味も感じない。
 それが、由岐耶には、少しだけ不思議に思えた。
 そして、柚巴の優しさがじんわり胸に染みていく。
 ――契約解消とはいっても、本当の意味ではない。
 そうすると、由岐耶はもう人間界にわたってこられなくなる。
 だから、柚巴が自由にしたのは、由岐耶の心。
 使い魔契約は継続するけれど、これからは、柚巴ではなく庚子をいちばんに考えろ、そう命令を下したのだろう。
 それが、柚巴から由岐耶へ与えた、最初で最後の主としての命令。
 やはり由岐耶は、主の選択を間違っていなかった。
 こんなに誇らしく素晴らしい、最高の主は他にいない。
 由岐耶の目の端に、光るものがちょっぴりにじむ。


 限夢界、限夢宮。
 謁見の間に、仁王立ちで、玉座に座る王を見下ろす王子様がいる。
 しかもその態度はふてぶてしく、威圧的。
 別に、王子が王に会うくらいなら、こんな仰々しい場所を選ぶこともない。
 王の私室なり執務室なり、王子様はかまわずずかずか乗り込んでいく。
 しかし、今この時間は、本来なら、王子ではなく臣下と会っている時間だった。
 そこに、王子は最愛の未来の妃を連れて乗り込んできた。
 そう、狙ったように。
 未来の妃を連れてこられたら、王も無碍に追い出せない。むしろ、そっちをとってしまう。
 王は、問題ばかり起こす王子も嫌いじゃないけれど、その未来の妃は大好き。
 王が今会っていたのは、王子とも未来の妃とも仲がいい者たちばかりだった。
 それもあり、王子は平気でずかずか乗り込んだのだろう。……ぬかりない。
 内々に、でも公でもあるから、とりあえず、この場を設定していた。
 そう、もうすぐそこまで迫った、王子様の結婚式の内々の打ち合わせをしようとしていた。
 自らの大事な話をぶち壊しても、王子様は当然気にしないのだろう。
 最愛の未来の妃以外は無頓着。むしろ、どうでもいい。
 突然現れ、王を見下ろす王子を見ても、この使い魔たちだから、当然慌てることはない。
 またはじまったと、この後の展開を予想して、早々にそれぞれ好きに会話をはじめている。
 もう、きれいさっぱりすっきり、王子様など無視。むしろ、かかわりたくない。
「なあ、親父、俺の結婚祝いに、わがままをひとつ聞け」
 最愛の未来の妃をぎゅっと胸に抱き、王子様はぶしつけに言い放った。
 同時に使い魔たちも、何やら楽しいことがはじまりそうと思ったのか、私語をやめ、さっと意識を玉座へ向ける。
「って、普段からさんざん、好き放題、わがままを貫いているだろう」
 はあと盛大にため息をもらし、あきれいっぱいに王がつぶやいた。
 すると、それを見ていた使い魔たちも、うんうんと激しく首を縦に振る。
 もちろん、王子様のことだから、使い魔たちのその反応を見落としていなかった。
 さっと視線を眼下へ向け、するどい眼差しを向ける。
 そこに集う使い魔の何人かは、びくりと体を震わせた。
 けれど、王子様のいとこの兄妹、霧氷のお姉さんに、堅物な近衛の長、それからいつもにこにこ顔のおじいさんに、金髪が麗しい近衛隊長、それからそれから……。
 まあ、むしろその何人≠言ってしまった方が早いくらい、王子様は恐れられていないといったほうが正しいだろう。
「でも、世凪、わがままって……?」
 王子様――世凪のにらみには当然このお姫様も怯えることはないけれど、その発言には思いっきり怯えている。
 とっても嫌な予感がするとばかりに、びくびくと世凪を見ている。
 だって、世凪のわがままといえば、すべてお姫様――柚巴がらみのようなものだから。
 しかも、そのからみ方がすごい。
 いかに柚巴を堪能できるかとう意味でしか、からまない。
 それを肯定するように、世凪はにやりと笑う。
 そして、ぽんと柚巴の頭をかるくなで、王をまっすぐ見る。
「ああ、松原庚子という人間に、御使威家と同じ特権を与えてやってほしい。……まあ、といっても、使い魔の契約は難しいだろうから、限夢界へ渡ることができればそれでかまわない」
「世凪……!」
 瞬間、胸の中の柚巴が顔をはなやがせ、世凪に抱きついた。
 世凪は、とっても満足げに微笑む。
 もちろん、そこにいた使い魔たちもあっけにとられたように口をぽかんとあけつつも、その目が嬉しそうに笑っている。
 それは、柚巴だけでなく、ここにいる使い魔誰もが、言葉にはしなかったけれど、胸の内でひっそり願っていたことかもしれない。
 柚巴とその人間の仲をよく知る彼らだからこそ。
 ちっちゃなお姫様などは、嬉しさのあまり、横にいた霧氷のお姉さんにぎゅうと抱きついている。
 そして、いてもいなくてもいいのに乱入していた、不細工球体はそこでぴょんぴょん飛びはね、呪術部屋の術師二人にべちょんと足蹴にされる。
 近衛の三銃士も、そして近衛の問題児、柚巴の父絃樋の使い魔たち、傭兵くずれのおじさんも、他の使い魔たちと一緒に得意げに微笑む。
 もちろん、王子様の従僕だって、とっても嬉しい。
 ただ一人、近衛隊長だけは、今にも泣き出してしまいそうな微笑を浮かべている。
 王子様、その未来の妃、そしてここにいる使い魔たちを見まわし、王はにっと口のはしをあげた。
「ああ、そういうことなら、お前のわがまま、きいてやろう」
「話がわかるな、親父」
 世凪が得意げにふんぞり返ると、その下では歓声がわき起こった。
 柚巴などは、目からぽろぽろ涙を流している。
 嬉しそうに、必死に世凪にすがりつく。
「ありがとう、世凪、王様。これで、庚子ちゃんにもお祝いしてもらえるよ!」
 世凪はにっと笑って、けらけら笑い出す。
「庚子に、いやというほど、俺たちのらぶらぶっぷりを見せつけてやろう」
「もう、世凪ってばっ」
 ぽすんと、かわいらしい柚巴のこぶしが、世凪の胸にお見舞いされる。
 そして、そのまま、世凪はぎゅうと柚巴を抱きしめる。
 ほら、やっぱり、王子様のわがままは、未来のお妃を堪能するためだけに発揮される。
 苦しそうに世凪の腕から顔だけをだし、柚巴はちらっとそこにいる由岐耶を見る。
 由岐耶も視線に気づき、不思議そうに柚巴を見た。
 すると、柚巴はちょっぴり意地悪げににこっと笑った。
「よかったね、由岐耶さん」
「え!? あ、えっと、姫さま!?」
 由岐耶はまわりに人がいることを忘れ、取り乱してあたふた慌てる。
 顔は真っ赤にそまっている。
 柚巴はやっぱり、世凪の胸の中でくすくす楽しそうに笑う。
 王も使い魔たちも、微笑ましそうにそれを見守っている。
 そんな中、ちっちゃなお姫様と術師が、こっそり手を握り合う。
 すべての者の上に平等に、おだやかな幸せが降り注ぐように、誰もが願っている。


ひまわりの微笑み おわり

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update:09/05/03