お姫様のお気に入り
(1)

 近頃城下で、こっそりと、けれどこっそりじゃなく、おおっぴらに、けれど人目をさけるように、その噂は広がっている。
 それは、王子暗殺計画。
 あまりにも突飛で馬鹿馬鹿しいので、誰も本気にはしていない。
 けれど、とってもおもしろがってはいる。
 あの王子を殺せるものなら殺してみろ、あの王子に傷のひとつでもつけられたら、両手をたたいてほめたたえようなんてひやかす者もいる。
 かつて――今も?――限夢界を騒がせたあの暴れん坊王子様を殺してやりたいと、一度や二度思った者は数えきれないほどだろう。
 それほどまでに、王子様は嫌われ者だった。
 そう、あの少女がやってくるまでは。
 あの少女がやって来てからは、不思議に王子様は人々に受け入れられている。
 ――あり得ない。
 やはり、下民なんてそのようなもの。
 数々の悪行も、ひとつの善行でさらっと流してしまう。
 まあ、それはおいておいても、あの馬鹿王子を暗殺しようなんて、よほどの愚か者だろう。
 暗殺などできるはずがない。
 そんなこと、生まれたばかりの赤ん坊だってわかっていることなのに、それでもなお殺害しようなんて……。
 一〇〇パーセント、できっこない。間違いなくひどい返り討ちにあう。
 しかし、そんなお馬鹿の顔を一度拝んでやりたいと思うのもまた、事実だろう。
 そう、このおてんばなお姫様の性格からすれば。


 空はからっと青くすみわたっている。
 素焼き煉瓦敷きの道の両端には、馬車の轍ができている。
 そこからも、この道が――しいてはこの街ができてから、たくさんの年月が経たことがわかるだろう。
 それは嫌なレトロ感ではなく、趣すら感じられる。
 この街を管理している者が怠っているのではなく、あえてそのままのかたちで残しているといったふうに見える。
 その道の真ん中に、ちっちゃなお姫様が我が物顔でどうどうと立っている。
「んー。久しぶりの城下はいいわねー」
 両手をいっぱいにあげのびをしながら、お姫様は解放されたように清々しく言い放つ。
「久しぶりって……昨日も、一昨日も、そのまた前も……とにかく、毎日城下に来ているじゃないですか」
 その横でたっぷりため息をもらしながら、長い青髪が美しい女性が面倒くさそうにつぶやいた。
 たしかに、お姫様は昨日も一昨日も、そのまた前も……一日とおくことなく城下へやって来ては暴れまわっている。
 その姿はまるで、かつての王子様のようにも見えてしまうからたちが悪い。
 まあ、救われていることは、王子様ほどの乱行はしないところだけだろうか。
 あくまで、無差別に攻撃をしかけたりはしないということだけれど。
「ちょっと紗霧羅、いちいち揚げ足を取らないでよね」
 ぐるんと振り返り、お姫様はいまいましげに青髪の女性――紗霧羅をにらみつける。
 しかし、紗霧羅はいつものことといったように気に留める様子なく、平然と答える。
「だって、本当のことじゃないですか」
「もう、紗霧羅って最近口うるさいわよね」
 じっとり紗霧羅をにらみつけ、お姫様はぷっくり頬をふくらませる。
 以前から口うるさかったけれど、最近はそれに輪をかけ、お姫様はちょっぴりおもしろくない。
「そりゃあ、毎日のように華久夜さまのお守りをさせられては、愚痴のひとつやふたつやみっつやよっつや――」
「って、どこまで続ける気よ!?」
 うんうんとうなずきながらしみじみ語る紗霧羅の口にばっと手をやり、華久夜は強引にやめさせようとする。
 このまま続けたらきりがないことに、早々に気づいたらしい。
 そう、紗霧羅のことだから、このままつづけさせたら、二桁三桁四桁と……どんどんすすんでいくだろう。
 だって、それくらい、華久夜には悔しいことに思い当たるところがある。
 とりわけ、近頃は、おもしろくないことばかりなので、八つ当たりの数も実はさりげなく多い。
 けれど、そんなことを認めるわけにもいかない。
 認めれば、負けになってしまう。
 負けず嫌いの華久夜には、それはたまらなく屈辱的。
 華久夜はあくまで、強気で攻める。
「それに、別にわたしは、護衛をしてなんて言っていないじゃない。自分の身くらい自分で守れるわ」
 つんと顔をそむけ、華久夜は不満げにつぶやく。
 すると、紗霧羅は困ったように微苦笑を浮かべた。
 まったく仕方がないお姫様だねえというように。
「それはまあそうでしょうけれど。華久夜さまほどの力を持つ者は、この限夢界でも限られていますからね。でもね、城下守備隊のわたしのまわりをこうもうろちょろされては、気になって仕方がないんですよ。華久夜さまは一応王族ですし」
「一応って何よ!? わたしは立派な王族よ!」
 華久夜は再びぐるんと紗霧羅に顔を向け、ずいっとつめよる。
「はいはい。……まったく、近頃は莱牙さまみたいなことばかり言って」
「お待ちなさい! あの無能なお兄様と一緒にしないで!」
 ふうとため息をもらし紗霧羅が面倒くさそうに答えると、華久夜はますますずいっと詰め寄る。
 紗霧羅のすぐ下から、じいとにらみつける。
 紗霧羅は思わず、すいっと視線をそらしてしまった。
 お姫様に恐怖したのではなく、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、まともに相手をしていられないのだろう。
 勢いづいたお姫様をとめられる者はいない。
 ならば、適当に聞き流しておくのがいちばんだろう。
 疲れたり飽きたりしたら、そのうち勝手にやめるから。
 面倒事には極力かかわらない方がいい。そう、他人に危害を加えない限りは。
「莱牙さまが聞いたら怒られますよ?」
「さっぱり怖くもないわ。だってお兄様、弱いんだもの」
 両手を腰にあて、華久夜はふんぞりかえって言い放つ。
 まあ、たしかに、華久夜にかかれば莱牙などひとたまりもないだろう。
 これまで、兄妹喧嘩で莱牙が勝ったためしなどない。
「今をときめく婿がねとひっぱりだこの王族をつかまえて……」
「ああっ、その修飾語が許せないのよね。あんなのの一体どこがいいのよ!」
「そりゃあ、華久夜さまからしたら実の兄ですし、黄色い声で騒いだり誉めたりなどしたら逆に気持ち悪いですよ」
 むきーと奇声を発し地団駄を踏み、憤りの限りを煉瓦の道にぶつける華久夜に、紗霧羅はやっぱり面倒くさそうに答える。
 面倒くさいならいちいち相手をしなければいいだろうに、紗霧羅は律儀に受け答えする。
 まあ、それも、このきかん気が強いわがままお姫様だから、相手をしているというのもあるだろう。
 相手をしなければしないで、また厄介なことになる。
 紗霧羅は何故か、この面倒なお姫様を気に入っている。
 だから、頼まれもしないのに、何年もこうしてお姫様のお守りをしている。
 危なっかしくて放っておけないといったところだろうか。
 紗霧羅に妹がいたら、きっとこういう感じなのだろう。


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update:09/05/10