お姫様のお気に入り
(2)

「……それで、お前たちはこの往来で、いつまで続ける気だ?」
 紗霧羅が憤る華久夜をまったり眺めていると、いきなりそう声がかかった。
 その瞬間、はじかれたように華久夜が振り返る。
 そして、この上なく嫌そうに顔をゆがめる。
「ああ、莱牙さま」
 紗霧羅もゆっくり振り返ると、そこに思い切り呆れた顔をした莱牙が立っていた。
 華久夜のこの雄叫びはいつものことと、それについては莱牙に気にした様子はさっぱりない。
 さすがに、そろそろいちいち怒っているのが馬鹿らしくなったのだろう。
 華久夜の相手をまともにしていては、身がもたない。
 そう、人々に遠巻きに見られるくらいならいい。他人に危害さえ加えなければ。
 あくまでそこにつきる。もはや、それ以外は考えないことにする。
「まったく、華久夜、お前も出歩くのはほどほどにしろと言っているだろう。一応王族なのだぞ、それでも」
 莱牙は、相変わらず煉瓦の道をだんだん踏みつける華久夜の腰に両手をまわし抱き上げ、その馬鹿な行為を強制的にやめさせる。
「ちょっと、誰が一応、それでも、よ!? お兄様、なんだか最近調子にのっているわよね」
 華久夜は抱き上げられてもなお、宙でえいえいと足をばたばた動かしている。
 そのうちのいくつかは、莱牙にげしばしとあたる。
 けれど莱牙は怒りよりも呆れの方が大きいらしく、まともに相手にしようとしない。
 そう、華久夜が偶然を装ってわざと莱牙に蹴りをお見舞いしていたとしても。
 この辺りだけは、莱牙は成長したらしい。
「調子にのるも何も……。莱牙さまは、我らの長ですからねえ」
 紗霧羅は莱牙の手から華久夜を受け取りながら、のんびりとつぶやく。
 紗霧羅の腕の中に移動すると、華久夜は何故かぴたっと動きをとめた。
 何故などではなく、紗霧羅に間違って攻撃でもしたら、その後に待ち受けていることが容易に想像できてしまうから、華久夜もおとなしくならざるを得ない。
 絶対、氷づけにされる。それくらい、この女史は容赦ない。
 まあ、氷づけにされたところで、華久夜の炎をもってすれば、すぐにとかしてしまえるのだけれど。
 だって、紗霧羅も、まさか本気で氷づけにはしないから。抵抗の余地はいっぱい残している。
 ただし、これが本当の悪人相手なら、凍死させる勢いで氷づけにするようだけれど。
「まあ、ずいぶん立派になったこと。そして、常軌を逸した出世よねえ。紗霧羅より偉くなっちゃうなんて」
 華久夜は紗霧羅の腕からすとんと地面におり、少ししわになったドレスのすそをぱんぱんはたく。
 ちらりと莱牙を見て、とっても嫌味っぽくにやりと笑う。
 すると莱牙は、それまでさらっと無視していたのに、何故かそこだけは過剰に反応した。
 どうやら、紗霧羅と比べられるのが嫌らしい。
「何だと!?」
「あー、もう、ほらほら、兄妹喧嘩はそれくらいにして。まったく、この兄妹は似たもの兄妹なんだから」
 にらみあう華久夜と莱牙の間にすっと身を滑り込ませ、紗霧羅は仕方なくといった様子でとりあえずとめにはいる。
 このまま二人を放置しては、この辺り一帯の道、建物がすべてこなごなに破壊されかねない。
 この二人の兄妹喧嘩ほど限度を知らず迷惑なものはない。
 さすが、兄妹喧嘩で屋敷を半壊させるだけはある。
「紗霧羅は黙っていなさい!」
「紗霧羅は黙っていろ!」
 華久夜と莱牙は同時に紗霧羅をおしのけ、やはり同時にそう叫んでいた。
 紗霧羅は微苦笑を浮かべずにいられない。
 やっぱり、似たもの兄妹。行動がまるっきり一緒。
「黙っていて欲しいなら、もうちょっと品を持ってくださいよ。ほら、みんな呆れて見ていますよ」
 しかし、そこで大人しく引き下がっては、この辺り一帯に及ぼす被害は尋常ではない。
 紗霧羅はちらっとまわりを見まわすように見る。
 華久夜と莱牙の闘争心が少しだけゆらいだ。
 家の窓を少しだけ開け、二人の喧嘩をうかがっている家主までいる。
 もちろん、通行人たちは遠巻きに様子をうかがっている。
 この道を通りたくても、いつ激化するとも知れない兄妹喧嘩を前には、先へはすすめない。だって、下手をすれば命にかかわるから。
 ここは、その名の通り城下守備隊隊長のお姉さんにまかせるしかない。一般庶民は、その実力の差から手も足も出ない。
 まさか、本来の意味とは違うかたちで城下守備隊がここまで活躍する日がやってこようとは、一体誰が想像できただろう。
 そう、外敵や不逞の輩から守るのではなく、王族の兄妹喧嘩から城下を守るなんて……。
 城下守備隊とは、よく言ったものである。
 華久夜と莱牙が少しだけひるんだすきをつき、紗霧羅はもう一歩攻める。
「華久夜さまは黙っていればかわいいし、莱牙さまも挑発にのりさえしなければ乙女のハートをがっつりつかみ視線を釘づけなのにねえ」
 しみじみと紗霧羅が言うと、どうにもその言葉だけは受け入れ難いと、華久夜がこの上なく気持ち悪そうに顔をゆがめる。
「……ちょっと、そのたとえはやめてくれない」
「そうだ、気持ち悪い」
 つづけて、莱牙もぶるると身震いしながらはき捨てた。
 それを見て、紗霧羅はにっこり笑う。
「ほう、仲良しですよねえ」
 すると二人は、とっても悔しそうにぷうと頬をふくらませた。
 ほーらやっぱり仲良しと、紗霧羅は追い討ちをかけるようにまたにっこり笑う。
 その時だった。
「まったく、あなたたちは、いつもいつも何をしているのですか」
 紗霧羅をにらみつける華久夜と莱牙の背後で、あきれがちにため息まじりにつぶやく声がした。
 二人はその声の主が誰であるか確信しているように、勢いよくぐるんと振り返る。
「由岐耶!」
 そして、二人同時に叫ぶ。
「こんなところで兄妹喧嘩をはじめるなど、恥ずかしいと思わないのですか?」
 王族二人のにらみすらどこ吹く風といったように、由岐耶のあきれがちな表情はくずれることはない。
 面倒くさそうに、もう一度ため息をつく。
 華久夜と莱牙の向こうでは、やはり面倒くさそうに紗霧羅がため息をついていた。
 この面子がそろって、面倒くさいことにならないわけがない。
「でたわよ、由岐耶のお説教」
「嫌だね、これだから堅物は」
 さすがは兄妹というべきか、華久夜と莱牙はほぼ同時にそうはき捨てた。
「だから、二人とも誰彼かまわず喧嘩をふっかけないでくださいよ。まったく、これじゃあわたしの気苦労は増えるばかりだよ」
 やれやれと頭をかきながら、紗霧羅がぐいっと華久夜を抱き寄せる。
 その腕の中から、華久夜はいまいましげに紗霧羅を見上げる。
「誰も苦労してなんて言っていないわ」
 そう言って、華久夜は紗霧羅をおしやり、腕の中からするりと抜け出す。
 お怒り気味のこのお姫様は誰もとめられないということだろう。
 お守り役の紗霧羅ですら、この扱いなのだから。
 しかし、紗霧羅も慣れたもので、やはり面倒くさそうにため息をついた。
「まったく、このお姫様は、ああ言えばこう言うんだから」
 紗霧羅は肩をすくめ、とうとう匙を投げてしまった。
 もはや、住民たちには悪いが、この辺り一帯の被害は目をつむるしかない。
 たしかに、華久夜に何を言っても意味はない。聞く耳をもたない。
 勝手にしてとばかりに、あきれいっぱいの眼差しを向ける紗霧羅を、華久夜はどことなくおもしろくなさそうにじっとにらみつける。
 それからすぐに、ぷうと頬をふくらませて、ぷいっと顔をそむけた。
「もういいわ。あなたたちと一緒にいても腹が立つだけだもの。わたしは一人で城下を散策するわ!」
 どうやら、紗霧羅に相手にしてもらえなくなり、華久夜はすねてしまったらしい。
 だって華久夜は、女性としては柚巴の次くらいに紗霧羅が好きだから。
 紗霧羅が言い返してこないと、おもしろくない。
 しかし、住民たちにとっては救いとなる。このまま鎮火、または試合放棄になれば、一帯への被害は小さくてすむ。
「別にかまいませんけれど、くれぐれも一般人に八つ当たりだけはしないでくださいよ」
 少しくらいはひきとめるだろうと思っていたのだろう、紗霧羅のそのあっさりとした態度に、華久夜はますます頬をぷっくりふくらませる。
 おもしろくない。とってもおもしろくない。
 紗霧羅だったら、ぶつぶつ文句を言いつつも、華久夜についてくると思っていた。
 それが、このあっさりした態度。
 紗霧羅は、一体何様だろう!?
「失礼しちゃうわね! わたしは世凪と違って、弱い者いじめなんてしないわよ!」
 華久夜はめいっぱいそう叫び、あっかんべーと舌をだして、どすどす歩いていく。
 もはや、何に怒っているのかわからなくなりつつも、とにかく誰かに怒りをぶつけずにはいられない。
 今思えば、莱牙が現れた辺りから、今日の華久夜の城下散策は最悪になったような気がする。
 ぶらっとひとまわりして屋敷に戻ったら、絶対に莱牙をいじめてうさをはらしてやると、華久夜は街をずんずん歩きながらかたく胸に誓う。
 そう、すべては、あの馬鹿兄がいけない。
 ちらっと後ろを確認しても、さっぱり追ってくる気配がない三人に、華久夜の怒りボルテージはさらにあがっていく。
 やっぱり、あの超馬鹿兄がすべてを台無しにした。
「やれやれ、華久夜さまには困ったものですねえ」
 そんな華久夜を眺めながら、紗霧羅はあきれいっぱいにつぶやく。
 その横では莱牙が、ふうとひとつため息をもらした。
「まったくだ。どこかの馬鹿王子の悪いところばかり影響を受けやがって」
 莱牙がそうはき捨てると、由岐耶も無言でこくんとうなずいた。
 つまりは、そういうことだろう。
 華久夜にもともとそういう素質があったということを棚にあげても、あの馬鹿王子の影響は絶大ということ。
 華久夜がお気に入りの柚巴のそばには、いつもぺっとりくっついてはなれない馬鹿王子がいる。
 それで、影響を受けない方が、まあ無理があるだろう。
 まったく、よけいなことばかりしてくれる王子である。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/05/16