お姫様のお気に入り
(3)

「本当、失礼しちゃうわ。なによなによ、みんなして!」
 空に向かってほえながら、華久夜は城下をずんずん歩いている。
 さすがにこれだけ城下に繰り出していれば勝手知ったるもので、まっすぐ前をみていなくたって、道ににょきっとはえているさまざまな障害物にぶつかることはない。
 ぶつかるといえば、金持ちがステータスで乗っているのろのろ走る馬車だとか、弱っちい人だとかそれくらい。
 もちろん、そんなものを華久夜が気にするはずはない。
 華久夜の道をふさぐものは、容赦なく蹴散らす。
 ……やはり、王子様の余計なところだけ影響を受けている。
 まあしかし、機嫌がいい時はしないので、機嫌がよくても悪くても蹴散らす王子様よりはましだろう。
 けれど、今はとっても機嫌が悪い。この上がないというほど機嫌が悪い。
 そういう時にうっとうしい障害物が目の前に現れると、当然こうなる。
「ちょっと目障りよ」
 華久夜はいまいましげにはきすて、目の前にあった障害物にためらうことなく火の玉をお見舞いした。
 そう、とっても目障りな障害物。
 嫌がる若い娘にからむ頭が軽そうな男ほど、目障りなものはない。
 火の玉が命中しあたふた慌てる男に、華久夜はどかっと蹴りをお見舞いして、完全に始末する。
 それを蔑むようにちらっと見て確認すると、華久夜はそのまままたずんずん歩き出す。
 からまれていた娘が華久夜をひきとめようとするけれど、それすらも無視。
 とにかく、ご機嫌ななめの華久夜は、気に入らないものはすべて始末していく。
 行き先は決まっていないけれど、とりあえず煮えたぎる怒りをどうにかしないことには、ずんずん歩く足はとまらない。
 そうして、すべてを蹴散らしていくらか歩いた頃だった。
 華久夜を追うように走ってきたのだろう、若い男が少し切れた息で声をかけた。
「あ、あの、そこのお嬢さん」
「何よ!? わたしに喧嘩を売る気なら、死ぬ気でかかってきなさいよ!」
 華久夜はぴたりと足をとめ、勢いよくふりかえる。
 もちろん、ぎろっとにらみつけることも忘れない。
 たとえ喧嘩を売っていなくても、今の華久夜には、すべてが喧嘩を売られたことになるのだろう。
 振り返ると同時に、戦闘態勢に入っている。
「い、いや、そうじゃなくて……。さっきの女の子が、君にお礼を言いたいって」
 男は慌てて、首と手をぶんぶんふり力いっぱい否定する。
 さすがに、華久夜もこのまま攻撃をしかけるわけにいかない。
 華久夜の判断が間違っていなければ、この男はきっと善意の第三者になるだろう。
 とりあえずかまえていた手をすっとおろし、訝しげに男を見る。
「……え?」
「ほら、さっきそこで、男にからまれている女の子を助けただろう?」
 やや華久夜の勢いが衰えたことにすかさず気づき、男は慌ててつけたす。
 すると、華久夜のにらみがわずかにゆるんだ。
「ああ、そういえば、そういうこともあったわね。いらいらしていたから、つい八つ当たりしちゃっただけよ」
「……はあ」
 ようやく戦意をとりあえずは消した華久夜に、男は安堵のため息をもらし、胸をなでおろす。
 果たして、あれを八つ当たりで片づけていいものだろうか?
 そこは、あえて触れてはいけないだろう。
 あきらかに、あれはやりすぎ。
 そして、あの仕打ちから想像するに、華久夜は普通より力が強いことになるだろう。あれを八つ当たりと言ってしまえる辺りから。
 だって、からんでいたあの男は、まっくろこげだったから。死なない程度に。
「でもまあ、しようがないわね。そんなにお礼が言いたいなら、言わせてあげてもいいわよ。わたし、男には厳しいけれど、女の子にはとってもあまいのよ」
 腰に両手をあてふんぞり返る華久夜に、男はいちだんと肩をがっくり落とした。
 たしかに、その言葉は嘘ではないだろう。
 あの容赦ない仕打ちから、男には厳しいということだけはわかる。
 普通、あそこまではしない。たとえ、いらいらしていたって。
「あはは、たしかにそうみたいだね」
「ちょっとそこ、どうして笑うのよ!?」
「い、いや、ごめん。ほら、やって来た」
 再び華久夜の怒りが発火し、男は慌ててそう言ってやってきた方を指差す。
 すると、たしかに通りを懸命にかけてくる若い娘がいる。
 華久夜にはすでにその記憶は残っていないけれど、男がそう言うのならあれが無意識に華久夜が助けたとかいう娘なのだろう。
 そう、まったくもって無意識。善意とか正義感とかからくるものではない。
 ただ、誰でもいいから八つ当たりしたかった。そして、そこにいいカモがいたからこれ幸いと利用しただけ。それだけにすぎない。
 これは、紗霧羅が言う一般人≠ノはあたらない。だから、華久夜は弱い者いじめはまだしていない。
 むしろ、紗霧羅の仕事の助けをしてやった。これは紗霧羅から感謝されるべきだろう。
「あら、そのようね」
 再びすうと怒りを鎮め、華久夜はすっと目を細める。
 娘は華久夜の前までやって来ると、大きく一度深呼吸した。
「あ、あの、先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました」
 そして、ぺこりと勢いよく頭をさげる。
 華久夜は一瞬あっけにとられたように目を見開いて、それからふっと小さく笑った。
 頭を下げたままの娘の手をすっととり、ゆっくり顔をあげさせていく。
「気をつけなさい。あなたほど力がなくてかわいい女の子は、すぐにからまれるから」
「え? あ、ありがとうございます」
 娘は華久夜に促されるまま恐る恐るあげた頭を、またぺこんと下げる。
 そして、ゆっくり顔をあげ、ほわんと微笑む。
 華久夜は目をぱちくりとしばたたかせた。
「あら、力がないと言われて怒らないの?」
 力がないとけなされて、怒らないどころかそこで礼を言うなど普通じゃない。誇りある限夢人なら激怒するところ。
 そこまで言っては言い過ぎかもしれないけれど、普通は多少はむっとするものだろう。
 なのに、この娘は逆に微笑みを浮かべる。
 娘の気分を害するとわかっていて、あえて憎まれ口を言った甲斐がない。
「……はい。だって、本当のことですから」
 娘は、かわらずおだやかに微笑む。
 先ほどまで弾んでいた息もすっかり落ち着いている。
 華久夜は探るように娘を見て、にっと得意げな笑みを浮かべた。
「まあ、素直な子は好きよ。何かあったら言っていらっしゃい。暇だったらまた助けてあげるわ」
「ありがとうございます」
 華久夜のその不遜な言いにも、娘はやっぱりぺこりと頭をさげて礼を言う。
 それから、もう一度頭を深々とさげ、華久夜の前から去っていく。
 その姿を見送りながら、華久夜はにまっと笑った。
「うふふ。なんだか昔の柚巴みたいでいいわねえ」
 本当に、あの娘は昔の柚巴みたいに、無意味に素直。素直すぎる。
 昔の柚巴も、ああして自分がけなされても素直にそれを受け入れ吸収していた。
 今では、どこかの馬鹿王子に慣らされたのか、なかなか食えなくなってしまった。
 まあ、それはそれで楽しいので、華久夜としてはとりたてて問題はない。
 どこか満足げに娘を見送る華久夜の耳に、くすくす笑う声が入ってきた。
 はっとして、勢いよく振り返る。


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update:09/05/25