お姫様のお気に入り
(4)

「ちょっとあなた、いつまで笑っている気よ!?」
 華久夜は振り返ると同時にびしっと指差し、笑い声の主をにらみつける。
 先ほど声をかけた男がまだそこにいた。
 華久夜はあからさまに胡散臭げに顔をゆがめる。
「ごめんごめん。楽しいお嬢さんだなあと思って」
 しかし、男は華久夜のその様子にはたいして気にしたふうはなく、にっこり笑った。
 もちろん、それで黙っていられないのが華久夜。両手を腰にそえ、ふんぞり返る。
「楽しいですって!? 失礼しちゃうわね。これほど気品に満ちたレディを相手によく言えたものね」
「これは失礼しました。――僕は(まつり)。君の名前を聞いていいかな?」
 華久夜の憤りもさっぱり気にしていないらしく、茉と名乗ったその男はのんびりと尋ねる。
 さすがに、ここまでずれた反応をされると、華久夜も憤り甲斐がない。
 あっけにとられたような戸惑ったような、複雑な微苦笑を浮かべる。
 そうそうに、まともに相手にするだけ馬鹿らしいと判断したのだろう。
 華久夜はふうと大きくため息をもらした。
「まあいいわ、先に名乗ったからね。これが名乗らず先にレディに名を聞くような失礼な男だったら、すぐさま火だるまにしているところよ。――わたしは、華久夜」
 これでどうだとでも言わんばかりに、華久夜は胸を張る。
「華久夜……ちゃん? なんだかいいなあ、その威勢がいいところ」
 やはり茉は、どこかピントがずれた様子でのんびり言う。
 華久夜はまた、脱力感に襲われた。
 何故かはわからないけれど、茉と話しているとへなへなと体の力が抜けていく。
 はじめは身の程知らずの軟派野郎かとも思ったけれど、これは天然かもしれない。天然でのんびり屋さん。
 華久夜はもう一度はあとため息をもらし、茉をとりあえずきっとにらみつける。
 天然ののんびり屋だと納得したからといって、その失礼な言葉は容赦できない。
「それ、誉めているのかしら?」
「もちろん」
「ならいいわ」
 容赦はできないけれど、それが悪い意味でなくいい意味でなら、華久夜も寛容に対処してもいい。
 華久夜に対しては、悪い意味でいろいろ言う者たちが多い。その中でもいい意味というのなら、華久夜もそこまで鬼ではない、その言葉を受け入れてやってもいい。
 いい意味でなら、別に悪い気はしない。たとえ、それが口先だけだとしても。
 華久夜は結んでいた口をゆるめ、ふっと笑う。
「ところで、今日は城下の散策? 見るところによると、良家のお嬢さんのようだけれど」
 のんびりしているかと思えば、見るところはしっかり見ているらしい。
 華久夜のあの暴挙を見て、よく良家のお嬢さんと言えるものである。
「あら、あなた見る目があるわね。まあ、あなたのその姿から、家格は悪くなさそうだけれど」
 華久夜が言う通り、茉は華美ではないけれど、粗末な格好もしていない。
 上質の生地に丁寧に仕事がほどこされた衣装を身にまとっている。
 たしかに、家格が悪くなければ、その辺りの判断も可能だろう。
 まあ、家格は悪くはなくとも、必ずしも能力が比例するわけではないけれど。
 今後出世するかしないかは、本人の力量による。
 限夢界は実力主義の世界。
 良家の子女だろうと王族だろうと、そこに実力がともなわなければ蹴落とされる。
 華久夜がここまで堂々としているのだって、その実力によるところが大きい。
「そんなことはないよ。うちはけっこうちゅうぶらりんの家格だよ」
 微苦笑を浮かべる茉に、華久夜はぶっきらぼうに言う。
「ふーん。じゃあ、まあ、悪くはないのじゃない?」
 華久夜のその言葉に、茉は一瞬驚いたように目を見開き、すぐににっこり笑った。
 まさか、華久夜からそのような言葉が返るとは思っていなかったのだろう。
 ちゅうぶらりんの家格と言って、悪くはないなどと返す者が、一体どれだけいるだろう?
 いや、ほとんどいない。
 その一言だけで、とりいったところであまり得にならない、利用できないと判断し、ころっと態度を変える者だっている。
 限夢界でちゅうぶらりんの家格といえば、その主の力もちゅうぶらりんのことが多い。
 ちゅうぶらりんの力だから、ちゅうぶらりんの家格しか得られない。
 まあ、そのちゅうぶらりんになるにもそれなりの努力が要され、数もそう多くはない。
 力のない者はおさえつけられふみつけられる。それが、限夢界の制度。
「余計なお世話かもしれないけれど、おつきの人は? 一人じゃ危ないんじゃないかな?」
 華久夜のまわりをちらちら見て、茉は心配そうに尋ねる。
 たしかに、華久夜は供の一人も連れていない。
 普通、良家の娘というならば、供の一人くらいはつけようものだろう。
 まあ、それも、力がそれほど強くない娘に限るだろうけれど。
 華久夜ほどの力の持ち主ともなると、下手な供をつけると、万が一何かあった時は、逆に供も守らねばならなくなる。それでは本末転倒。ならば、もとから供などつけない方がどれほどいいだろう。自分の身さえ守ればいいのだから。
 茉の心配をよそに、華久夜はやはりけろりとあっさりと答える。
「あら、全然きれいさっぱり平気よ。わたしより力がある者なんてめったにいないから」
「そうなんだ?」
 華久夜は、さらっと言い放ち得意げにころころ笑う。
「そうよ。それに、今は噂を探ることで忙しいからね」
 すっと笑いをやめ、華久夜は口のはしを上げる。
「噂……? って、まさか、あの王子暗殺計画の?」
「あら、知っているの?」
 予想外に、噂≠セけで的中させた茉を、華久夜は感心したようにまじまじと見つめる。
「当たり前だよ。今城下はそれでもちきりじゃないか」
 茉はこくりとうなずく。
 すると、華久夜は少しおもしろくなさそうにぷうと頬をふくらませた。
 けれどすぐに、何か思い立ったのか、顔をきっとひきしめた。
 そして、茉へずいっと上体を乗り出す。
「それじゃあ、あなた、何か知らない?」
 じいと見つめる華久夜に、茉は照れ笑いを浮かべ、首をかしげる。
「うーん。僕も噂だけしか……。というか、僕も興味があって聞いてまわっているところなんだ」
「はい!?」
 さらっともたらされた茉のその言葉に、華久夜はすっとんきょうな声を思わずあげてしまった。
 まさか、あの馬鹿らしい噂の真相を探る物好きが華久夜以外にいたなんて……。
 いやいや、物好きと思っているのはあくまで世間一般であって、華久夜は至極本気なのだけれど。
 本気で、あのにっくき馬鹿王子の吠え面をおがみたい。
 まぬけな姿を、思いっきりあざ笑ってやりたい。
 そのために、華久夜は普段しない、こんなことを自ら動いて探っている。
 あの男を思い切り馬鹿にして笑えるのなら、これくらいの面倒なことだってすすんでする。
 それくらい、あの馬鹿王子が大嫌いで憎くてたまらない。
 華久夜が大好きな柚巴を独り占めしている事実を前には、憎まずには恨まずにはいられない。


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update:09/06/01